277.英語学習のつまずき

1972年、中学生になって私は初めて英語を習いました。私の通っていた公立中学校の教科書は、三省堂の「TOTAL ENGLISH LEADERS」でした。最初のページは、よく耳にした This is a pen.ではなく次のようなものでした。

Hello
I like English.
I study it.
I speak it.

私は英語など好きではないのに、こんな文章を大きな声で音読させられるのは嫌だなと思った記憶があります。なにしろ小学生の時からフランスかぶれだった私は、アメリカ人の話す言葉には興味がなかったからでした。

この教科書の主人公はビンセント君という少年で、クラスの担任は、Missラブリスという女性で、ロシア人のスタニスラス君と文通したりしていたことを覚えています。先生のことを Miss と呼ぶなんて私には驚きでした。先生を先生と呼ばないなんて、敬意を表することができないのではないかと私は密かに心配していました。

最初に「be 動詞」を習わなかったからでしょうか、私は中学一年生で英語で大きくつまずきました。あれから半世紀以上経った今でも、もしもあの頃に戻れるのならば、戻ってもう一度英語を学び直したいと思うほどです。

おそらく私のようなつまずきを経験をした、かつての子どもは他にもいたでしょうから、私の英語学習における蹉跌を述べることは、今後の英語教育において多少のお役に立てるかもしれません。

◇ ◇ ◇

私のつまずきは「be 動詞」でした。当時の私の英語の先生は「be 動詞とは『です』のことです」と説明しました。「これはリンゴです」の「です」だということでした。

この説明に私は混乱しました。それでは「私はリンゴが好きです」と言いたいのならば、I like apples. ではなくて、I am like apples.  と言わなければならないと思ったのです。「です」を表す be 動詞を入れなければ、単に「私はリンゴが好き」というくだけた言い方になってしまうように思えました。

当時、私は英語の先生に質問しましたが、おそらく質問の仕方が下手だったと思われ、先生に私の疑問の趣旨を伝えることができず、結局、モヤモヤとした気持ちのままこの問題はずっと私の中に残り続けました。

外国語は、まったく新しい概念で、私は戸惑いました。私は「いただきます」「ごちそうさま」「いってまいります」「ただいま」などの日常の言葉を英語で言いたいと思い先生にも質問してみましたが、よくわかりませんでした。まさか英語に「いただきます」に相当する言葉がないとは、夢にも思っていませんでした。

私は外国語を学ぶということの意味がまったくわかっていませんでした。

ずっとわからないまま、中間テスト、期末テストを受けました。テストはできました。答案用紙には、I am like apples. とは書きませんでした。このような文章は見たことがなかったら正解ではないだろうと思っていたからです。でも丁寧に言いたい時にはどのように表現したらいいのかわからないままでした。それでも英語の成績は悪くはありませんでした。

カッコの中に前置詞を入れなさいという問題もできました。学年が進み、過去形も未来形も受け身形も自在に変化させることはできました。関係代名詞も使えるようになりました。過去完了や仮定法もできるようになりました。けれども「私はリンゴが好き」ではなく「私はリンゴが好きです」と丁寧に言うためにはどうすれば良いのかという問題はずっと残り続けました。

「です」と丁寧語で話したい時には、いつどうやって「です=(be 動詞)」を入れたらいいのか、心の奥底でいつも疑問に思っていました。高校の英語の先生にも英検1級に合格したという従兄にも聞きましたが、私の疑問は解けませんでした。要するに何がわからないかを伝えられなかったのです。

「なんで be 動詞を使うの?」「be 動詞を使うかどうかはどうやって決めるの?」私なりの精一杯の質問でしたが、これでは相手に私の疑問は伝わらなかったことでしょう。従兄は困った顔をして「う〜ん、昔の人が決めたからだと思う」などと苦し紛れに答えを捻り出してくれました。

相変わらず「いただきます」「ごちそうさま」もなんと言えばいいのかわかりませんでした。今、ChatGPTにこの質問を投げかけると、「日本語特有の温かいやりとりなので、英語では『同じ習慣がないけど一番近い言葉』で表す感じです」と答えが返ってきました。そして、Let’s eat ! やThank you for the meal.  などの例文が表示されました。

中学生の私には「英語文化には同じ習慣がない」ということがまったくわかっていませんでした。誰かが一言そのように言ってくれたなら、どれほど私の世界は変わっただろうかと思います。

私は根本的に外国語を学ぶということの意味を理解していませんでした。しかし、とりあえず試験はできました。大学にも合格しました。「このように書けば良い」という例文を積み重ねていけばなんとかなりました。

就職して、外国人の顧客から電話があったりすると私は「恐れ入りますが、お名前をお教えていだだけますか」と言うにはなんと言えばよいのかわからずに戸惑いました。「恐れ入りますが」も「いただきます」と同じようにそのものズバリの言葉を知りたいと思っていました。

外国人の来客に洗面所を案内するのに「このまま真っ直ぐに参りますと…」と言いたい時には、「参りますと」とはなんと言うのだろうかと一々悩んで失語症になっていました。副社長の秘書がバイリンガルだったので、必要だと思われるフレーズをいくつか教えてもらって、ポストイットを机に貼り、丸暗記してやり過ごしていましたが、いつも霧の中にいるようでした。

◇ ◇ ◇

この疑問が氷解したのは、フランス語を学んでいた時のことでした。就職してから仕事が終わったあとに、私は週に二、三度、フランス人講師から直接フランス語を学んでいました。

当時はまだ男女雇用機会均等法も成立前で、どこの会社にも合法的な男女差別が明文化されていました。こんなところで一生お茶汲みコピー取りをするのはイヤだと心の底から思いました。どうせなら、自分の一番やりたかったことをやろう、子どもの頃から憧れていたフランスに行こうと思いました。

フランス語の授業中、突然、まるで天啓を受けたかのように「be 動詞というのはヤジロベエの芯なのだ」と閃いたのです。あれは「大過去」という「複合過去」よりもっと前の時制を表現する文法を習っていた時でした。フランス語では「be 動詞」の代わりに「être 動詞」を使いますが、その活用をしていた時、唐突に「être 動詞」つまり「be 動詞」の役割を理解したのでした。

そうか、中学校から習っていた「SVC」の構文の「V」では、「be 動詞」がヤジロベエの芯の役目をはたしていたのかと思いました。

さらに言えば、受け身でも進行形でも「be 動詞」はヤジロベエの芯なのだと気づきました。「be 動詞」は文の中心でヤジロベエの芯のように左側の主語と右側の部分、つまり名詞や形容詞だけでなく、例えそれが動詞の一部と言われる進行形や受け身であっても、両方の釣り合いを取っているのだと気づきました。

中学の頃は「C」は補語だと説明されて、補語って一体何だろうとわかったようなわからないような状態になっていました。こんなことに十年以上も気がつかなかったなんて、この文章を読んでくださっている方々は「なんと愚かな」と思われるでしょうが、私にとっては苦しい月日でした。

突然、「ヤジロベエの芯」がまるで天から降ってきて「be 動詞」が「です」ではないことに気づきました。感激しました。中学一年生の時の先生のあの一言で、私は長い間、霧の中をさまよっていました。

そしてまた、フランス語で「ボナペティ」と言う言葉を学んだ時、「いただきます」の謎も解けました。「ボナペティ」とは「bon appétit」と書きますが、強いて日本語に直せば「良い食欲を」という意味になります。日本とは逆に、食べる側ではなく、食事を提供する側が「ボナペティ(さあ、召し上がれ)」と言うのです。食べる側は「ありがとう」と言って食べ始めます。

文化が違うと言うのはこういうことなのかと腑に落ちたのは、私にとっては「ボナペティ」でした。

◇ ◇ ◇

もう一つ、中学生、高校生の時に英語を学ぶ上で、私にとって大きな問題だったのは、私にはアメリカ文化がまったく魅力的ではなかったことでした。私は小学生の頃からフランスかぶれだったのです。

今の私ならば、英会話ができるようになれば世界中の人と話ができるようになる、また英語が読めるようになれば、世界中の多くの文献を読むことができると知っていますが、当時の私は、英語を学ぶこととは「アメリカ文化」に慣れ親しむことだと思い込んでいました。私には関心のない文化でした。

私の住んでいた地域には、当時、在日米軍基地が点在していていました。クラスの子の何人かは「ハウス」と呼ばれるアメリカ人の家で、英会話を教えてもらっていました。音読の時間になると、そういう子たちは、いかにもというアメリカンアクセントで音読しました。Rの音を巻き舌にしたり、and の発音も「ェア〜ンド」と発音しました。

私も「一緒にハウスに通わない?」と何度か誘われましたが、私はハウスにもアメリカにも英語にも興味はなかったので行きませんでした。

中学生の頃はいつまでも「丁寧語」で話せそうもないし、「いただきます」も「ただいま」も言えない私は、英語には早々に見切りをつけて、大人になったらエスペラント語を勉強しようと心に決めていたくらいでした。憧れていた文学者たちが通ったというアテネ・フランセにもいつか通ってフランス語を学ぼうと思っていました。

◇ ◇ ◇ 

私が改めて英語の学習を始めたのは、フランスから帰ってきた時、再就職でどうしても英語が必要になったからです。二十代後半でした。その頃にはもう「be 動詞」の霧は晴れていたし、文化によって表現する言葉自体が違うと言うことがわかっていたので、英語を学ぶこと自体に苦しみはありませんでした。ただ、リスニングは今日に至るまで私にとっては大きな課題です。

フランス語にも知らない単語もあれば、若者が使うスラングなど聴き取れない言葉もたくさんあります。しかし何を言っているのかさっぱりわからないということはありません。けれども、英語はそもそも私がカタカナで習得した多くの単語と、実際に聞こえてくる音にはあまりにも大きな違いがあって、音の固まりが耳元を通り抜けたという経験が数知れずあります。

私が働いていた会社は欧州に本社のある会社だったので、多くの社員はイギリスアクセントの英語を話していました。イギリスアクセントにはそれなりに慣れましたが、私は未だに「t」の音が「d」になったり「r」になったり、果ては消えてしまったりする独特の音声変化のあるアメリカンアクセントの英語には苦労し続けています。

あの頃、ハウスに通っていればこんなことにはならなかったのかもしれませんが後の祭りです。とは言え、フランスで多くのアメリカ人が、強いアメリカンアクセントが抜けずにフランス語の発音に苦労している姿を見ているうちに、それまで感じていた英語へのコンプレックスが薄れました。

今は、スマホアプリで無料かあるいはきわめて安価に「AI英会話」もできるし、iPhoneやiPadで英文を読んでいて、知らない単語があってもそれを長押しするだけで翻訳が出てくるのですから、隔世の感があります。翻訳アプリの性能も驚くばかりです。

それでも私のように、大人には思いもよらないようなつまずきをする子は、今もいることと思います。わからないことを質問すること自体、難しいことなのだと自らを振り返ってみても感じます。私の英語学習の蹉跌が少しでも今後の学習法につながれば幸いです。


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