人生の最終章、茨な道が好きなんです。
私の人生は、間違いなく服作りから始まりました。
根っから、モノを創ることが好きなんです。
バックパッカーが好きな理由は・・・
一人旅に出る大切な相棒です。
生きるために必需品を詰め込む・・・
そのシンプルなところが好きです。
人生と旅の荷造りは、同じですね。
私は、1960年に生まれ、
幼い頃、ミシンを踏んだ記憶は、いまも忘れません。
自分の力で動かせることが、楽しいかったのでしょう。
自転車が好きなのも、そこからきています。
ただただ、ペダルを漕ぐことが好きで・・・
一人アメリカを縦断してしまいました。
幼い頃から野球が好きで、どっぷり浸かりました。
試練と根性が好まれる時代でしたから、
辛抱強さは、玉拾いから身に付いたと思います。
16歳、ファッションショーを見る機会に出会い
外国モデルの美しさに圧倒され、何を思ったのか、
ファッションデザイナーになりたいと叫んだ・・・
私の錯覚は、そこから始まりました。
その錯覚も、服を作るたびに面白さに変わり
いろんなデザインを創ることに没頭しました。
いつの間にか、ビジネスを優先する生き方に変わり、
気が付けば、韓国、中国で服を作っておりました。
商社の方から、次はベトナムですねという言葉に・・・
日本へ戻り、オーダーメイドに取り組む決意をしました。
烏滸がましいですが、日本に製造業を取り戻す必要がある。
そう考えるようになりました。
多くの恩師から服作りでお世話になり、
次世代の役に立ちたいと、ここでも錯覚したのだと思います。
お客さまに出会い、服を創る。
そんな生き方に満足しておりましたが・・・
2014年ソチオリンピックが終わり、
村上佳菜子さんから依頼がございました。
当時19歳の佳菜子ちゃんが直向きに挑む姿・・・
あの直向きな姿は、忘れることができません。
いつの間にか、私の心の中にも
もう一度、世界に挑む勇気が蓄えられていました。
佳菜子ちゃんとの挑戦も終わり、
私はMaxMaraの服創りへ、ミャンマーへ入りました。
ミャンマーの第一印象は、子供たちの輝く目でした。
人懐っこい子供たちで、大好きになりました。
生活習慣は、驚くことばかりでしたが、
子供たちの優しさに救われました。
免疫のない日本人ですから・・・
伝染病と向き合うことになりますが、
人を助ける、すべてがその気持ちの上に成り立っている気がしました。
私自身が生きる上で、一番大切なモノを見つけた感触でした。
共に助け合う生活を重ねるうちに
久しぶりに相性が合う国に出会えた気持ちで過ごせました。
それと同時に・・・
日本人は、どこで道を間違えたのだろうか、
・・・ そんな気持ちにもなりました。
ミャンマーに3年間勤務し、
私にとって生きていく価値を見極めることができました。
それは、自分の人生を生き抜く覚悟です。
残りの人生、自分の納得できることを行動していこう。
単純にそれだけです。
もう一度、バックパッカーに入れるものを選択しております。
残りの人生を生き抜く上で、必要なものを見極めております。
次の挑戦は、服作りの経験値をデータベースに置き換えアプリにします。
日本の服作りの好きな若者へ伝えたい、
プロのモデリストを志す若者へ伝えたい、
教育の浸透していない国でも活用できる
モデリストのためのアプリしたい・・・
それが 次のプロジェクトです。
還暦を過ぎましたが、そんな道を選択します。
残りの人生 焦ることなく、その想いを育んでいきます。
いまは、そんな目標に辿り着けたことが幸せです。
バックパッカーに入るものだけあればいい・・・
それが私の生き方であり、何より心は満腹です。
追伸、みんさまのnoteを拝読し、元気になります。
腹を抱え笑える時もあり、みんな大好きです。
がんばらない私ですが、宜しくお願い申し上げます。
水谷勝範
2022年 如月
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Webからファッションを創る、それが私たちのプロジェクトです。服作りとはいえ、私たちが大切にしていることは、お互い共存し成長できる社会になることです。皆さまとの出会いを愉しみにしております。水谷勝範