ナイトバードに連理を Day 4 - A - 9
(1808字)
「回頭、二時」
ハッチから身を乗り出し、双眼鏡を覗いたまま茶賣は冷静に告げた。ボートはその指示に遅れることなく、速度を落とさず針路を変えた。
「何か来ますか」
別のハッチから同じように上体を出し、冶具も地平線に目を細めた。車内の薄明かりに慣れた裸眼に白昼の視界は期待できない。茶賣は気にした様子もなく双眼鏡を冶具に放り投げた。冶具は右腕だけで造作もなく受け取った。
「正面の砂塵の下、四隻だな」
冶具はちらりと覗いてすぐに双眼鏡を茶賣に戻した。
「銘カネヒラが三隻、銘サダミツが一隻。正面装甲では五分ですが、こちらはあくまでも輸送艦ですから先に貫かれるでしょう。モッカ製同士となると、向こうの方が軽量ですから足で競り合ってもいずれ負けます」
「流石は西方商会の最高傑作だな」
茶賣は冶具と足下のボートを同時に評した。冶具は反論しなかった。
「しかし横列となると、アマフリの顔色を窺うまでもなく発見できたのでは?」
「そう奴を嫌うな。総員、来客だ。正面……4000ソエン。主力艦、四。針路このまま」
茶賣はハッチの縁、ボートのいたるところに設えられた伝声管から車内にそう伝え、再び双眼鏡を構えた。
「基地までの距離は?」
「100000ソエンは。検問を抜けてから20分と経っていませんので」
「援軍は無し。逃げ込んで案内してやるのも癪だな。いや、待ち伏せられるのならもうバレているか」
「接触するつもりの回頭かと思いましたが」
「そこまで無謀じゃない。見つかりたがってる相手に、見つけたと教えてやってるだけだ」
「相手の心当たりは?」
「多すぎるな」
茶賣は笑った。その瞬間、前方上空に、冶具の裸眼でも鮮やかに見える赤色の発煙が上がった。
「……停船を求める合図ですね」
「これだけか。鈍い連中だな」
「そう思わせて誘い込む罠では?」
「殺すつもりなら、四対一で近づいてくる獲物を止めはしないだろう」
「その気はない、無事にしておきたい何かがこちらにある。となれば、目的は夜目様ですか」
そう言った冶具と聞く茶賣、どちらの顔にも驚きはなかった。
「検問でも恩着せがましく忠告された。どいつもこいつも俺のようにお上品な悪党じゃあない。どう使うにしろ、夜目は確かに金になるからな」
二人の断定を前方からの発光信号が肯定した。
「――即刻停船、搭乗員全員下船せよ、さもなくば攻撃する」
「阿呆だな。突っ込め、戦闘だ」
茶賣がそう言うと、ほとんど無意識に信号を音声変換した冶具は露骨に嫌な顔をした。
「結局やるんですか。ただの脅しでは?」
「ああいう小悪党はな、持ち帰れない宝を毀そうとするんだ」
「しかし戦力差は……」
冶具の言葉を断ち切ったのは、信号とは全く違う小さな煌めきだった。放火。前方のボート四両が散漫に発砲、二人がそう認めた時には前方に新たな土煙が上がっていた。彼我の距離はいまだ砲弾を届けるには遠すぎた。
「ほら見ろ。思い切りはいいが、素人だ」
「あるいは、最初から殺すつもりだったのかも」
「失望させるな。少し楽しくなってきたところだ」
茶賣は遅れて届いた砲撃の音、身体の芯を揺さぶる空気振動を心地よい表情で聞いた。冶具はその悪質な笑顔を睨みつけたが、茶賣は構おうともしなかった。
「クズでも役立ててこそ本物の悪党だ。ここはひとつ、見つけた奴にケリを付けてもらおう」
そう言って茶賣は伝声管に顔を近づけた。
「アマフリ、出ろ」
茶賣の声が車内に響くと同時に、アマフリは腕を動かし、掌を壁に押し当てた。早矢たち三人は先ほどより数歩離れた距離からその様を見ていた。
「なんだ、どうなる」
「夜目殿、何かに掴まりなさい」
甘に言われるまま早矢は壁の手すりに飛びついた。甘と頼も同じように――頼は早矢と同じ右側、甘は二人と反対側の――壁に寄り、そして三人は黙って巨人を見つめた。
次の動きはアマフリではなくボートそのものに起こった。薄暗い車内に、突然、一筋の明かりが射した。
アマフリが叩いた壁面スイッチに従い、車両後部の天井がゆっくりと押しあがっていく。空気抵抗が戦車の速度を明確に落とし、ボートを揺らし、凄まじい風が三人とアマフリの周囲に吹き荒れた。陽光に曝されたその灰色の巨体は、木星の表面に渦巻く嵐のような紋様に覆われていた。
「マジかよ」
「これはろくなボートじゃないんだ! 言ったでしょ!」
「言ってないだろ!」
突風の中で早矢と頼は叫んだ。無意味なやり取りだとは分かっていても、何もせずにはいられなかった。 【Day 4 - A - 10に続く】
