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京大卒で保育士を目指すことにした私の自己紹介

京大を卒業し、医学書の編集者や大学事務をしてきた私。

一見”すごい”キャリアに見える私ですが、二児のママになった今、新たに保育士の道を目指しています。

なぜこんな選択に行き着いたのでしょうか? 自己紹介を踏まえて半生を振り返ってみます!


🌷基本情報

ニックネーム:みきてぃー
生年月日:1988年4月。昭和と平成産まれが混ざった学年です
出身地など:東京生まれ、愛知県在住。転勤族の家にうまれ引越し12回
仕事:医学書編集者(3年)派遣事務(2年)大学事務(5年)
資格:医薬品登録販売者、TOEICなど

🌷どんな性格?

理路整然としていて自分の意見がはっきりある人に見えるようです。

一方で、体の感覚がとても繊細で、感情の動きも大切にしているので、理性とのはざまでいつも葛藤しています(笑)。

やわらかくも芯がある人になりたいと思っていて、これまで2人の師に莫大な影響を受けています。

・薬を使わない精神科医:泉谷閑示先生

・スキンシップの魔法使い・看護師・整体師ゆーみん先生

語りだすと熱くなってしまいそうなので、いつか別の記事にしようと思います!

🌷どんな子供時代だった?

学校でやることは何でもよくできる優等生でした。

塾の友達と先生が大好きで塾の時間が一番いきいき、成績はだいたいいつも学年トップ。

特に英語が得意で、海外を飛び回る仕事に憧れていました。

🌷優等生、うつになる

国際関係学を学ぶために、京都大学総合人間学部に入学しました。

華の大学生活・・・と思いきや、入学したとたん、だるさが襲ってきて朝に起きられなくなりました。

新入生が必ずしないといけない情報センター利用登録に行きそびれ、授業で一人だけパソコンが使えなかったり、

国際関係学の大事な単位を落として自分に失望・・・。

うつ病と診断され、投薬治療を始めることになりました。

🌷心と体の謎を解明する旅へ


なんでこんな体になってしまったのだろうという疑問から、大学で理転して健康科学を専攻しました。

授業はぼちぼちやり過ごしつつ、仲間に恵まれたドラッグストアでのアルバイトが面白くて、登録販売者の資格をとりました。

ドラッグストアの薬は風邪のようなちょっとした不調には本当に便利ですが、自分の体はあまりよくなりませんでした。

薬を飲むと少し動けるけど、副作用の吐き気が強くてつらい・・・と思っていた中、「普通がいいという病」という泉谷閑示先生の著書を読んで目からうろこが落ちました。

本から「心や体のサインを無視しすぎていない?」と問いかけられましたが、「そんなものあったけ・・・」とはてなマークが浮かぶほどにアンバランスな生き方をしてきてしまったことに気が付きました。

🌷出版社の仕事に明け暮れた20代


大学卒業後は専攻を活かして医学書の編集者として働き始めました。

新生児集中治療室で働く医師たちのためのマニュアル本制作をとおして、体重600gほどの赤ちゃんに出会い衝撃を受けました。

その赤ちゃんに「しっかり生きて」と言われているような気がして、背筋がすっと伸びたのを今でもはっきり覚えています。

素晴らしい出会いはあるものの、医学書編集の仕事は基本的に1日中机に座ったままで「、」「。」の間違いを探し続けるという地道なものでした。

日々締め切りに追われ、夕食は仲間と出前をとり、椅子をつなげて仮眠してまた作業。1か月に3日しか休まない月もありました。

入社したての頃に感じていた仕事を覚えていく楽しさは、いつしか「やらなければ」という義務感に変わっていました。

心や体の声を聴かないと・・・という思いから、3年を区切りに退職しました。

🌷子供の頃からの夢だった海外へ


仕事を辞めて日々好きに暮らしていると、自分はもともと英語が大好きで、海外に興味があったことを思い出してきました。

自分時間を作りやすい派遣社員をしながら貯金をし、「海外で暮らす」夢を実現するために動き始めました。

日本の教育に疑問をもっていたことから、対話教育がさかんな北欧デンマークの全寮制学校に滞在することを決めました。留学の話もまた書きたいと思います。

帰国後から現在はミッション系私立大学で、外国人教授のサポート事務や、学生のための外国語練習サロン運営の仕事をしています。

🌷命の奇跡を教えてくれた赤ちゃんたち

大学事務として働くことに決めたのは、デンマークで学んだことを学生たちと接する中で活かしたいと思ったほか、子供を持ちながら働きやすいと期待したことにもありました。

もちろん試験の運営や人事にかかわることなど失敗できないピリピリする場面も多くありましたが、子育てや介護をする女性が多く、恵まれた人間関係の中で子供を2人授かることができました。

子供を産んで思ったのは、命があるのは本当に奇跡だということ。

・第二子の出生前診断で染色体異常があると診断された話(後日書きます!)

・心臓に3つの穴をもって生まれてきた次女の話(こちらも書いたらリンクを貼りますね)

大学との契約満了が近づくなか、次にどんな仕事をしたいか働きながら考えてきましたが、

私に屈託のない笑顔を向ける子供たちと、出版社の仕事で出会った600gの赤ちゃんのことを思い、この子たちのために私の残った命を使おうと思いました。

🌷「もう1人産もう!」と思わせる保育士に


保育士になりたいと思うほど子供がかわいい~と感じる私ですが、実は20代まで子供はほしくないな~と思っていました。

転勤を繰り返しながら3人の子供を育ててきた母がとても大変そうだったからです。

たまたまお付き合いをすることになった後の夫が子供が欲しい派だったので腹をくくりましたが、子育てを一人でやったら絶対に詰むと思い、親の応援が得られる実家の近くに暮らすことにしました。

産まれてからもファミサポ、一時保育、ベビーシッター、産後ドゥーラ、助産院、保育園(認可/認可外)・・・様々なサービスを頼っています。

おかげさまで「もう一人産みたいな~」とまで思うようになりましたが、年齢などいろいろなことを考えるとあまり現実的ではありません。

そこで、子育てが楽しくて幸せ~♡という気持ちを自分だけが味わうのではなくて、一人でも多くの若い女性たちが「子供がいるって楽しそう」「もう一人産みたいな!」と思えるように何かしたいなと思い、保育士になろうと決めました。

3歳児と0歳児を抱えながらの勉強は時間の確保が課題ですが、うちでお仕事してほしい!と待ってくれている方たちのために必ず令和7年度で合格します!

ここまで読んでくださってありがとうございます。スキ、コメント、フォロー、よろしくお願いします🌸

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