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映画レビュー:『トリコロール 赤の愛 Trois Couleurs: Rouge』〜母犬の名前は“利他⁈”


あらすじ

スイスのジュネーヴで暮らすモデルのヴァランティーヌ(イレーヌ・ジャコブ)は、ある夜、車で1匹の犬を跳ねてしまいます。首輪の住所を頼りに飼い主である退官した老判事ジョゼフ(ジャン=ルイ・トランティニャン)の元を訪ねますが、彼は犬に全く関心を示しません。

不審に思った彼女は、彼が近隣住民の電話を盗聴することを趣味にしているという奇妙な事実を知ります。最初は激しく拒絶し咎めるヴァランティーヌでしたが、孤独のなかで傷ついたジョゼフの心に触れるうち、2人の間には世代を超えた不思議な魂の交流と深い絆が生まれ始めます。

ジョゼフの正体

ジョゼフが盗聴を繰り返していた若い法学生オーギュストが、隣に住む孤独な元判事ジョゼフの「若い頃の人生をなぞる」という、時空を超えたドッペルゲンガー的な交錯を見逃してはいけません。キェシロフスキが「多解釈を受け入れる」という謎めいたコメントだけを残した『ふたりのベロニカ』を紐解くヒントにもなっている作品なのです。

法曹界、犬好き、万年筆、落とした六法全書?…まるで若い判事オーギュストの前世を生きているかのような共通点を持つ退官判事ジョゼフなのです。この映画が公開された1994年は、第一次量子コンピューターブームにともなって、量子力学が再び脚光を浴びた時期でもあったのです。当然キェシロフスキ監督も、“エヴァレットの多世界解釈”や“パラレル・ワールド”についても興味をもっていて、映画演出にいつか使ってやろうと狙っていたのではないでしょうか。

仏政府からフランス革命200年祭の記念としてトリコロール三部作製作の依頼があった時、祖国ポーランドと、新しい映画製作の拠点となるはずだったフランスにおける映画監督としてのアイデンティティについて、自身に問いかけた作品が『ふたりのベロニカ』だったのではないでしょうか。しかし、あまりもの観念的な余白演出に観る方がついていけず珍解釈が続出。その解釈のヒントになる作品として同じイレーヌ・ジャコブにヒロインを演じさせた本作を用意した、私にはそう思えるのです。

もし人生をやり直すことができたら

そんなキェシロフスキが一緒に人生をやり直すとしたら…日本人女性の土管を思わせるダブダブのイージーパンツ姿とは対照的な、タイトなミニスカートがとってもお似合いのジャコブちゃんが、スイス人大学生のモデルヴァランティーヌを演じていて、誤って車で轢いてしまったワンコをほおっておけず病院にまで連れていって自宅で介抱してあげるほど博愛精神に溢れているのです。そのワンコが“リタ(利他)”というこれまた因果な名前なのです。

かつて共産主義国家だったポーランドで映画監督をしていたキェシロフスキは、「(映画作りは)ある意味共産主義のプロパガンダだった」と生前語っていましたが、まるで過去の人生を反芻するように近隣住民の電話を盗聴している冷徹なジョゼフは、そのポーランド時代のキェシェロフスキ自身を投影していたのはないでしょうか。

傷ついたワンコを自宅に返しに来た優しいヴァランティーヌに出会った時、これぞ理想の女性という直感が働いたに違いありません。まるで預言者のように、オーギュストやヴァランディーヌの未来を操り、二人をハッピーエンドに導くジョゼフは『ふたりのベロニカ』に登場する人形使いのようでもあります。確か、架空のオランダ人作曲家ヴァン・デン・ブーデンマイヤーの名前も『ベロニカ』『青の愛』そして本作にも登場していましたよね。

幻の三部作

キェシロフスキの急逝により、“トリコロール”の後に構想していた“ダンテの神曲三部作”は文字通り“幻”に終わってしまいましたが、当初トリコロール三部作はイレーヌ・ジャコブを主人公とした連作として、キェシロフスキは考えていたのではないでしょうか。ところがフランス革命200年祭記念作品にはフランスを代表するもっと知名度の高い女優が主演すべきだと、誰かが言い出したに違いありません。『青の愛』のビノシュや『白の愛』のデルピーもそれなりに良かったのですが、『ふたりのベロニカ』が“自由意思”を強調した秀作だっただけに、トリコロール三部作に組み込まれた方がむしろ自然だった、私にはそう思えるのです。

そんな3人の女優を“(フランス政府との軋轢を模した?)転覆事故”でラスト強引に結びつけたキェシロフスキにも、内心思うところがあったのではないでしょうか。いずれにしても、西側の自由主義国家で映画を作るということは、“資本”の力に決して逆らわないことを意味するのです。それを嫌というほどキェシロフスキは思い知らされたはずです。トリコロール三部作製作終了後「ポーランドに帰りたい」という弱気な発言をしていたキェシロフスキなのです。

あくまでも想像ですけどね。

トリコロール 赤の愛
監督 クシシュトフ・キェシロフスキ(1994年)
オススメ度:★★★★☆









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