⭐私がソフィーになるまで⭐
今から改めて、
私ソフィーのお話をしたいと思います🌱
決して楽な話ではないけれど、
正直に書いてみようと思います。

物心ついた頃から、
家の中には両親の喧嘩があった。
・ 大きな声
・ ドアの音
・ 空気が変わる瞬間
子どもの私は、
いつもその音に耳を澄ませていた。
「今日は大丈夫かな」
「また始まるかな」
家にいるのに、安心できなかった。
両親の喧嘩を見るのは、本当に辛かった。
どうして、子どもがいる前で、
あんなに激しい喧嘩ができていたのか。
今でも理解できない。
きっと父にとっては、子どもの気持ちより、
自分の気持ちの方が大切だったんだろうと
思う。
これは、
子どもの私には分からなかったこと。
「親なら、子どものことを一番に考えるはず」そう信じていたから。
でも、現実はそうじゃなかった。
大人になって振り返ると、
これも1つの構造として見えてくる。
自分の感情を制御できない大人は、
子どもの存在を、
「自分の気持ちを出していい場所」として
扱ってしまうことがある。
子どもは、ただそこにいるだけなのに、
大人の感情の処理を、無自覚に背負わされる。
その光景を、何度も見てきた。
だから私は、「人の感情の余波を受け止める」
ことに、人より敏感になった。
・ 場の空気を読む力
・ 誰かの怒りの矛先を予測する力
それは、生き延びるために育てた感覚だった。
そしてもう1つ、忘れられない記憶がある。
テストの結果を、母に見せる。
順位が上がっていても1番じゃなければ、
母は私を無視した。
その無視は、数ヶ月続いた。
次のテストの結果が出るまで。
私の頭では、
1番なんてどんなに頑張っても無理だった。
それでも、頑張った。
頑張っても、無視された。
母に褒められたことが、1度もなかった。
子どもの私には、
これが「普通」かどうか分からなかった。
比べる対象がなかったから。
ただいつも、
何かが足りていない感覚があった。
頑張れば認めてもらえる、と思っていた。
でも頑張っても、認めてもらえなかった。
その経験は、私の中に一つの方程式を作った。
「愛は、条件付きでしか手に入らない」
1番でなければ、価値がない。
完璧でなければ、見てもらえない。
だから、私はずっと、
何かを「証明」しようとしてきた。
後にこう気づくことになる。
これは、心理学で言う
「条件付きの愛」という構造だった。
子どもは、無条件に愛されることで、
自分の存在そのものに価値があると学ぶ。
でも、条件付きの愛の中で育つと、
「結果を出せなければ、自分には価値がない」という信念が、心の奥深くに刻まれる。
母の無視は、私を傷つけた。
だけど同時に、ある力も育てた。
人の沈黙の中にある感情を読み取る力。
母が何も言わない間、
私はずっと「なぜ」を考えていた。
なぜ無視するのか。
何が母を満足させるのか。
私は本当の子どもなのかなぁ。
言葉にされない感情を、
必死で読み取ろうとしていた。
これが後に、HSPとしての感受性、
そして「機能不全家族を哲学する」という
テーマで書く力の土台になった。
両親の喧嘩を聞きながら、
私は、人間関係の中にある「歪み」を、
誰よりも早く察知する力を育てていた。
大人になってからも、
長い間その方程式から逃れられなかった。
・ 「もっと頑張らなきゃ」
・ 「もっと結果を出さなきゃ」
・ 「もっと完璧じゃなきゃ」
母の無視が、
いつまでも私の中で再生され続けていた。
でも10年前、転機が訪れた。
身内が、突然亡くなった。
何の前触れもなく。
「また今度」と思っていた時間が、
本当に来なくなった。
その出来事をきっかけに、私は初めて、
「自分の人生を生きる」ということを、
完全に理解した。
それまでの私は、
誰かの期待に応えるために生きていた。
誰かに認めてもらうために、頑張っていた。
でも人はいつか、本当にいなくなる。
その当たり前の事実を、
突然死という形で、突きつけられた。
「このまま、
誰かのための人生を生きていていいのか」
その問いが、
初めて自分の中で本物になった瞬間だった。
そこから、問い続けるようになった。
なぜ私はこんなに頑張り続けるのだろう。
なぜ認められないと、
自分に価値がないと感じるのだろう。
なぜ私は、いつまでも母に証明しようと
しているのだろう。
哲学、心理学、スピリチュアル。
いろんな角度から、
自分の経験を読み解いていった。
今は自分の人生を、
自分のものとして生きられるようになった。
そして、当時言えなかった気持ちを、
父にも母にも、
言葉にしてぶつけられるようになった。
不思議なことに2人とも、謝らない。笑
本心を言うと、謝ってほしい。
今の私にじゃなくて、当時の私に。
それは今でも変わらない。
でも同時に、こうも思う。
謝るような人なら、最初から機能不全家族にはなっていなかっただろう、と。
だから謝罪を待つことをやめた。
私が伝えたかったのは、ただ1つ。
あの頃の私が、こう感じていたということを、親に知っておいてほしかった。
それだけ。
謝ってもらえなくても、私の中の何かは、
確かに変わった。
言わずに飲み込んでいた頃より、
今の私の方が、ずっと自由。
そんな私が、なぜかnoteだけは続いている。
基本的に何をやっても続かない私が、
noteに出会って、何かが変わった。
うまく説明できないけど、
書くことだけは、自然と続いている。
休みの日は家でゴロゴロ。
1人の時間が大好き。
仕事はあまり行きたくない。笑
《そんな私のモットーは、5つ》
⭐ 自分に正直に生きる。
⭐ 自分を守るための嘘はつかない。
⭐ 今の自分が未来を作る。
⭐ 今日1日悔いなく生きる。
⭐ 自分が自分の1番の味方でいること。
そしてもう1つ、私にとって大切なこと。
今の私を形成したのは、
もちろん両親でもある。
でも両親だけだったら、
きっと私はここにいなかったと思う。
運良く、周りの人に恵まれた幼少期だった。
祖父母、叔父や伯母、そして数少ない友人。
その人たちがいたから、
機能不全家族の中で育った私でも、
「人を信じる力」を失わないでいられたんだと思う。
傷つけた人もいた。
でも支えてくれた人も、ちゃんといた。
本当に感謝しかない。
そうして見えてきたのは、
「歪んだ目で見てきたからこそ、
見える本質がある」 ということだった。
条件付きの愛の中で育ったから、
本当の愛がどういうものか、
誰より深く考えるようになった。
沈黙の中の感情を読み取ってきたから、
言葉にできない痛みに、
誰より深く共感できるようになった。
証明し続けてきたから、
証明しなくても、ただ存在するだけで価値が
あるという真実に、誰より深くたどり着きたいと思うようになった。
突然の別れを経験したから、
「今を生きる」という言葉の本当の重さを、
知ることになった。
これが、ソフィーという名前で書く理由。
機能不全家族で育った経験を、
無駄にしたくなかった。
同じように育った誰かが、
「私だけじゃなかった」と思える場所を
作りたかった。
傷は地図になる。
歪みは、本質を見る目になる。
これは、
私自身の人生から、たどり着いた言葉。
最後まで読んでくれて、
ありがとうございました⭐
私の話を読んでくれて、
少しでも「分かる」と思ってもらえたら、
それだけで嬉しいです🌱
一緒に、
自分の物語を取り戻していきましょうね😊
