見出し画像

朝鮮半島史㉜ ~半島分断~

1945年8月15日、日本のポツダム宣言受諾による敗戦が発表され、35年に及ぶ朝鮮の植民地時代が終結した。朝鮮ではこの日を解放を祝う光復節としたが、日本軍の撤退と入れ替わりに南部には米軍、北部にはソ連軍が進駐し、北緯38度線を境に分割占領が行われ、独立は先延ばしされた。戦後世界の主導権を争う戦勝国同士の思惑に巻き込まれ、朝鮮半島は米ソ対立の最前線と化したのである。

米国占領下の南部では、三・一独立運動後に上海で大韓民国臨時政府を設立した後、米国へ渡って抗日運動を続けていた李承晩が、米国の支援を受けて帰国し、分断独立に反対する人々を暗殺・弾圧して、1948年8月に大韓民国の建国を宣言し、初代大統領に就任した。その過程で、分断独立に反対する民衆蜂起が米軍・韓国軍によって鎮圧され、数万人の犠牲者を出した済州島四・三事件のような悲劇も起こった。一方、ソ連占領下の北部では抗日武装闘争の英雄と称する金日成がソ連の支援を受けて権力基盤を固め、同年9月に朝鮮民主主義人民共和国を建国して初代首相に就任した。かくして南には資本主義陣営の米国が背後に控える韓国、北には社会主義陣営のソ連が背後に控える北朝鮮という東西冷戦を顕現化した分断国家が成立したのである。

朝鮮半島の近代史は、大国の思惑に翻弄され続けた歴史であったと言ってもいい。中国と日本、日本とロシア、米国とソ連というように、時代によって当事国は変わっても、諸国間の対立が半島に持ち込まれるという基本構造は変わらない。その矛盾の帰結が、1950年に勃発した朝鮮戦争であった。

いいなと思ったら応援しよう!