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自分を被写体として人格を消し去る写真からうまれるなにか

ほぼ毎日投稿している『連作写真自画像:みる、みてる、みられる』のシリーズは、始めてからそろそろ2年になる。撮影し始めたのはいつごろか……データを確認すれば済むことだが……あまりはっきりしない。おそらく数年前と思うが、わりと踏み込んだ撮影を始めたと感じた意識の変化は、プロジェクトのベースにある。というのも、日本の作家的な写真の世界ではセルフポートレートを否定的にとらえる思想の流れがあり、例えば金村修氏の『写真批評』でも第1回から『自分撮りは自分を殺してしまう』と、ご自身の講師経験からインスタなどでの自撮りまで、氏の十八番ともいえる辛らつな言葉で徹底的に厳しく批判している。自分はそういった日本の作家写真の思想的流れに敬意を払っており、またその思想にも同調するところはあるため、なにかひとつの境界を越えたような意識は、いまでもある。とはいえ、過去の優れたセルフポートレート作品は、本来なら画面に姿を見せない黒子のはずの写真家とか、あるいは被写体として人格をはぎ取られた姿こそが作品のカギで、そこがいわゆる私写真的な作品と違う。そう、私は自死を作品にしたいのだ。イポリット・バヤールのように。

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Morihiro Matsushiro ¡Muchas gracias por todo! みんな! ほんとにありがとう!