会議が長いのに、何も決まらなかった日のこと
会議が終わったあと、机の上に資料だけが残っていた。
議事録はまだない。
決定事項の欄は、空白のままだった。
2時間、話していた。
発言もあった。
対立もあった。
ときどき笑いも起きた。
それなのに、会議室を出るとき、何が前に進んだのか分からない
感覚があった。
「で、今日は何が決まったんだっけ」
帰り際に誰かがそう言った。
全員が、少し黙った。
その沈黙が、いちばん正直だったのだと思う。
以前の自分なら、「議論が足りなかった」と考えていた。
もっと意見を出すべきだった。
もっと深く掘り下げるべきだった。
時間が足りなかった。
そう自分に言い聞かせて、次の会議に臨んでいた。
でも最近、少し違う見方をするようになった。
あの会議が長くなったのは、議論の量のせいだけではなかったのかも
しれない。
みんなが、違う前提で話していたのではないか。
今日の会議のGOALは何だったのか。
何をもって、この会議は終わりだったのか。
方向性を確認することだったのか。
何かを決めることだったのか。
情報を共有するだけだったのか。
次回までの宿題を明確にすることだったのか。
誰が最後に判断するのか。
どんな情報があれば、判断できるのか。
何を基準に、前へ進めるのか。
これを、会議が始まる前に確認していなかった。
ホワイトボードには議題が書いてあった。
資料も用意されていた。
参加者もそろっていた。
ただ、「今日、何をもって終わりにするか」が、誰の中にも明確に
なっていなかった。
前提がそろっていない会議は、静かに長くなる。
声が大きくなるわけではない。
感情的になるわけでもない。
ただ、話が戻る。
同じ論点が、形を変えて繰り返される。
「そもそも」という言葉が何度も出てくる。
最後に、もう少し整理しよう、で終わる。
それは、参加者が悪いのではない。
会議の設計が追いついていなかったのだと思う。
自分がファシリテーターのときもそうだった。
場を回すことに意識が向いて、前提を整えることを後回しにしていた。
発言を引き出すことは、少しずつできるようになった。
でも、何のための発言なのかが、会議の途中で曖昧になっていた。
終わったあとに残る、あの決まらなかった感覚は、そこから来ていたのかもしれない。
会議を短くするのが目的ではない。
ただ、終わったあとに「次に何をすればよいか」が残る会議には、共通点があると思う。
GOALがある。
目的がそろっている。
役割が見えている。
判断基準が共有されている。
その違いは、会議中の進行のうまさだけではなく、会議が始まる前の数分間にあるのではないかと、最近は感じている。
この続きは、会議を短くする方法ではなく、会議の前に何を整えておくと
判断が進みやすくなるのか、という実務の視点で整理してみたいと思っています。
GOAL。
目的。
役割。
判断基準。
この4つを整えるだけで、会議の終わり方は少し変わる。
もし、会議のあとに似たような重さを感じたことがある方がいれば、
明日の会議の前に、少しだけ立ち止まってみてもよいのかもしれません。
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