258.新紙幣と硬貨
新紙幣の発行が話題になっています。渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎ゆかりの地などが日々マスメディアに取り上げられています。
私の子どもの頃は、一万円札も五千円札もどちらも聖徳太子でした。そして、千円札は伊藤博文、五百円札は岩倉具視、百円札は板垣退助でした。
私にとって新紙幣や新硬貨で忘れられないのは、次の二つの思い出です。
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まず一つは、初めて五百円硬貨が発行された時のことです。
財務省の通常貨幣一覧のサイトをみると、岩倉具視が描かれた五百円紙幣に代わって五百円硬貨が発行されたのは1982年(昭和57年)のことでした。最初の頃はなかなか新しい硬貨にお目にかかる機会はなく、たまにおつりで貰ったりすると周囲の人としげしげと見つめ、触り、もったいないからとっておこうと、机の上の小物入れに入れて使わずにおいておきました。
私は一年間フランスに住みたいと1985年の8月に日本を経ち、翌年1986年8月に戻ってきたのですが、帰国してみたら五百円札はもうどこにもなくなっていて、すっかり五百円硬貨に入れ替わっていました。帰国して以来今日まで、私は一度も岩倉具視の五百円札を見かけていません。こんなことならば、取っておくのは硬貨ではなく紙幣の方だったと、あとになって思いました。
地域によっても違うかもしれませんが、1982、83、84年の三年間では、あまり見かけることなく、珍しいからとっておこうと思っていた硬貨が、たった一年間ですっかり広まってしまったことにとても驚きました。
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もうひとつの思い出は、旅行先のモロッコで両替をした時のことです。
先週、この note で37年前に行ったモロッコ旅行についての記事を再掲しましたが、私は1987年9月にひとりカサブランカの街角を歩いていました。楽しかった旅行もいよいよ最終日で、欲しかった絨毯も買えたことだし、もう少し土産物などを眺めてから空港に向かおうとしていました。手持ちの現地通貨もほとんどなくなりかけていました。
その時、もう少し小銭があった方が、お菓子や飲み物などが買えて楽しいかなと思って、たまたま目についた小さな銀行窓口へ行きました。あの頃はまだ小銭で買える程度の少額の物をクレジットカードで買うことはありませんでした。そこで、私は日本円の入っているお財布から、伊藤博文の千円札を取り出して、これを現地通貨のモロッコ・ディラハムに両替できますかとたずねました。
すると、窓口にいた三十代くらいの男性係員は、私から千円札を受け取ると、なにごともなく即座に両替してくれました。私は聖徳太子一万円札ならともかく、伊藤博文の千円札が簡単に両替してもらえるは思っていなかったので、内心驚きました。係員は、紙幣を裏返してみることもなく、透かし模様を確認することもなく、まったく日常業務一連の流れという感じで難なく両替してくれたのです。
私が差し出した紙幣が、日本国の通貨で、千円の価値があるのだということは知っているようでした。
北アフリカの市中銀行で伊藤博文の千円札が一年間にどのくらい取り引きされるのかわかりませんが、カサブランカの街中の銀行窓口の係員が遠く離れた日本の紙幣を一目で理解するということは、あの頃、まだユーロが導入される前のヨーロッパの各国の通貨はもちろん、ソ連や東欧諸国、アフリカ各国、中近東、インド、東南アジア、そして南米、つまり世界中の百数十ヵ国の、すべてのお札の多くを覚えているのかと大変驚きました。
一ヵ国につきその国の紙幣は何種類もあります。日本で言えば、①一万円札、②五千円札、③千円札、④(1985年には健在だった)岩倉具視の五百円札、⑤(1974年まで発行されていた)板垣退助の百円札と5種類ありました。
例えば、1987年当時のフランスの紙幣は全部で6種類ありました。①「人は考える葦である」で有名なパスカルの肖像が描かれた500フラン札(1フラン=30円計算で15,000円に相当)、②「三権分立」を提唱したモンテスキューの肖像が描かれた200フラン札(6,000円相当)、③画家のドラクロアの肖像とその作品「民衆を導く自由の女神」が描かれた100フラン札(3,000円相当)、④ロココ時代の画家ラ・トゥールの肖像の描かれた50フラン札(1,500円相当)、⑤作曲家ドビュッシーの肖像が描かれた20フラン札(600円相当)、⑥作曲家ベルリオーズの肖像の描かれた10フラン札(300円相当)です。
きっと、各国同じように何種類もの紙幣を発行しているのだと思われますから、その数や大変なものです。
おそらく、日本の銀行でも世界中の紙幣の両替をしていたでしょうが、手数料の高い空港の両替所除けば、私の記憶では1980年中頃まで、円をドルに替えるためには外国為替専門銀行だった東京銀行に行く必要があったし、フランスフランへの両替ならフランスの銀行、イタリアリラへの両替ならイタリアの銀行に行く必要がありました。
ですから1987年に、カサブランカの街中でたまたま入った銀行で、伊藤博文の千円札がなんなく現地通貨に両替されたのにはびっくりしたのでした。
この銀行の係員の背後には国王夫妻の肖像画が額に入って飾られていたので、帰り間際に「国王は何人奥さんがいるのですか?」と尋ねてみたら、係員の男性が「なぜ外国人は揃いも揃って全員同じ質問をするのか」と少し憮然として「ひとりに決まっているよ」という答えが返ってきたのも忘れられない思い出です。
