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選ばれなかった時間のなかで光になってくれた存在 ー寝たきりだった私を救ってくれた人一


2025年の私は何も選べなかった。

2024年下半期からもはや人間ではなくなっていた私は2025年になった瞬間、震えた。年が明けてしまったと怖かった。焦りよりも恐怖の気持ちが大きかったと思う。今思い出そうとしても思い出せないぐらい、何にあんなに怯えていたのかわからない。その頃の私は母がいないと何もできなくて立って歩くこともままならない。1月にあった私の推しの中川紅葉ちゃんのはじめてのファンミーティング。いきたかった。きっと誰よりも行きたかったし私が行くべきだった。それなのにそれを選ぶことができないのは当然だった。チケットを取る段階で盛り上がりを見せるSNS。推しの、ファンミーティングを開催しますのSNS。そして、みんなの感想ポストに、推しのありがとうございましたと共にその日の可愛い笑顔の推しがいた。苦しかった。何よりも誰よりもファンミーティングの開催を喜びたいのに喜べない自分になんでこんな感情になるのかパニックな状態に苦しくてただただ涙と嗚咽を繰り返していた。

私自身、2025年、6月あたりまではまだ人と接するのが怖くて外に出ると震えてしまうぐらいの状態だった。それなのに一度無理をして仕事復帰した結果、また駄目になってしまった。落ち込んだというより自分に呆れた。全てを諦めようかと思った。でもそんな時もどんな時もそばにいてくれた人がいて、それは私の推し、中川紅葉ちゃんだった。
まず、体調がまだすぐれない中、しかも体重は鬱と寝たきりと橋本病の悪化で80キロ越え。そんな私で、4月のイベントの情報が。会いにいくのが怖い。人に会うのが怖いと、いくのを迷っているというDMを送りこんなの送られても困るよなぁとその時はその場でスマホをおやすみモードにした。でも目が覚めて目に飛び込んできたのは全てにいいねを残してくれた推しがいた。その通知を泣きながらスクショし心にもしっかり残した。そして、こんな状態だけど会わないで後悔するのは嫌だという気持ちだけで静かに泣きながらバスの予約をしたんだ。
4月、半年以上ぶりに会えた時はまた寒くて私はそれなのに半袖で行った。それには理由があって、着る服がどうしてもなかったのだ。太りすぎて半袖しか着れるものがなかった。その半袖もお腹周りがぱつぱつすぎて、黒のベストで隠すような格好で行った。それなのに私の推しは外見もきっと中身もという意味で私は解釈しているのだが、一生忘れることのできない”変わらないよ”をくれたんだ。泣きそうになった。いや、ほんとはあの場で泣き崩れたかったぐらい私の気持ちはいっぱいいっぱいで、こんな私に優しくしてくれる人がいるんだと、人間として扱ってくれるんだと、私を私としてみてくれているんだと感じ取ることができて帰りの新宿バスターミナル。椅子に座りながらひとり涙を流した。バスに乗っても止まることなく流れる涙。きっとあの時のわたしは安心したんだと思う。信じられる人がいることに、変わらないでいてくれる人がいることに、私のためだけに言葉を紡いでくれるひとがいることに。そしてそれに感謝しきれず有り難すぎて何もできない何も返せない自分を責めるような感情もあったと思う。でもなぜか、あの日の夜はよく眠れたんだ。あの日からしばらくは悪夢を見ることなく眠れたんだ。不思議だった。私の推しは、くぅちゃんは、魔法使いだと思った。





そして転機は8月だった。やっと希望していた病院に転院でき、初診の日が今でも忘れられない8月4日だった。そこはとてもとても混んでいて初診の人は1日に1人しかとっていないという。私も何ヶ月も待った。でも前に進むにはここしかないと母と決めたんだ。初診の診察時間は2時間にも及んだ。先生が子供の頃からの話を順番に聞いてくれた。その時にわたしは子供の頃から私であることを許されていない環境にいたんだなと、それでも我慢してそこに居続けていたんだなと思い知った。子供の頃から言われ続けた、”我慢強いね”の意味がようやくわかったような気がした。どんなときも理解されてなかったし信じてもらえなかった。でもそれは仕方のないことで私が悪いんだとずっと思っていた。だから言葉を発しなくなったし独りで行動していた。誰にも何も言われたくなかったからやることは全て完璧にこなしていた。部活も生徒会活動もアルバイトも専門学生の勉強も社会人になってからも。ずっと、ずっと。先生が、”よく生きてたね”って言ってくれた瞬間、あぁわたしは私をそろそろ認めてあげないといけないんだなと、ごめんね、ごめんねと涙が止まらなかった。そこから私は健康のためリンパマッサージやジムに通い、日中は外に出て作業をしたり、デイケアに1日通えるまでになった。その先生と、先生が出してくれているお薬のおかげだった。

そして、転機だった8月には、2回目のファンミーティング。推しのバースデイイベントがあった。この嬉しいお知らせには素直に嬉しい!いきたい!と思えたことがもう成長で、0時ぴったりにチケットの予約が開始されて、久しぶりで緊張して手が震えてしまった。少し出遅れた。でも、やっと、やっとくぅちゃんに会えた日。可愛くて優しくてあったかくて綺麗で雰囲気がきらきらで、瞳がとてもやさしい。私の目をみてにこにこしてくれるくぅちゃんに、わたしもにこにこできたのはきっとほんとにそばにい続けてくれた、変わらずにい続けてくれた推しと友達たちのおかげなんだと心から思う。

鬱が酷かった時、寝たきりだった時も、推しの活動だけは追えてて、SNSも毎日欠かさずチェックして通知きた瞬間、飛んでいきいいねとコメントを残していた。TikTokの通知はこないことがほとんどだから毎日3、4回はくぅちゃんのTikTokを開きスクロールしてチェックしている。絶対欠かさない。そして、推しのストーリーにもいいね、そしてそしてこれが大事なのが、推しが載っているストーリーや投稿もいいねが欠かせない。特に最近ではくぅちゃんがモデルさんをしているブランドのストーリーや投稿をチェックし、ストーリーにはくぅちゃんのだけいいね、投稿はいいねと再投稿。抜かりないです、ヲタク。こんなこともね、とっても些細なことかもしれないんだけれど、私は大切にしていて、ラジオも飲んでる薬の関係でほぼリアタイは不可能だけれど絶対時差でもポストはするし、そういうのもね、寝たきりのときでもやっていたんです。というかそれだけはやりたくてできていたんです。生きる意味も失って活力もなくて魂が頭上でほわほわしている状態でも推しへの熱量は変わらなくて、それがほんとに奇跡だったんです。そして、それぐらい魅力があるんです、私の推しは。私の推しは中川紅葉ちゃんしか考えられない。そう思います。だから生きています。

私は今年26歳を迎えることができるとはおもっていなくて、なんとなく覚悟もしていたし別にいいかなとも思っていた。けれど、いざとなると思い浮かぶのは推しだった。家族でも友達でもなく推し。推しのこれからを見られないのはかなしいな、くやしいな、こんなに好きなのに。そして、また会いたい。会ってこんなに元気になれたよって笑いたい。くぅちゃんのおかげなんだって泣いて泣いて笑いたい。くぅちゃんの存在は私を救ってくれたんだ~って涙を流したい。くぅちゃんにも頑張ったねって言ってもらいたい。だから、生きることにしました。そう言えるようになるまでは、そして推しの活躍を側で見守りたいからずっとずっと見ていたいと思えたのはくぅちゃんだけだったから。




私には密かにデビューから応援している?アイドルがいて、きっかけはそのプロデューサーのことが面白くてなんとなく興味があっただけなのだけど

わたしは中学時代、壮絶ないじめにあっていて、ほんとにドラマであるような感じで。物がなくなるのも机にらくがきされるのもゴミ箱からわたしの私物が発見されるのも体操着が男子トイレにあったりとか。ほんとに今思い返すと面白いぐらいで。もちろん不登校になったわけなんだけど、その時にたまたま見ていた音楽番組にでていた大勢のアイドルグループ。個人の名前すら危うかったけど1人だけ気になった子がいて後後調べたらSKEの子だったんだ。しかも驚き私とそんなに年が変わらなかった。そこからSKEの曲を聴くようになった。不登校で引きこもった私に唯一の光はパソコンでYouTubeを開き、SKEの動画をみることだけだった。高校に入り、部活やバイトで忙しくなってからは見ることもなくなってしまったんだけどね

でもどこかでずっとアイドルの曲に救われていた自分がいたのは事実だった。別にグッズを買ったり握手会?お話会?に行ったこともないしライブなんて絶対に行けないけれど、そんなファンとも言えないようなただただ見守っているだけのひとで
今、デビューから密かに応援しているアイドルもなんせ楽曲がすきで。歌詞がかわいくてこの曲に出てくる女の子になりたいなぁとか、そして推しの歌詞動画で使いがちだったりとかする。母に何ヶ月か前に言われたんだ。そのアイドルとくぅちゃんはどう違うの?って。あんまり深く考えたことはなかったけど私からしたら全然違くて、そのアイドルはたしかに歌がうまくてかわいいし見るたびにわーかわいいと言ってしまう程。けれどああなりたいな、とか尊敬とか憧れとかそういう感情をもっているわけではなくて、ただ曲を聴いていて元気をもらえるなぁという感じなのです。我が推し、中川紅葉ちゃんはもはや推しという言葉だけでは物足りないぐらいの感情があってくぅちゃんのことを考えるだけで涙が止まらなくなるぐらいの感情でほんとにだいすきで憧れで、なんかもう素敵な子なんです。そのアイドルのライブにいつか行ってみたいなぁとは思うけど、その日とくぅちゃんのイベントが重なっていたら迷わずくぅちゃんです。(私にとっては当たり前)
私の”推し”は私の”すき”はずっとずっとくぅちゃんだけなのです、、!会いたいって思うのも話したいって思うのも推し活したいっておもうのも、くぅちゃんが座った席を探してしまうのもくぅちゃんだからです。くぅちゃんだからすきなのです。推しなのです。くぅちゃんがいるから生きているのです。


そしてね、今改めてその時は言えなかったけれどイマキャンでのさやちゃんとのMCも、ゴチャでの須田さんとの絡みも私からしたらなんだか少し心があったまるような、どこか懐かしいような、とにかくすごくうれしかったんです。くぅちゃんがそこにいてくれることが。



2025年の1年間は地獄から這い上がれたなと思う1年間でした。少数だけど変わらない人がいてくれたから、今の私があります。まず前提に鬱の前の自分ではないことを受け入れて、今の自分を大切にする。そして周りの人に感謝して、当たり前じゃないことをちゃんと当たり前じゃないと認識して言葉で伝えること。それができるようになりました。前よりももっと”ありがとう”を言えるようになりました。そして、今いてくれる人、大切なもの、忘れたくないものをどうしたらどうやったらずっと残せるか、大切にできるかを考えた結果、行動したりもできた下半期でした。

まずその行動の1つ目が、ひとつ前のnoteに書いたノートです。沢山のノートを使用して自分と向き合い、自分を磨き、自分を知り、そして大切なものをデジタルではなく紙でも残すこと。これは自分で考えて行っている行動です。鬱が酷かった時は書くことすらできなくて、noteもネガティブなものばかりになってしまっていました。でも以前と変われたのは、書くことに目的を持てるようになったことです。このノートを書きおえたとき、こんな自分になっていたい。こういうことを目標に目的に書いていく。これを明確にいろんなノートを書き、そして最近ではそれをnoteでも活かせています。前回のノート術の記事ではこれが少しでも誰かの救いになれば、病気や自分と向き合う手段として前向きに使ってもらえればと思い参考までにという意味で書き上げました。綺麗なノートではないし見せられるページもほとんどないのだけれど、紙に書くということで救われること、きっとあると思うのです。


このnoteも。書くことも。
私に教えてくれた人がいて、それも実は推しの中川紅葉ちゃんなのです。以前、エッセイの連載をしていてくぅちゃんの書く言葉がほんっとうにだいすきで、表現の仕方がほんっとうに素直でまっすぐででも不器用で。私は誰が書いたかもわからない文章をいくつか読んだ時に、これは絶対くぅちゃんだ!とわかる自信があるぐらいくぅちゃんのエッセイを読み込んでいます。今でもやっぱりすきなのは、夜カフェのおはなし。そして書籍化のほうの1番最後のエッセイの1番最後の文。これがいちばんすきです。夜カフェのお話は雰囲気がまず伝わってくる文章で素敵だなぁと思うのと、くぅちゃんのそのときの慌ただしい感情が手に取るようにわかるのが面白くてくすっと笑えるような、寝る前につい手に取ってそこのページを捲るほどだいすきなおはなしです。最近持っている本を再読しているのですが、くぅちゃんのエッセイも書籍化されたものと、web版のほう。両方読み返したりしているのですが、やっぱり思うのが、今のくぅちゃんのエッセイが読みたい。今のくぅちゃんの言葉が読みたい。今のくぅちゃんだったらどんな言い回しでどんな言葉を選ぶんだろう。気になって気になって仕方がありません。また機会があったら、連載してほしいなぁと2026年来年の密かな願いです、、

そしてですね、これだけは書きたいと思ったものがありまして、というか残しておきたくて。Ray11月号での”中川紅葉自己プロデュース論”という企画がありまして。どの月のRayもすきで何度も見てしまうほどなのですが、これだけは何回見てるんだというぐらい読み込んでいて。今のくぅちゃんだからこその言葉が並んでいて、私はこれを発売日にゲットして読んだ時、思わずDMしてしまったぐらい。ファッション誌を読んで泣くというのは今までにない経験だったのですが、本当にすきな言葉があって、こっそりそこの部分を写メり、カメラロールに保存して自信がない時不安な時に見返しています。

”体も心も常に健康でいる”
というところ。この中の言葉を私は大切にしないといけないなって大切にこれだけは忘れちゃいけないなってそんな言葉が並んでいました。これを言えるくぅちゃん。これをこんな素直に表現できるくぅちゃん。私はやっぱりくぅちゃんの言葉が好きだなぁと。これからも読みたいな、そしてやっぱり私はくぅちゃんがだいすきだなと心から本当に心から思いました。




最近この絵文字について「🥹」考えを巡らせているのです。というのも、この絵文字を私の人生の中でいちばんの大切な人がくれたんです。私が言ったことに対してくれたもの。よかったなのか嬉しいなのか応援してるねなのか安心という意味なのか、でもきっとどの意味にしたって泣くほど嬉しくてお母さんに連絡してしまった程だった。

返したいよ。愛も優しさもあったかさも。ずっとずっとそばにいたい。いさせてほしい。何があっても味方だし、常に私の心と頭の中を独占しているのはあなただけだよ~


いつも特別だと思ってしまうぐらいの優しさとあたたかさをありがとう。




2025年のわたし。
多分今までにない成長劇。

選ばなかったこと。選べなかったこと。選ばれなかったこと。私は多くの選ばれない経験をしてきたけど同時にわたしという人間の特性で選べなかったことも多くあった。ずっとそれが醜さで、隠したいことで、多くの選択肢がある人を羨んだりした。近い人でいうと、妹。比べられて、いや、比べられてなかったのかもしれないけれど、勝手に比べられていると感じていた。そんな自分が嫌で選べる人が嫌だった。でもね、今はそれも全部私だなと受け入れることができるようになってきています。徐々にね。

これもぜんぶくぅちゃんと変わらずいてくれるみんなのおかげ。私はこれまで以上に感謝の気持ちを伝えていきたいし、全力で楽しんで生きていきたいし、そして何よりもくぅちゃんが教えてくれた、書くということ。書くことを仕事にしたい。それは難しいかもしれないけれど、来年は1年間ちゃんとその夢に向かって目的を持って書くことをしていきたい。

夢がもし叶う日がきたら、くぅちゃんは喜んでくれるのかな、読んでくれるのかな。そんなことを考えながら今年最後のnoteを終わります。




私にはくぅちゃんがいて、くぅちゃんが出会わせてくれた大切な人たちがいて、数少ないけど友達がいて、友達をちゃんと友達と思えた私がいて、支えてくれる家族がいて、かわいいかわいい2歳の甥っ子がいて、いつも身体を整えてくれる整骨院の先生は色んな話を聞いてくれる身近な存在でもあって、メンクリの先生は仏様みたいで。そして、くぅちゃんはやっぱりわたしの魔法使いだとおもいます。どんな魔法を使っているのか、こんど教えてほしいな。私もその魔法をくぅちゃんに向けて使いたいです🪄



みんなを安心させてあげられるような人になりたいな。させてあげられるなんて上からかもしれないけれど、みんなをあったかい空気で包み込みたいし怖い夢を見ませんようにと、風邪をひきませんようにと、信号が全部青でありますようにと心から祈っているし、そう祈れる私であれること、本当に感謝です。

寝たきりの私を救ってくれた人。
みんなみんなありがとう。
くぅちゃん、ありがとう。


ちなみに、このnoteは31日に投稿しようと思っていたもので、ですが、はやく大切な人たちに届いたらいいなという自分勝手な思いと、31日にはTikTokの動画をいま用意していて、年内最後どんな言葉をどんな伝え方で大切な人に届けようと考えた結果、このnoteがもし届くのであれば、先に届いていた方が31日のTikTok、インスタ、Xのポストがよりあたたかいものになるのではと思い、投稿を早めました。

誤解なく、届きますように。みんなにだよ。私は違うかもと思わないでください、みんな大切です。

そしてそして、書くか迷ったんだけれど、約1年間?推し活を共にした仲間だと思っていたひとたちがいて、たしかに傷ついたけど悲しかったけど、勘違いをさせるような冷たく思わせるようなことをしてしまっていたのかなと思ったり、でも悪口も陰口も好きではないし、自分のすきを悪く言われるのはもっと嫌。けれど、私は人のことを嫌いとかあまり思いたくないというか、嫌いという感情が苦手で心にあるとずっとなんだか刺さってて時々それが痛む時があって、魚の骨が刺さった時みたいな感覚。あの時私が匿名で聞いていたのは、怖かったからだよ。怖いから自分の名前を出せなかったんだよ。きっとわからないと思うしわかってほしいとも思わないけれど、私はあなたたちのことを嫌いだなんて苦手だなんて思ってはいなかったし、今作成中の推し活ノートにも、あの時の楽しかった思い出を貼っているぐらい、わたしはたのしかったです。

26歳になって。許せないことも許せるようになりたくて、自分も周りも環境も。そりゃあ、時々誰かのせいにしないといられない時も沢山あるけど、真っ黒な気持ちしかない日も沢山なんだけど、時間が経った時、やっぱり楽しいは楽しいままで心に残しておきたいから。

いじめられた過去も、なにもかもね
許せないけど、心ではその感情をどうにかしてなくしたくて。そうしないとさ、またフラッシュバックとかPTSDの症状でちゃうから、笑
私は優しくないから、冷たくもしちゃうし、心開くと毒舌だし、そもそも心開かないし、信じない。無言平気すぎてすぐ自分の世界入っちゃうし、口を開けば誰といてもどこにいても1人の車の中でもくぅちゃんくぅちゃん。そんな私をすきだといってくれるひとが、いますように。ともだちができますように。



2025ねん、ありがとう。
わたし、がんばったよね。
褒めても、いいよね。
この先、きっと今の自分なら大丈夫だよね

しあわせ、なれるよね



世界でいちばんすきなことばたち



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