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随03|バンクシーの正体を伝えるメディアの野暮

2026年5月30日/記
(敬称略)

ロイターの野暮

 あのバンクシーの正体が判明した、かのような記事をロイター通信が伝えた。なんと野暮なことをするのかと、〈 ムッ 〉としながらも読んでみた。2026年3月13日付けの記事(3月16日更新、日本版)にこうある。

◆ 〈 世界各地に作品を残している謎の芸術家バンクシー。ロイターは関係者への取材や資料に基づき、バンクシーは英南西部ブリストル出身の男性ロビン・ガニンガム氏だと結論づけた 〉。

 えっ、判明したのではなく、ロイターが結論を出した?  しかし、ロイターは調査したというけども、読んでみると、その中身は薄い。過去に他メディアが報道した記事をつなぎ、ほんの少しの取材事実を加えて推測しただけの内容なのである。そんな薄っぺらい調査資料をバンクシーに送り、次のような回答を得たという。

◆ 〈 バンクシーの弁護士マーク・スティーブン氏はロイターに対して、書面で「(バンクシーは)貴社の問い合わせに含まれる詳細の多くが正確であるとは認めていない」と述べた。バンクシーの正体については肯定も否定もせず、取材内容を公表すればバンクシーのプライバシーを侵害し、芸術活動に支障をきたし、危険にさらすとして、公表を見送るよう要請した 〉と。

 正体についてバンクシー側が〈 肯定も否定も 〉しないので、ロイターが結論づけたわけだ。強引な気もするが、どう結論するかはロイターの自由である。
 ただ、バンクシーの表現活動は、壁などに絵を描く、すなわち汚しているので、実害は小さいにしても犯罪には違いない。警察の捜査対象になるわけだし、バンクシーを直接に知る関係者は山ほどいるだろうから、本気で捜査すればとっくに正体は判明しているはずである。だから、お目こぼしが続いたものと推測する。
 しかし、マスメディアがあまり騒ぐと、警察も動かざるを得なくなり、バンクシーの活動はやりづらくなる。そんなわけで、ロイターは野暮、と言うほかない。こんな言い訳をしている。

◆〈 ロイターは、プライバシー侵害というバンクシーの主張、彼のファンの多くが匿名性の維持を望んでいるという事実を考慮した。報道活動で適用するあらゆる基準に照らしつつ、文化、アート業界、そして国際的な政治的議論にも深く永続的な影響力を持つ人物の素性や経歴を理解することについて、公衆が深い関心を持っていると判断した 〉。

 一見重々しく語っているが、中身は軽い。多くのファンが匿名性を望んでいることは承知している。けどもバンクシーは有名だし、より多くの人たちが正体を知りたいと思っているから報道する、ということだ。報道のモラルや責任といった次元ではなく、話題がそこにあるから報ずる。まあ商売なのだろうが、顔を隠してもっと悪辣なことをしている奴らはいくらでもいるはず、そいつらの正体こそ暴けよ、と言いたくなる。

 記事の目ぼしい内容は、お金の話だった。〈 バンクシーの正体が明らかになった場合、彼の作品の価値にどれほどの影響を与えるだろうか 〉と、ギャラリーや美術館、オークションハウスに問い合わせたのである。作品価値といっても、市場価値への関心である。市場関係の専門紙ならまだしも、ロイターが世界に報じる内容なのだろうか。やっぱり野暮なメディアだと、私は結論づけた。

文春の野暮

 さらに野暮を重ねたのが文春である。ロイターの記事が出てから1ヵ月以上立った4月27日の配信で、けっこう長文の記事を『文春オンライン』で伝えた。日本国内で広まったのはこちらの記事かもしれない。その書き出しはこうだ。

◆〈「サンタの正体をバラされたみたい」。文化好きのあいだで、失望の声が広がった。長らく秘密にされてきたバンクシーの正体が明らかになったのだ 〉。

 そう書いているのだが、記事をよくよく読むと、ロイターによって 結論づけられたと、責任はロイターとする逃げ道を用意した上で書いている。その内容は、ロイター記事や既出の報道記事をつないだ、という印象だ。
 文春が取材したように書いているところもあるが、本当に取材したのかどうか? 例えば、ロイターの場合、取材相手としてバンクシー作品を扱うロンドンのディーラーであるアコリス・アンディパの名を明記して、コメントを取っている。同じ相手だと思われるが、文春の方は〈 バンクシー作品を専門にしているロンドンの画廊 〉とだけ記し、名を伏せている。ナゼ?伏せるのか。 

 この程度の曖昧さなら、雑誌メディアにありがちなことで、目くじらを立てることではないとは思う。ただ、この文春記者の個人的な主張がちょっとばかり気になる。
 バンクシーは〈「無法者」が売りだった 〉のに司法や権力者から優遇されているとする。例えば小池都知事がネズミ絵を保護したとか、〈 落書きの除去作業は長らくつづいており、昨年までに約500万円もの公費が費やされたという 〉、とかである。なるほど記者は間違っていない、先述したとおり、慢性的なお目こぼしがあったのであろう。しかし、500万円で世界中が楽しんだのだけども、ね。
 
 また、こんなことも書いている。シュレッダー事件以後、バンクシー・バブルが到来し、〈 2021年にはオークション売上高が歴代最高となる1億7130万ドル(約270億円) 〉に達したとして、こう書く。

◆〈 反商業主義の姿勢で知られるバンクシーだが、市場をコントロールするやり手とも言われてきた。定期的に話題をつくって需要を保ち、真贋判定システムを握ることで美術業界に牽制をかけつつ、その裏で厳選されたVIPコレクターに直接販売を行っているらしいのだ 〉。
  
 〈 らしい 〉と書くということは、おそらく取材は少なく、ほとんどが伝聞であろう。それが悪いわけではない。バンクシーの場合、取材が難しいし、情報が重要である。ただ、情報の選び方が問題で、記者は、意図的に偏った選択をしているのではないだろうか。
 オークションで高値がつこうと、作者に入る金はほんの一部にすぎないし、VIPコレクターへの直接販売はずっと前から知られていることだ。もちろん少なくない金を得ていることも確かであろうし、むしろ記者にはそれがどの程度なのかを調べてほしい。そして、作品(落書き)の除去に500万円もかかるほど、大量のバンクシー作品が除去され続けたことを伝える必要がある。金になる前に消えていく作品が大半なのである。そうしたバンクシー流の活動スタイルには、市場コントロールとは異次元の情熱が込められていると見る方が自然なのではないか。
 また、無名時代から社会問題解決のために寄付行為をしていることや、パレスチナの分離壁の横に通称「世界一眺めの悪いホテル」を建てたり、移民救助船を購入したり、莫大な費用を費やしていると思われる。記者がこうした情報を知らないはずがないので、お金のことを語るなら、こちらのことも伝えてほしいのである。

そして誰も口を割らなかった

 ロイターの記事を読んで、興味深かったのは、バンクシーの支援者や友人知人の口の硬さである。ロイターの正体判明は、出入国記録等を照合したことによる推測であり、バンクシーを直接知る人たちは、誰も口を割っていない。
 バンクシーが本格的な活動を始めたのが2000年前後だとして、すでに25年以上であり、四半世紀もバレなかった。いや、誰もバラさなかったのである。バンクシーの周囲には、守りたいものは守る、したたかな硬派文化が生きているようだ。文春記事にあった、正体判明で失望した〈 文化好き 〉の軟弱文化とは大違いである。しかし、そもそも、この〈 文化好き 〉って誰?、どんな人たちなの?。いろいろとモヤモヤ感が残る文春記事だった。
 最後にもう一言。バンクシーの実像、知りたい気持ちもある。が、正体を明かすかどうかは本人にまかせようぜ。


(随03|バンクシーの正体を伝えるメディアの野暮 おわり)


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