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2019.08.08_8 シェムリアップ(バクセイ・チャムクロン、プノン・バケン)

2019年8月8日

バクセイ・チャムクロン “Baksei Chamkrong”

タ・ケウでUターンしてアンコール・トムの南側まで戻りバクセイ・チャムクロンへ。全高二十七メートルのバクセイ・チャムクロンの端正な姿はチェンマイのワット・チェディ・ルアンの頭部が崩れてしまった仏塔を彷彿とさせるが、これは仏塔ではなくヒンドゥー教のシバ神を祀った寺院。この寺院は他に関連する建造物はない。

創建は十世紀、ハルシャヴァルマン一世(在位910–944)が父ヤショヴァルマン一世(在位889–910)に捧げた寺院で、ラージェンドラヴァルマン二世(在位944–968年)によって完成されたという。

バクセイ・チャムクロン。

木立の中に停めたトゥクトゥクに座って一休み。ここでチャブさんが、カンボジアでの先の見えない生活を熱く語る。特に政治状況の劣悪なこと、将来に希望が持てないとを嘆いていた。

プノン・バケン “Phnon Bakheng”

バクセイ・チャムクロンの西南西、直線距離にして三百メートルほどの所に、プノン・クロム山とプノン・ポック山と共にアンコール三聖山の一つと言われているプノン・パケン山がある。その頂上に建つのが、今も修復が進められているプノン・パケン寺院。
プノン・パケン寺院はヤショヴァルマン一世がその王都をロリュオス川流域からシュムリアップ川流域に遷すにあたり、都の中心として須弥山(メル山)を模して建造したと伝ったわっている。

案内標識。右上に参道が見える。標識の背後はアンコール・パスの検問官。
アンコール・パスの検問所前で受けた鶏。

小山の麓から二十分、九百メートルほどの山道(参道)を登って行く。
山頂からは三百六十度の展望がきき、アンコール・ワットが見下ろせる唯一の場所であるとともに、市街地をはじめ西バライなどを遠望できる。
参道を上り始めると間もなく、右手の木立の中に先ほど見てた来たバクセイ・チャムクロンが見えてきた。

木々の間から覗くバクセイ・チャムクロン。

さらに往くと遠く森の向こうに西バライの水面が光っている。

森の向こうに光る西バライの水面。

西バライは十一世紀初頭から中頃にかけけてスーリヤヴァルマン一世が建設を開始し、ウダヤーディチャヴァルマン二世が完成させた巨大な貯水池。
面積約 千七百ヘクタール(十七キロ平方メートル/ 東京ドーム約三百六十個分)、一辺約七から八キロメートルの長方形で約 一億二千三百万立方メートル(二十五メートルプール約四万杯分/一人一日二百リットル使うとして 約百七十万人の一年分)の水 を湛えるという。

西バライ(8月7日の機内から)。

そろそろ頂上かと思われる辺り、山のそこだけが帯状に木の生えていないところがある。柵には立ち入り禁止の標識が架かっている。急勾配の山肌をよく見ると落ち葉や草に埋もれた崩れた石段の跡が見て取れる。山頂への石段跡だろう。

石段の跡。

ようやく修復工事のクレーンと寺院の一部が見えてきた。

クレーンと尖塔が見えてきた。

山頂の一角に櫓が組んであり、そこに登ると木々の間からアンコール・ワットの尖塔を見ることができる。

アンコール・ワットの中央祠堂と副祠堂。

さらに奧に回り込むと最上部に祠堂を載せた五層の基壇の前に出る。ピラミッド型をしたプノン・バケン寺院跡だ。高さは約四十七メートル、中央祠堂はアンコール遺跡のなかで最も高い場所に建っている。

五層の基壇とその上にのる祠堂。
五段目から修復の様子を見下ろす。
五つの基壇それぞれにのる十二の小祠堂の一部。

ここからの夕日が観光スポットになっているようなので再訪してみたい。

地平線の辺りはトンレサップ湖。

最上壇中央の中央祠堂は頂部が失われたままだが、壁面のレリーフは彫りが深く重厚。

中央祠堂。

ダラダラと山道の参道を下って鶏の出迎えを受けたところまで戻り、チャブさんのトゥクトゥクでアンコール・ワットへ向かう。

訪問先一覧地図

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