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百年前の超現実主義と、物語に縛られた写真たち

1924年、アンドレ・ブルトンは『超現実主義宣言』でこう書きました。

私は、夢と現実という見かけは非常に相反したこれら二つの状態の、一種の絶対的現実…超現実への未来の変化を信じている。

シュルレアリスムとは、思考の真の動きを表現しようとする純粋な心的オートマティスム。理性による監視や、美的・道徳的な先入見から離れた思考の書き取りである。

アンドレ・ブルトン『超現実主義宣言』1924

写真は、この「純粋な心的オートマティスム」をもっともストレートに実現できる表現手段のひとつかもしれない。
シャッターを押すその瞬間、作為を超えて無意識が流れ込む可能性を秘めているからだ。

しかし現代の写真シーンを見渡すと、そこにあるのは“オートマティスム”ではなく、むしろ構築された物語の厚い層だ。
インスタ映えのための計算しつくされた構図や色調、写真レクチャーで語られる「こう撮れば伝わる」という物語化のレシピ。
さらには、作品にタグや説明を付与すること自体が経済的価値になるアノテーション・エコノミーの中で、アートは「言葉で説明できること」こそが評価されやすい構造にある。

その結果、無意識の奔流は事前の演出や後付けの物語に覆い隠され、写真もアートも「映える」ための均質な記号へと回収されていく。
リアリズムかリリシズムか、その二択の外側で生きる表現はますます希少だ。

もちろん、百年前の芸術思想をありがたがっている私自身が時代遅れなのかもしれない。
それでも、物語やイズムの井戸にとらわれ、それがすべてだと信じ込んで制作される作品を前にすると、どうしても退屈さを覚えてしまうのだ。

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Morihiro Matsushiro ¡Muchas gracias por todo! みんな! ほんとにありがとう!