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【研究のススメかた】小石を拾い、旅路を読み解き、橋を架けるのが研究


1.記事の狙いと想定読者層

研究を進めるうえでのTIPSをまとめていくシリーズです。読者層としては「大学の学部または大学院で、卒業論文/修士論文研究に取り組む」人たちを想定しています(すでに研究者として独り立ちしている同輩の皆さまや、そのタマゴとしてすでに修士論文研究等は経験済みの博士課程大学院生の方々にも、ご参考になるかもしれません)。

今回は、研究という営みを俯瞰してとらえる三つの視点をご紹介します。内容としては、以前書いた「研究テーマを絞り込むときは、“幹枝葉”を意識しよう」という記事と通底しつつ、今回は個別の研究プロジェクトにおけるテーマ選択だけでなく、研究者としてのキャリアにもつながるお話になります。

2.「小石拾い」「旅路の読み解き」「架橋」

まずは、今回の記事タイトルにも挙げた「小石を拾う」「旅路を読み解く」そして「橋を架ける」という表現について、ご説明します。

これらは、研究における狙いを表したものです。

2.-1: 小石を拾う

「小石を拾う」というのは、じつはニュートンの言葉です。彼曰く、科学研究というのは、海辺を散歩していて見かけた小石を拾いあげ、その色や形、質感などを丹念に調べ上げたり、ときにはちょっと削ったり砕いたりして組成や構造を明らかにしたりするものだと。

つまり、「小石拾い」とは、そのとき自分が心惹かれたテーマに没頭し、それを徹底的に探求する。そんな研究のことを指しています。


2.-2: 旅路を読み解く

ふたつめのアプローチは、「旅路を読み解く」。これは、目の前の「小石」がどこから来たものか、どうしてそんな色や形になったのかなど、プロセスや理由を説明もしくは検証するもの。いわゆる理論研究と呼ばれるタイプの研究がこれにあたります。

「小石を拾う」研究と「旅路を読み解く」研究は地続きです。理論を提唱するだけなら(先行研究を参照しつつ)研究者のアタマの中で論考を重ねるだけでもできなくはないんですが、その妥当性を検証するには実証データが不可欠だからです。「この小石は、どこどこの山の岩が、川の流れで削られつつ河口に辿り着いたものだ」といった説明は、その小石の形状や発見された位置が説明内容と矛盾なく整合していてはじめて意味を持ちます。

一方、「旅路を読み解く」研究は、一般的に「小石を拾う」ものよりも価値が高いとされます。理由は二つあって、ひとつには、一旦「旅路」、すなわち理論が提唱されると、それが本当に成立するのか検証するための「小石拾い」が行われるため、その分野の研究が一気に進むということが挙げられます。研究活動の活性化という価値ですね。

そしてもうひとつ、「旅路」型研究のより大きな価値は、データで直接確認ができない真実に迫ることができる点にあります。

「小石」を拾いあげて色や形をあれこれ調べるのは研究の醍醐味なんですが、それだけでは、なぜその小石がそういう形状で、どこからそれが来たのかといった、より深い構造は分かりません。しかし、一歩踏み込んで「旅路」を読み解き、それが検証のための「小石拾い」にも耐えて成立していそうだという評価が定まれば、この世界がなぜ今このような形になっているのかをより深く理解できたことになり、科学をひとつ進歩させる、大きな業績となります。

2.-3: 橋を架ける

そして、第三の手筋が「橋を架ける」研究です。これは、ある分野で提唱された理論を検証しつつ、同時に他の分野における重要な未解決問題に対しても新たな示唆をもたらしてくれるような研究を指します。

「橋を架ける」研究の代表例としては、電気と磁気という二つの力を結びつけて電磁気学として統一したマクスウェルの方程式が有名です。また、もうちょっとマニアックな例としては、楕円方程式とモジュラー形式という二つの数学的な形式がじつは同一の構造を表現するものだと証明したA.ワイルズの論文なども挙げられます。

(ワイルズの研究に関しては、サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』でドラマチックに描かれています。数学の専門知識がなくても楽しく読み進められて、知的興奮を味わえる名著ですので、ぜひご一読を!)

「橋を架ける」研究が生み出されると、ある領域で未解決とされていた難問にもう一方の領域で確立された理論を適用できるようになるため、それまで霧に包まれているかのようにとらえどころなく感じられていた問題の構造が把握しやすくなります。さらに、複数の領域をつなげることができたという事実そのものが、より豊かで深淵な構造の存在をも示唆してくれるため、研究の視座を大きく高めてくれるという意味でも、きわめて重要な科学的貢献となるのです。

3.三つの手筋と研究者としてのキャリア

ここまで見てきた「小石拾い」「旅路の読み解き」「架橋」という三つの手筋のうち、どれを研究活動の中心に据えるかという選択は、じつは研究者としてのキャリアの方向性と密接に関わる問題でもあります。より具体的には、生涯の仕事として科学研究の道を志すのであれば「小石拾い」を繰り返すだけでは研究者として大成することは難しいと言われます。

なぜなら、「小石拾い」はあくまでも個別の事象、テーマに関する理解を深めることを主眼としているからです。世の中に個別事象は実質上無限に存在するため、それらを一つひとつ拾いあげて調べていくだけでは、どこまでいってもこの世界の真実に迫ることはできません。

一方で、「旅路」を読み解いて自分なりの理論を提唱すれば、それが研究者としてのキャリアの軸になります。ある現象について、なぜそれが発生するのかを説明する枠組みをつくれば、そこからいくつもの仮説(「その理論が正しいのであれば、他にもこういう小石が近くで見つかるはずだ」といった予測)が立てられるようになり、それらを順次検証していくことで――単発のプロジェクトにとどまらない――体系的な研究プログラムが設計できるからです。

ちなみに、この点は僕自身のコンプレックスでもあります。

というのも、僕はこれまでにそれなりの数の論文や学会発表を通して研究活動を行ってきましたが、いまだに独自の視点で研究テーマの構造をとらえた理論はつくれていないからです。僕がやってきたのはあくまでも他の誰かが構築した理論を枠組みとして拝借して検証したり、少しアレンジしたりしたものばかり。その意味で、歴史に残るような科学的進歩を推し進めた研究というのは、手をつけられていません。

一応、それには理由があります。独自の理論を提唱することは、個別の具体的テーマを探求することに比べてリスクが高いんです。「旅路を読み解く」研究は直接観察できる現象の背後に潜む構造を理論化する試みであるため、完全に的外れなものになってしまう可能性もある。一年かけて書き上げた理論が、結局何の役にも立たない、ただの妄想で終わってしまうケースも珍しくはありません。「橋を架ける」研究はなおさらです。その点、「小石を拾う」研究であれば、少なくとも対象とする個別テーマに関しては何らかの発見が得られます。そのため、完全な空振りになることはまずありません。

…といったことを言い訳にしてきた結果、僕自身は今日までハッキリとした軸を持たないままにフラフラと研究をしてきてしまったという反省があります。もちろん、修士課程に入ったばかりで研究のイロハをこれから本格的に学んでいくという段階ではさすがに時期尚早かと思います。が、博士課程に進んで将来はプロの研究者を志すという人たちには、目の前の「小石を拾う」だけではなく、ぜひ「旅路を読み解く」理論を打ち立て、そして、いつかはまだつながっていない研究領域に「橋を架ける」ことにチャレンジしてもらえたらと思います。

そのために、今回の記事がなんらかのご参考となるようでしたら幸いです。

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