短編台本「カラオケバー」
観劇BARにて上演されたものです。
ジャンル:コメディ
時間:20分
【登場人物】
ママ:カラオケバーのママ
新人:カラオケバーで働く新人
【本文】
カラオケバーのママと新人、向かい合うようにして座っている。
テーブルの上にはカラオケ機と電卓、領収書。
ママ「154」
新人「……」
ママ「154?」
新人「はい」
ママ「え、なんで?」
新人「なんでというか」
ママ「12本だよね? なんで154?」
新人「違うんです」
ママ「違う」
新人「はい、違うんです。その、1ダースって覚えてたんです。ママに、12本注文しておいてって言われたから、12本、1ダースだなって」
ママ「うん」
新人「で、12っていう部分と、ダースっていう部分が記憶に残っていまして」
ママ「うん」
新人「いつのまにか、私の中で12ダースということになっており」
ママ「うん」
新人「で154です」
ママ「うん?」
新人「あ、だから、1ダースって12本じゃないですか」
ママ「うん」
新人「それが12ダース」
ママ「うん」
新人「で154」
ママ「うん?」
新人「ん?」
ママ「……144だね」
新人「144」
ママ「12ダースは144」
ママ、電卓で12×12を計算したのを見せる。
新人「……」
新人、自分で電卓を使って12×12を確かめる。
新人「……これ、けっこう古いヤツですか!」
ママ「古さは関係ないんじゃないかな。あと仮にね、仮に144本、頼んでたとしてもミスなんだけどね。そもそも12本だから」
新人「……」
ママ「あ、別に怒っているわけじゃないんだよ? ミスは誰にだってあるものだし、それを責めるつもりは全然ないし、ただ、今週4回目だから」
新人「先週は3回でした!」
ママ「普通は1回もないのよ。普通は瓶ビール100本以上多く頼むことと、ワックス掛けといてと言われて整髪料のワックスを使うことと、5時集合の連絡を受けて朝5時に来ちゃうことと、お会計の料金をお客さんに勘で伝えることを1週間の間に起こさないのよ」
新人「違うんです」
ママ「また出た違うんです」
新人「今日、低気圧で」
ママ「それ前の時も前の前の時も言ってたよね?」
新人「じゃあ生理です!」
ママ「じゃあて。……あとね、お客さんに対しても、ちょっと元気がないっていうか、そっけないっていうか。別にキャバクラとかじゃないから、そこまで媚びる必要もないんだけどさ、でも接客業として最低限のラインってあるじゃん?」
新人「私元気です」
ママ「もうその、元気ですって声に覇気がないのよ」
新人「うぇーい!」
ママ「!?」
新人「元気出してみました」
ママ「……怖いっ!」
新人「難しい」
ママ「よし背筋伸ばそう!」
新人「……背筋」
ママ「そう背筋! ほら、前にも言ったでしょ。あなたけっこう猫背だって」
新人「伸ばすようにしてます!」
ママ「うん、あんま変わってないね。や、私もね、昔はすっごい猫背だったの。でも背筋を意識するようになって、まず声が変わった。明るくなった。周りに言われたもん、最近明るくなったねーって。なんかね、人間の体ってそういう風にできているんだって。背筋を伸ばすことで自然と声質も変わっていくっていうか」
新人、腕時計を見る。
ママ「なんでいま時計見たー?」
新人「違うんです」
ママ「違わないね。今のは違わないよね?」
新人「私、この後、予定があって」
ママ「……私だってあるんですけどー。営業が始まる前に準備しないといけないことだってあるし、ご飯だって食べたいし、推しの生配信だって観たいし、こんなことでグチグチ話してたくないんですけどー」
新人「じゃあ、終わりません?」
ママ「は?」
新人「私も終わりたい。ママも終わりたい。終わりましょう」
ママ「……私ね、ずっと歌手になりたかったの。高校卒業してすぐ養成所に入って、毎週のようにオーディション受けて、10年くらいやってたんだけど、でも、私には才能が無かったみたいで、だからこういうカラオケバーを開いたのよ。少しでも音楽に関われたら良いなーと思って。まだ説教続くのかよって思ってるでしょ」
新人「思ってないです」
ママ「思ってるよね」
新人「思ってないです」
ママ「思ってるよね」
新人「思ってないです」
ママ「(机を叩きながら)正直に答えなさい」
新人「無茶苦茶思ってます」
ママ「わかってます。あなたがそう思っていることをわかった上でやっています。……あなた、面接の時に言ってたよね? 自分も歌うのが好きだって。歌で生きていきたいって。夢を見るのはもちろん素敵なことだけど、でもさ、夢は夢のまま終わってしまうことがほとんどなわけだし、そうなったら、たとえば私みたいに妥協点見つけて」
新人、腕時計をチラッと見る。
ママ「また見たね」
新人「見てないです」
ママ「見たでしょ」
新人「見てないです」
ママ「見たでしょ」
新人「見てないです」
ママ、机を叩く。
新人「無茶苦茶見ました」
ママ「……私ね、ずっと歌手になりたかったの。高校卒業してすぐ養成所に入って、毎週のようにオーディション受けて、10年くらいやってたんだけど――」
新人「あの。1からですか」
ママ「1からだね」
新人「私、本当に次の予定が……」
ママ「……」
新人「……」
ママ「私ね、ずっと歌手になりたかったの。高校卒業してすぐ養成所に入って、毎週のようにオーディション受けて、10年くらいやってたんだけど、でも、私には才能が無かったみたいで、だからこういうカラオケバーを開いたのよ。しゅこしでもおんぎゃ」
新人「?」
ママ「……私ねずっと歌手になりたかったの」
新人「!」
ママ「高校卒業してすぐ養成所に入って、毎週のようにオーディション受けてなに?」
新人「いえ」
ママ「え、私の話、聞いてる?」
新人「聞いてます」
ママ「私ね、ずっと歌手になりたかったの」
新人「聞いてます。本当に聞いてます」
ママ、無視して語り続けている。
新人「聞いてます!あの、本当に! あの! 聞いてます」
ママ、語るのをやめる。
ママ「……あなた、面接の時に言ってたよね? 自分も歌うのが好きだって。歌で生きていきたいって。夢を見るのはもちろん素敵なことだけど、でもさ、夢は夢のまま終わってしまうことがほとんどなわけだし、そうなったら、たとえば私みたいに妥協点見つけて生きていかないといけないの」
新人「……はい」
ママ「そりゃね、本当に才能があれば多少常識なくても問題ないかもしれないよ? 宇多田ヒカルとか、30過ぎるまで電車乗ったことなかったみたいだし」
新人「宇多田ヒカル」
ママ「うん」
新人「宇多田ヒカル」
ママ「……もしかして宇多田ヒカル知らない?」
新人「はい」
ママ「いやいやいやいや!」
新人「有名な人ですか?」
ママ「超有名」
新人「あ、私だけでしょうかの人!」
ママ「それ、だいたひかる、ピン芸人の。え、あなた、いくつだっけ?」
新人「23です」
ママ「は、宇多田ヒカル知ってて良いでしょ! っていうか知ってるべきでしょ」
新人「あ、でも私、早生まれで」
ママ「知らん。え、ヤバいよ。歌手目指してて宇多田ヒカル知らないの」
新人「私だけでしょうか?」
ママ「うん、多分あなただけ」
新人「あ、どーでも良いですよの人!」
ママ「それもだいたひかる」
新人「難しい」
ママ「とにかく、私が言いたいのは、すごい才能があれば、多少、変人でも大丈夫だろうけどって話で……あ、じゃあさ。この人は?」
ママ、スマホを見せる。
ママ「最近話題の歌い手さんなんだけどね。この人もすごい才能があると思う。顔出ししてないから分からないけど、それこそ、あなたと同い年くらいなんじゃないかな」
新人「……」
ママ「どうしたの?」
新人「この人、知っているんですか?」
ママ「知っている」
新人「好きなんですか?」
ママ「好き。超好き」
新人「超好き」
ママ「うん。SNSもフォローしているし、普段の配信とかリアタイで参戦してるくらい好き。この前とか、ギフトでいちばん高い花束送っちゃったくらい好き」
新人「さっき言ってた推しの配信って」
ママ「そう、この人。あれ? まだ配信、始まってない」
新人「……」
ママ「これアレだな。いや、この人ね、人付き合いとかがあまり得意じゃないみたいで、だから歌い手として活動してるみたいなところもあるんだけど、でもこのままじゃダメだと思い立って、最近バイトを始めたらしいのよ、偉くない!?」
新人「ありがとうございます」
ママ「なにが?」
新人「いえ」
ママ「でね、せっかく勇気を振り絞ってバイトを始めたのに、その店の上司っていうか店長みたいな人が、けっこう嫌な奴らしいよ。なんていうの、ほらいるじゃん、同じ話を永遠にしてくる奴」
新人「あぁ」
ママ「なんかね、バイト終わった後にわざわざ呼び止めて、で、あれができてないこれができてないってネチネチ言ってくるんだって。今日も絶対それだわ。私ね、こういう店長みたいな人間が一番嫌い」
新人「でも、その店長さんも良かれと思ってやってるんじゃないんですかね」
ママ「ないないない。ただのハケ口、ストレス発散だって。多分、自分の人生がうまくいってないんだろうね。そういう意味じゃ可哀想な人っていうかさ、なんかね、二言目には『心配しているの』とか『あなたのためを思って言ってるんだよ?』とか言ってくるんだって。……こういう時ってね、特に心配してないのよ。相手を思い通りに動かそうとしてるだけなのよ。なにが『心配しているの』だ、『あなたのためを思って言ってるんだよ?』だ! ただの詭弁じゃねえか!」
新人「私、そろそろ帰ります!」
新人、帰ろうとする。
ママ「え、なんで?」
新人「なんかもう、いたたまれなくて」
ママ「はあ?」
新人「失礼します!」
ママ「ちょいちょいちょいちょい! ダメだよ、まだ私の話終わってないじゃん」
新人「あ、その方の配信、もうすぐ始まるんじゃないですか」
ママ「それはそうなんだけど」
新人「やっぱ、推しの配信はリアタイで参戦した方が」
ママ「じゃあこうしよう。配信が始まるまで。配信が始まったら私の話は終わりにするから」
新人「それ、一生終わらないやつです!」
ママ「え?」
新人「いや、えっと」
ママ「ねえ。……私は心配してるの」
新人「出た」
ママ「あなたのためを思って言ってるんだよ?」
新人「また出た」
ママ「なにが?」
新人「いえ」
ママ「とりあえず、座って」
新人「でも」
ママ「座って!」
新人、座る。
ママ「……私ね、ずっと歌手になりたかったの」
新人「そこからですか!」
ママ「そこからだね」
新人「えー」
ママ「えーじゃない。あなたが私の話を聞かないからでしょ」
新人「すいません勘弁してください!」
ママ「……もう少し頑張ろうよ。あなたが人付き合い得意じゃないのも知っている。でも、それじゃダメだと思い立ってバイトを始めたんでしょ?」
新人「……はい」
ママ「……ん?」
新人「?」
ママ「人付き合いが得意じゃなくて、でも、それじゃダメだと思い立ってバイトを始めた?」
新人「……はい」
ママ「人付き合いが得意じゃなくて、でも、それじゃダメだと思い立ってバイトを始め、歌で生きていきたいと思っている?」
新人「はい」
ママ「人付き合いが得意じゃなくて、でも、それじゃダメだと思い立ってバイトを始め、歌で生きていきたいと思っていて、このあと予定がある?」
新人「はい」
ママ「皆さん、こんばんわ。まゆりんです」
新人「皆さん、こんばんわ。まゆりんです」
ママ「……ええええ!」
新人「黙っていてすいません」
ママ「いやいや黙っていてっていうか、ええええ、マジで!?」
新人「はい」
ママ「いや、え、いや、え、いや、え、あ大ファンです!」
新人「あ、はい。それはもうヒシヒシと。あの、花束のギフトを」
ママ「あぁ、そうそう。先週の配信の時に」
新人「わかります、あの、3丁目さんですよね」
ママ「そうです、新宿3丁目の女王カッコワライです! えー、覚えててくれたりするもんなんだ!」
新人「いつも応援ありがとうございます」
ママ「いえいえこちらこそいつも楽しませてもらってます。……あ、この前の新曲最高だった」
新人「え、ほんとですか」
ママ「うん、なんかもう……あ、ほら今回の曲ってこれまでの路線と少し違うっていうかそもそも初めてだよね、既存の曲のアンサーソング作るの、あ、もちろんそれはそれで凄いことだしそれをちゃんと自分の表現として昇華しているのはウチらも十二分に理解できたしそうやって次から次に新しいことを挑戦していく姿にウチらまゆりん隊の隊員たちは勇気づけられているんだしだから、あーなんだなんて言おうとしたんだ、とにかく最高だった、最高オブ最高だった!」
新人「……ありがとうございます」
ママ「うん。……あ、てか配信! 配信やらないと」
新人「あ、そうなんです」
ママ「もう行って行って!」
新人「え、良いんですか?」
ママ「もちろん、てか大丈夫? 今から家に帰ったらだいぶ遅くなっちゃわない? あ、ここでやる? え、ここで? ここでやる!? ちょっと待ってどうしよう!」
新人「いや。事務所が近くのスタジオを抑えてくれていて」
ママ「あ、そうなんだ! そうだよね!? えっと、じゃあ……」
新人「良いですか?」
ママ「うん。えっと、頑張って」
新人「はい。失礼します」
新人、出て行こうとする。
ママ「あ、ねえ!」
新人「?」
ママ「……いつから、歌手目指してたの? いや、今の名前で活動始めたのは去年からだって知ってるんだけど。その前の、下積み時代みたいな」
新人「そういうのは、特に」
ママ「じゃあ、1年で、今の感じに?」
新人「はい」
ママ「……すごいねー」
新人「そうですか?」
ママ「……うん、すごいよ。あ、猫背。気をつけて」
新人「はい。失礼します」
新人、店から出て行く。
ママ「1年かぁ」
ママ、宇多田ヒカル「花束を君に」を歌う。
途中から新人が出てくる。1番終えたタイミング辺りで配信を始める。
新人「遅くなっちゃってごめんなさい、バイトが長引いて。うわ、たくさん来てくれてる。……あ、違います違います。ほんとにイビられているとかそういうわけじゃなくて。あ、ギフトありがとうございます。『最近、声が明るくなりましたね』。……そうですか」
ママ、配信を見て花束のギフトを投げる
新人「あ、3丁目さん、花束……。花束、いつもありがとうございます」
ママ、2番のサビから歌い始める。
(完)
