【クジラ短編集4】ヒカルとクジラ #創作大賞2024
希望岬の先端には、金色の鐘があった。
夕焼けが美しいその岬には、多くの観光客やカップルが訪れた。
その鐘の名前は、希望の鐘。
人々はそこで、夢や希望を唱えて鐘をならした。
ある頃から、その岬でクジラを見たら、夢が叶う
といううわさが広がった。
人々は、その岬に立ち、目を凝らしてクジラを探した。
その岬近くには、数匹のクジラが暮らしていた。
クジラのドリーは、そんな岬から聞こえてくる人々の夢や希望を聞くのが大好きだった。
実際は、それらは電波として聞こえるので、具体的な言葉はわからない。
しかしそれは、心地よく、元気が出て、楽しい気持ちになれる電波だった。
ドリーは、度々岬に近づいて、人々の声に耳を澄ませた。
一方岬の近くの漁師の子供だったヒカルは、クジラが大好きだった。
いつも岬近くでくらすクジラたちを観察していたヒカルは、ドリーが生まれたとき、本当に喜んだ。
ドリーが、度々一人で岬近くに行くのを見て、
ドリーは人間が好きなんだなあ、
と思っていたけれど、人間の恐ろしさを知らないドリーが心配でもあった。
ある日、岬を訪れた一人の男が、
ここの眺めは素晴らしい。
ここにリゾート地を作りたい!
と夢を語った。
ドリーは、そんなワクワクした電波を感じ、うれしくなった。
こんなワクワクする夢って、一体どんな夢なんだろう。
男は、顔を出したドリーを見て、夢が叶うと確信した。
彼は、岬にホテルを建てるだけでなく、
海岸の一部を埋め立てて、海水浴場を作ったり、水族館を作ったり、海上遊園地を作る計画を立てた。
周辺の村の人たちは、観光客が増えれば、村にとっても有難いことだと大賛成した。
漁業をする若者が減り、漁業収入も減ってきて、もはや漁業ではやっていけないと感じている村人が多かったのだ。
しかし、ヒカルとヒカルの父親は大反対した。
この美しい自然は、一度壊したら元には戻らない。
男の計画した完成図のなかには、その周りで泳ぐクジラたちの姿も描かれていたが、今の自然を失ったら、クジラたちはいなくなってしまうだろうと訴えた。
それでも、ヒカルたち少数派の意見は聞き入れられず、大規模な工事が始まった。
ドリーは、ある日突然始まった海辺の工事にとても驚いた。
警戒したクジラの群れは、すぐにこの場所を離れていった。
しかし、ドリーだけは、この場所から離れたくなくて、とどまった。
そこには、ワクワクする電波がたくさん飛び交っていたからだった。
しかし、次第にドリーは、自分たちの海が壊されていくことに気が付いた。
餌となる魚たちも減り、海水も茶色く濁って、視界も悪くなった。
計画者の男は、クジラがいなくなっては、計画の一部が台無しになると考え、ドリーがいる周辺を、大きな網で囲ってしまった。
網は、普通の魚は簡単に通り抜けられるが、ドリーが通り抜けることはできない大きさだった。
ドリーは、汚れた海で、少ない餌しかない中、次第に弱っていった。
ドリーはこの時初めて、この男の恐ろしい夢に気が付いた。
こんな夢のせいで、この美しい海が壊されて、仲間とももう会えなくなってしまった。
人間の夢や希望は、なんて独りよがりなんだ!
ヒカルは、弱ってきたドリーに気が付いた。
このままでは、このクジラは死んでしまう。
ヒカルは、ある夜こっそり沖に出て、クジラを囲っている網を切り裂いた。
さあ、ここから出られるよ、早く出るんだ!
しかし、ドリーはもう人間を信じられなくなっていた。
ヒカルが切り裂いた網に近寄ることなく、ドリーはその朝海に浮かんで死んでいた。
ヒカルは、なんでもっと早く助けてあげられなかったのかと後悔した。
工事関係者が、死んでしまったクジラは沖に流そう、と翌日には網の撤去の計画を立てていた。
ところが、その日の朝、ドリーの姿は消えていた。
海に沈んでしまったのかな?
クジラの遺体が無くなったので、
結局網は撤去されることなくそのまま工事は再開された。
そんな時だった。
空に大きなクジラが浮かんでいる。
気球かな?と人々は思ったが、ヒカルにはそれがドリーだとすぐに分かった。
しかし、様子がおかしい。その顔は、昔人間が好きで、岬近くで人々の夢や希望を感じて幸せそうだったドリーとは明らかに違い、
まるで人間に恨みをもっているように感じた。
そのクジラが上空に来ると、それを見上げた人々が次から次に、夢を失い、無気力になった。
この計画をたてた男でさえ、もうどうでもいいような気持ちになった。
ヒカルの、将来父のような立派な漁師になりたいという夢も、もうどうでもいいような気がしてきた。
しかし、家に帰って、部屋飾ってある昔たまたま撮影できたドリーの写真を見て、なんとかしてドリーの心を救いたいという気持ちになった。
ドリーだって、ほんとは辛いはずなんだ。
こんなことしたくないはずだ。
ヒカルは、ドリーが現れたと聞くと、どこであろうとすぐドリーのもとに駆け付けた。
たくさん、たくさん、素敵な夢や希望をドリーに届けたら、きっと本来のドリーを取り戻すはずだ。
大好きな本をたくさん読んで、何度ドリーに夢を奪われても、また次の夢を持つことができた。
なぜなら、そのための大きな夢、
ドリーを助けたい
という夢だけは、なぜか消えなかったからだった。
心のどこかで、ドリーは僕に助けを求めているからに違いない。
ヒカルはそう感じた。
こうして、クジラに夢を何度食べられても、夢を持ち続ける与え続けた結果、ドリーは人々の夢を食べすぎて、破裂した。
ドリーは、元の岬に戻った。
そこは、工事が中途で放棄され、静けさが戻っていた。
おかえり、ドリー
ヒカルがドリーに声をかけた。
ありがとう。君のおかげで、本来の自分を取り戻すことができたよ。
ドリーは言った。
もう夢を奪うのはやめるよ。
ただ、空を泳いで、昔のように、人々の夢や希望の電波を感じて楽しむだけがいいや。
そうだよ、君は、君を見たら願いが叶うクジラだったんだから。
ドリー、僕はずっと君と友達になりたかったんだ。
その夢が今叶ったよ。
君の背中に、僕を乗せてくれないかい?
もちろんだよ。
ヒカルは、ドリーの背中に乗って、空を飛んだ。
その動力は、人々の夢と希望だった。
ヒカルにも、人々のキラキラした夢や希望の電波が伝わってくるようだった。
その頃、以前の計画の為に岬周辺に貼られた網を撤去していたヒカルの父親は、その網の一部が切り裂かれ、近くで網に絡まって亡くなっていたヒカルを見つけた。
こんなところにいたのか・・・
いや、本当のヒカルは、今もあのクジラと共に空を飛んでいるのだろう。
父親は、眩しそうに青空の彼方を見上げた。
次のお話はこちら
