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わたなべ先生

ドドドドッという音とあれっ?っていうミコシさんの悲鳴に近い叫び声に驚いて目を覚ましました。ミコシさんはバタバタと階段を降りていき、キョトンとした顔のマツリさんを抱き上げました。そのとたん、マツリさんがワァーっと大声で泣き出しました。

油断した、まさか歩いてしまうとは。とミコシさんが階段の上を見上げて言いました。マツリさんはここ数日の間に歩けるようになっていました。朝早く目覚めたマツリさんはお布団から一人抜け出すとスタスタと歩き出し階段から落ちてしまったのです。頭打たなかったかな?ずいぶん高いところから下まで落ちたな。病院で診てもらうかといつも冷静なミコシさんが、ほんの少し動揺しているように見えました。

入院と食物アレルギーの検査後の久しぶりの総合病院です。小児科へいくとまずは、CTを撮った方がいいとのことでした。
マツリさんの泣き声が検査室中に響きます。ごめんねー、ちょっとだけ見せてねー。赤ちゃん用の小さいカゴ?のようなものに頭をのせられベルトでとめて機械に入ります。やっと終わりました。安定剤を口の中で溶かしながら両手を握って、やめてーと叫ぶのを必死にこらえて検査の様子を見ていました。ミコシさんもつらそうだったので黙ってこらえていました。
よく頑張ったねーと汗だくの検査士さんがミコシさんの両腕の中にマツリさんをそっと渡しました。

小児科へいくとアレルギーの専門は、わたなべ先生だから、カルテ回しますねと看護師さんに言われました。診察室に入ると、そこには、この病院で一番最初に出会った小児部長先生がいました。穏やかな口調で、頭の方は大丈夫だねと言い私たち3人を見渡して、びっくりしたでしょう、帰ったら階段の上と下に柵を取り付けておくといいですよと言うと、今度はマツリさんの顔を見つめながら、この間よりずいぶん大きくなったねと笑顔を向けました。

マツリさんの最近の肌の調子は夏で汗をかくためかポツポツとあせもの様なものがあり前ほどきれいではありませんでした。先生はマツリさんの頭から体までよくみると、耳切れがあるね、アレルギーがあるから、塗り薬を出しますよ、一番弱いステロイド軟膏だから心配しないで赤味や触ってざらざらしているところ、耳ギレにつけてください。あとは、粉のお薬を朝と晩に飲ませてください。甘いから溶かしてスプーンであげたら舐めちゃうと思うよと言いました。汗をかいたらシャワーで流すといいねとも言いました。
お薬が無くなる頃が次回予約日です。
月に一度診てもらえると思うとなんだか安心しました。

マツリさんが産まれてからたくさんの人と出会うことになりますが、わたなべ先生の存在は私に大きな安心感を与えてくれました。
食物アレルギーがあっても、クループ症候群で気道が狭くなり声がかすれて心配がピークに達したときも、よく見ていたね、お母さんは僕たちよりもはやく変化に気づけるから誰よりも身近な主治医さんなんだよ。僕たちはお母さんから教えてもらった話から推測し診察が的確になるんだよと励ましてくれました。
また、病気の変化の仕方を前もって教えてくださったので予測しながら対応できました。突然の変化にパニックになりやすい私が、一連の子供がかかる病気をマツリさんが経験していく中で対応することができたのは、わたなべ先生の配慮があったからだと思います。

2歳頃まで診てもらったあと先生は退職なさり別の病院へ行かれました。

マツリさんは食物アレルギーこそありましたが、言葉を発したのも生後6ヶ月と早かったしほとんどハイハイせずに10ヶ月には歩いていました。
発達のどこにも遅れを感じることはなく、強いて言えばいないないばあをした時になかなか笑ってくれなかったなというぐらいです。視力も成長と共によく見えてくるとしたら、一歳程のマツリさんは絵本を読み聞かせするとよく笑っていたので、笑わなかった頃は私の顔が見えなかっただけかもしれません。

ふわふわした感触を好み、公園で遊ぶのが好きな子供でした。
水道で水を出したり、階段を何度も上り下りしたり。
知らない子供達のところへも好奇心いっぱいで近づいていき仲良くなり遊んでいました。

私の情緒が不安定で愛着に問題があったのでしょうか?少なくともこのあたりまでは順調に発達していると確信していました。

次回は忘れられないあの日のことをお話したいと思います。

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