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午前四時から五時のあわい【noteでBL】

先月に引き続き、なみさん主催の企画に参加させて頂きました。
どうぞよろしくお願い致します。

【ジャンル】 ヒューマンドラマ

【あらすじ】
大学生・林の最優先事項は彼女のみお。林の世界はみおを中心に回っており、みお以外の何にも興味はない。コンビニバイトの深夜シフトで組む平坂のマンガトークを聞き流しながら、みおとの映画館デートに思いを巡らせる林。ところが、みおはデートをドタキャンした挙句、「もう無理、キモい」と林を一言でフッたのだった……。

「好きな人の全てが知りたい」執着攻め×マンガオタク陰キャちょろイン

以下本文:4994字


早朝四時から五時の間、朝というより夜と言いたい時間帯のコンビニで、LEDの高明度の白さにおれは目を細めた。昨日から続く細かい雨が灰色の世界に点線を描いている。雨音は聴き取れない。顔の見分けがつかないアニメの女の子たちが、姦しくコラボ商品の宣伝をしているCMが、大音量で延々リピートされているからだ。
雨は午前中で止む予報だった。当たっているといい。
午後はみおとデートの約束をしている。今日のデートプランは映画の後で八重桜を眺める予定だ。みおは、『一生推したい♡福地くん』の福地君の髪色がピンクだからという理由でピンクが好きで、当然ながら桜も好きだ。今年は三月に花見ができなかったから、遅咲きの桜を探した。みおは去年からちょっと花粉症なので、雨上がりの方が花見にいいかもしれない。

「『光の箱』って上手い表現だよねー。希望があってちょっとSFチックでー」
「はあ」
「読んだ事ない? 今度貸すよ」
「いりません」
「うんうん、林君は漫画読まないんだよね。でもすごく面白いんだ。ちょっと怖くてせつなくて」

平坂さんの話はだらだら流れる雨だれみたいだ。おれが聞いていようがいまいがかまわず連綿と続き、終わりがない。
商品搬入に清掃、それから棚の変更。入口脇に一番くじのポップを組み立てて、『四月十八日(土)十時~販売開始』と手書きの張り紙をする。おれのシフトは五時まで。店長が出勤したら交代だが、一仕事終わって平坂さんと二人、レジに並んで立っている時がこのバイト一番の苦行だった。身体を動かしている時は発散されていた眠気が、指先から上がった体温と一緒に全身に満ちてくる。

「コンビニが舞台のマンガなら他に、『狼少年は夜に泣く』かなあ。今、佳境なんだよね。早く仲直りして欲しいな。やっぱりハッピーエンドがいいよね」

平坂さんのマンガ語りは意味のある言葉としておれの頭に入ってこない。なんせ雨だれなので、子守歌にもならない自然現象だ。
平坂さんはフリーターで、天パの黒髪に眼鏡、恐らく二十代前半。店長不在の深夜シフトを担う古株で、オタクだ。
いくつかの大学の最寄り駅に程近いこのコンビニは、当然ながら学生客が多い。コミックやアニメグッズの品揃えが豊富なのは、個客ニーズと平坂さんプレゼンの仕入れが合致しているからだ。新商品の発売日など、おれが深夜シフトで出勤するとだいたい刈り取られた後である。
それから、ゲイ。
「大学生なのに深夜シフトでいいの? 学業に影響があるくない?」と面接時、店長に質問された。おれは「日中は彼女との時間に当てたいので」と答えた。「これだからイケメンは。リア充爆発しろ」小太りの店長は真顔で言った。正直は美徳だ。裏でガタガタ言われるより断然いい。その後、「ああ、でも彼女いる子なら大丈夫か。君と一緒に深夜シフト入る予定の平坂君、ゲイなんだよね」と続いたのは最悪だったけど。人のパーソナルデータを無許可で話すのはありえない。ましてやおれは採用されるかもわからない大学生で、平坂さんはこのコンビニの運営に欠かせない人なのに。
あの時のもやもやがまた広がったので、おれはみおに意識を集中させる。

「『コンビニお嬢さま』はお嬢様でも女子高生って凄く食べるなあと感心したし、同じ作者の『立ち飲みご令嬢』もいいよ」

ダークブラウンのミディアムヘアに、ピンクのインナーカラー。くるんとした睫毛の下、カラコンできらめく瞳が髪の毛一本分、三白眼なのを気にしてるみお。今日は花見だからきっとみおは桜のピアスをつけてくるだろう。去年の誕生日におれがプレゼントしたやつ。金のワイヤーとレジンの透き通る桜の花がみおの耳元で揺れる。ポップアップストアに並んで買った、お茶メーカーのジャスミンの香水。ローズピカケの香りがみおにぴったりだ。
今日の映画はカップルシートを予約していて、映画館に併設されたバーのワンドリンククーポンがついてくる。みおの好きなジャスミンティーがあるのは調査済みだし、モクテルも選べる。みおは今日も推し活バックかな。福地君缶バッチでコーティングされ常時ペンライトが5本入っているピンクのそれを、戦闘力高そうでいいね、と言ったらヘンなのって声を上げて笑われた。みおの「ヘン」は関西出身でもないのに平坦なイントネーションだ。

「ごめんね。林くん興味ないのにずっとしゃべっちゃって。オタクでごめんなさい。毎度毎度キモいよね」

平坂さんはいつも急にスイッチが切れて自虐的になる。
自動ドアが開いて、店長が出勤した。結局二人でレジに立ってから、一度も客は来なかった。人手不足で早朝出勤の店長は「二人共、お疲れ~」といいながら、バックヤードにひっこむ。
おれは平坂さんに言った。

「別にキモくないです。今時、オタクじゃない奴なんて、いないんじゃないですか」

おれだってみおのオタクだ。
春休みの今は、みおとのデートまでに仮眠が取れる。大学の講義がある時よりずっと余裕。勿論、みおの顔を見れば眠気なんて吹き飛ぶけれど。モーニングコールをする必要もないが、デートの三時間前になったら念の為LINEしよう。
バイトモードから切り替わり、おれの心はすでにみお一色だった。


「林君、具合大丈夫? すごく顔色悪いけど」
「平気です。ご迷惑おかけしてすみませんでした」

早朝四時から五時の間、一週間ぶりの深夜シフト。コンビニバイト自体が一週間ぶりだ。相変わらず、この時間は客が少ない。三日にいっぺんの頻度で来る青白い顔のOLが、加熱式タバコとあたりめを買って行っただけ。
隣のレジに立つ平坂さんが、ちらちらおれの顔色を伺っている。自分でもひどい顔色だとわかっている。三キロ痩せた。

「インフルではなかったんだよね?」
「はい。おれの事はお気になさらず、いつものようにマンガの話をどうぞ」
「ええと」

地獄だ。
デートの日、約束の時間にみおはこなかった。LINEに既読もつかない。結局止まなかった小雨の中、おれは何度も電話しながら、みおのアパートまでの道を急いだ。角を曲がればすぐみおの家、というところでやっとみおは電話に出た。

『家には来ないで。キモいから』

スマホの画面越しのみおはカラコンも桜のピアスもしていなかった。ノーメイクの薄くて細い眉の下、三白眼が靴底についたガムを睨むようにおれを見た。

『もう無理。キモい』

みおは、べっとりついたガムをようやく剥がしゴミ箱に捨てるように、言った。

「え、地獄って何?」

平坂さんの声に思考を断ち切られた。どうやら声に出ていたらしい。

「ご、ごめん、おれと一緒なんて地獄だよね。ホント、オタクでキモくてすみません」
「別に平坂さんはキモくないですよ。キモいのはおれです」
「そ、そんなっ! 林君みたいなイケメンがキモい訳ないよっ」
「キモいですよ。みおにキモいって言われたんで」

『イケメン無罪って言っても限度があるじゃん福地くんのヤンデレがいいのは二次元だからじゃんはーくん顔だけは最高だからずうううっと我慢してたけどもう無理限界毎日モーニングコールしてくるのもみおの寝る時間把握してお休みLINEしてくるのもみおの飲み終わったマックのコップとストロー捨てないで保管してるのもまじ無理だしみおの下着の色まで把握してるしみおが前髪一ミリ切ってもすぐ気づくし朝ごはんのメニューまでわかってるのキモいしストーカー過ぎて無理ねえ本当に盗聴器も監視カメラもつけてないんだよねつけてたら訴えるからねこっちははーくんのLINEも電話も全部証拠残してんだからねわかったらもう二度と連絡してこないで会いにこないでさよなら』

「それだけ言って、後はブロックされました」
「ええと」
「意味わかんないんですよね。好きな人の事だったら何でも知りたくなるじゃないですか。だいたい映画の半券は記念に取っておくの許されて、マックのストローがだめな理由なんですか? きれいに洗って祭壇に飾ってるだけで舐めたりする訳でもないのに。推しのアクスタ舐めたりしないのと一緒ですよ。盗聴器や監視カメラなんてプライバシーの侵害を犯す訳ないじゃないですか。日々の会話や顔色、歩行速度、呼吸の深さから、みおの生活を推理するなんて、好きならできて当然でしょ」

一度話始めたら止まらなくなった。まくしたてるおれに、平坂さんは目線をうろうろと彷徨わせる。完全に引いてるな。

「そ、そうかな」
「結局、みおはおれの顔しか好きじゃなかったんですよ。おれは顔だけ。ね、キモいでしょ?」

平坂さんは俯いてしまった。キモいおれと顔も合わせたくないんだろう。

「もう、おれと仕事するの無理ですよね。ずっと欠勤していた上で申し訳ありませんが、店長が来たらバイト辞めるって言いますから、安心して下さい」
「だ」
「だ?」

ぶるぶる震えていた平坂さんが顔を上げた。
なんで泣いているんだこの人。泣く程おれがキモいのか。

「イ、イヤダッ」

上から下に切り裂くような、悲鳴だった。

「林くん、地獄で鬼に針山の上に寝ろと言われたとしても針の間隔と接点から考えて体重六十キログラムの場合は一本の針の先が支える重さは六十グラムより小さい。つまり刺さらないんだっ!」
「は?」
「これは『決してマネしないでください。』で学んだ知識なんだけど、つまり、人間には想像力と言葉がある訳だから、地獄なんて本当は恐れるものじゃないんだよ。みんな急に落ちるから。だからさ、地獄でどうゆう風に過ごすかが大事っていうか、誰と落ちるのが大事っていうか……おれは、落ちるなら林君がいいなって勝手に思ってたっていうか」

早口でまくし立てる平坂さんの真っ赤な顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。眼鏡が曇っている。

「告白ですか」

電流でも流されたみたいにびくりと早坂さんは揺れて、弾みでレジ横の駄菓子を腕にひっかけて落とした。さらに慌てた平坂さんは、その場で地団太を踏んで半回転、しゃがみこんでしまった。おれは一歩踏みだして、蹲る平坂さんの手首を握った。

「は、林君、離して」

平坂さんはおれに捕まれているのと反対の手で顔を覆ってしまう。涙で汚れた眼鏡が落ちた。

「答えて」
「わ、わかんないよ」

インフルを疑うくらい、平坂さんの手は熱かった。

「わかんないけど、バイトの初日にさ、ぼくがテンパってずっとマンガの話しちゃった時も、林君はキモいって言わなかったよね。前、ぼくがキモいからって理由でバイト辞めた子がいて、ぼくがオタクで……ゲイだから」

平坂さんの肩はひっきりなしに震えていた。

「だから店長に頼んだんだ。次のバイトの子には、僕がゲイだってあらかじめ話して下さいって。林君、勝手にしゃべるのはアウティングでパワハラだって、店長に怒ってくれたんだってね」

面接の時、平坂さんに言われたからなんて、店長は説明しなかった。「その通りだね。申し訳ない」と頭を下げたから、「炎上するでしょうからSNSはしない方がいいですよ」なんて余計な事を言ってしまった。

「ぼく、ぼく、嬉しくて。ぼくが言ってって店長に言ったのに、店長は悪くないのに、君の誤解を解かなかった。ごめんね、キモいよね。本当にごめん。林くんは、全然キモくないよ。マンガに出てくるみたいな、優しくてカッコいいスパダリだよ。キモいのは、ぼくだ」

平坂さんは膝に額をくっつけて、本格的に泣きだした。

「キモくないですよ」

俯いたままの平坂さんのつむじが妙にかわいく見えて、このままでいて欲しいような早く顔を上げておれを見て欲しいような、収集のつかない気分になった。

「平坂さんの好きなマンガの話、もう一回教えて下さい。今度はちゃんと聞きますから」

首まで赤く染めて鼻を啜る平坂さんのべちょべちょの顔が、長い前髪の下からおれを見上げた。
涙の膜が貼る瞳は意外に大きくて、流星みたいに光ってみえた。特大の感嘆符が花火のような爆音で、おれの心臓に撃ちこまれた。
平坂さんの熱が移ったみたいに、おれの体温もどんどん上昇していく。
平坂さんの半開きの唇に、触りたいと思った。

自動ドアが開いて、朝日差し込む外の世界から店長がやってきたから、そこから先の言葉をおれは続けられなかった。

「お疲れ~。へ? なんで平坂君泣いてんの? 林君が彼女にフラれた? しゃっ! よっしゃ! あ、…………ごめん」

マンガより好きになって貰えるように頑張りますね、と伝えたら、平坂さんはどんな顔をするだろうか。



お読みいただきありがとうございました。


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藤間 よろしければお願い致します。本代にさせて頂き、記事を書きます。