三脚は歩いてこない だけど攻めてくるんだね
写真が発明されたとき、カメラとともに必要だったのが三脚です。ダゲレオタイプが発明された時の露光時間は、屋外でも実に10分から30分(秒ではない)というものでした。やがて短縮されますが、それでも10秒から30秒で、手持ち撮影は到底不可能です。そのため、カメラを固定する台座が必要で、当時の写真家が測量用の三脚を転用したのが、写真用三脚の始まりとされています。というのも、測量用の三脚には上に乗せる光学機器を水平に保つため、皿状の台座を備えているものがあり、カメラへの転用が容易だったのです。やがて、写真用三脚も製造され始めますが、ロールフィルムを使うカメラが普及する19世紀末から20世紀初頭まで、大きな変化はなかったようです。ただ、いわゆるライカ版カメラが普及した1930年代に、ボールヘッドの自由雲台が登場し、カメラ用三脚も木製から金属製が増え、形状も現代のものに近くなるなど、大きく変化します。そして1950から70年代にかけてハスキーやマンフロット、スリック、ベルボンなどが創業し、ジッツォも写真用三脚へ参入して現代の大手メーカーが出そろい、三脚自体の形状もほぼ完成しました。
そして21世紀には中華三脚の新時代を迎えるのですが、ネットのインフルエンサーなどを活用し、旧来の顧客層とは異なる市場の開拓を積極的に進めているようです。性能的には妥協する部分も多々ありますが、斬新な発想と大胆な価格設定で主要メーカーの地位を脅かし始めています。中華三脚の大攻勢に、既存メーカーがどのように対応するのか? できるのか? それとも赤い星の三脚もまた、火星人が滅んだように、関税かなにかの外部要因で市場から消え去るのか? 自分は大沢たかおのように見守っています。






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