機能不全家族の親を哲学するシリーズを書き終えて
17本、書き終えた。
書きながら、
少しずつ浮かんできた問いがある。
それは… 完璧な親っているの?
機能不全家族育ちのせいで、パーフェクトな
親と実際生活したことがないせいか、
探す方が、難しそうだと思ってしまった。
・ 支配的な親
・ 過干渉な親
・ 情緒的に未熟な親
他にも…
17のタイプを書いてきた。
でも書きながら思った。
「この中のことが、1つも当てはまらない親って、本当にいるのだろうか」と。
どんなに愛情深い親でも、
怒りすぎた日がある。
無視してしまった瞬間がある。
自分の感情を、
子どもにぶつけてしまったことがある。
それは、どういうこと?
完璧な親はいないんじゃないかと
今は思ってしまう。
もう1つ、気になったことがある。
子どもにとっていい親に見えても、
親は、
めちゃくちゃ我慢していないんだろうか。
ストレスが溜まっていないんだろうか。
それによって、
自分を責めたりしていないんだろうか。
「いい親」の裏側で、
どれだけのものを抱えているのだろう。
子どもからは見えない場所で、親もまた、
必死に生きているのかもしれない。
そしてもう1つ、浮かんできた疑問がある。
ネグレクトでも虐待でもない。
愛情いっぱいで育てていた。
でも、仕事仕事で、親が留守がちな家。
生きていくために、みんな働いている。
それは仕方のないこと。
でも、そういう家の子どもは、
どういう気持ちなんだろうか。
寂しくないのだろうか。
それとも、
親が頑張っていることを理解していたのか。
それも、機能不全家族になるのだろうか。
考えれば考えるほど、
色々なパターンの家族が浮かんでくる。
色々な想像が、膨らんでいく。
「機能不全家族」という言葉1つでは、
括れないものが、たくさんある。
家族の数だけ、
事情があり、痛みがあり、愛情がある。
どんなに愛情いっぱい育てていても、
その子によって欲しい愛情の量は違うと思う。
そのバランスがうまくいかなかった場合に、
親に対して、
過干渉や無関心だと思うのだろうか。
とにかく今は色々と気になることが浮かぶ。
そしてもう1つ、
書きながら浮かんできた問いがある。
普通の親って、どんな親なんだろう?
17のタイプを書いてきて、
「普通」の基準が、どこにあるのか、
改めて分からなくなってきた。
正直に言うと、
私自身の親に対する考えも、変化している。
揺らいでいる。
今は線引きもできるし、
そこに関してしんどさもない。
でも、ぽっかり穴が開いた感じはしている。
そしてその穴を抱えて、
生きていかなきゃいけないとも、
理解している。
当時のことを謝ってほしい気持ちに
変わりはない。
だけど、このまま終わるのも何か嫌。
何か、私が納得できる方法はないのか。
完璧な親はいない。
でも、
子どもと向き合おうとしている親はいる。
傷つけてしまっても、
気づこうとしている親はいる。
完璧じゃなくても、向き合い続けることが、
1番の愛情なのかもしれない。
「いい親」より「正直な親」でいたい。
私がそう思うのは、
そういうことなのかもしれない。
17本書いてきて、
「完璧な親はいない」という確信が深まった。
でも同時に、
「それでも向き合おうとしている親は、いる」という確信も、深まった。
次は、その真逆を哲学していこうと思う。
🦉健全な親とは何だろう?
・ 機能する親
・ 自由を与える親
・ 見守れる親
・ 信頼で関わる親
・ 情緒的に成熟した親
一つひとつ、丁寧に見ていく。
その問いの答えは、まだ出ていない。
しばらくは、記事を通して、その問いの答えを探し続けていこうと思っている。
引き続き、読んでもらえると嬉しいです😊
