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日の目を見るということ


ゴッホ、フェルメール、ムンク、ルソー。
この芸術家達の作品はみな、作者が亡くなってから日の目を見た。

日の目を見る、と聞くと
山間から日が登って少しずつ空が白んでいく様子を思う。
その人が光を受け、目を細める。
かげが細く、濃くのびる。
指の先から、少しづつ、
陽のあたたかさを知る。

その人は、努力の人だ。
分からないことを分かったふりは絶対にしないし、
その日の仕事はなるべくその日にきっちり終わらす。

努力はぽたぽたと滲んでたまり、
溢れ出て結果となる。

その人は、黙々と努力なるものを滲ませ、集め、結果とする人だ。

人が努力する姿は、夕方の空を鳥がたった1羽で飛ぶ様に似ている。
多くの鳥は群れを生して飛ぶ。

しかし、
人として飛べるのは「ひとり」という鳥だ。
黙々と何かに取り組む人こそ、
早く、高く、遠くまで飛んでいける。

高く空を飛ぶと、
雲の上にのぼり自然と日があたるのだ。

「日の目を見る」とは、
山間から日が昇ってくるものだと思っていた。

しかし、私の知る努力の人を見る限り
どうやらそうではないと気がついた。

群れから離れた鳥が、
高く遠く飛ぶことでお日様と出会うだけ。
たったそれだけだよ、と言うだろう。

その人は、私の旦那さん難波航太である。

改めて、第73回朝日広告賞一般公募の部グランプリ受賞おめでとう。

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