283.スポーツクラブ

私が初めてスポーツクラブに行ったのは、1987年のことでした。会社が法人契約していたスポーツクラブに、どんな所なのかと思って覗きに行ったのが最初でした。

日本におけるスポーツクラブの歴史は、一説によれば、1964年の東京オリンピックの後、水泳選手の強化・育成を目的としたスイミングクラブが元になっているそうです。

しかし、私がその存在を知ったのは、1980年代になってからで、当時、ジェーン・フォンダやオリビア・ニュートンジョンなどが、フィットネスで体を鍛え、アメリカではエアロビクスがブームになっているらしい、けれども日本にもスポーツクラブというものがあるらしいが、大変高額で、お金持ちしか通えないらしいというのが最初の認識でした。

なにしろその頃の私は、フランス文学や日本近代文学に心奪われていたので、エアロビクスだの健康ブームだのは、自分の世界の対極にあるように思っていましたから、どちらがジェーン・フォンダで、どちらがオリビア・ニュートンジョンかの区別すらついていませんでした。

しばらくして、an・anなどの女性誌に投稿されたエッセイストの文章で、「最近スポーツクラブに入会しました。入会金は二百万円と高額だったけれど、この会員権さえあれば、生涯スポーツクラブに通えると思えば安いもんだと思いました」という文章を読んで、私は卒倒しそうになりました。

に、二百万円?! 当時の私にとっては、大卒の初年度の年収を遥かに超える高額な金額を支払ってスポーツをしたいと思う人がこの世にはいるのか?! 世の中にはなんとモノ好きな人もいるものかと思いました。バーの暗がりで煙草のけむりが漂う中、グラスを傾けながら文学談義をする文学者に憧れていた私には、とにかくまったく理解できない世界の出現でした。

ところが、最初の頃は若い女性のレオタード姿のポスターで、耳目を集めていたスポーツクラブでしたが、次第に、エアロビクスは若い女性ばかりではなく、有酸素運動というものはあらゆる世代にとって大切な運動ですという風潮があっという間に拡がり始め、高額だった入会金や会費も、普通の勤め人にも支払える金額に近づいてきました。

1985年に私がフランスに行った時、フランスでもフィットネスクラブは既に盛んで、日本人の友人の中には、フィットネスクラブだと生きたフランス語が学べるからという理由で、通っている子もいました。

帰国後、私の周囲でもフィットネスクラブに通い始める人がチラホラと現れ始めました。1987年に転職した外資系の会社が、大手のフィットネスクラブと法人契約をしているので、人事部で配られるチケットを持って行けば、自己負担はたった千円で利用できますと言われ、それではどんなところか私も見に行ってみようと思ったのが、最初のフィットネスクラブ体験でした。

◇ ◇ ◇

最初は、とりあえず、家にあるTシャツとジャージを持参して、インストラクションを受け、初心者向けのエアロビクスクラスに参加してみました。

初めて行った私が一番驚いたのは、皆んな思い思いの格好で、自分のペースに合わせて運動するという方針でした。今時、そんなことは当たり前だと思われるでしょうが、私の世代は小中高校を通じて、学校指定の体操着を着用し、周囲に合わせて同じ運動をこなすように教育されていました。

インスタクターは、運動に関して「無理をしないで、自分のペースでやりましょう。できる人はこんなこともしましょう、できない人はこのままでもいいし、腕の運動はやらなくても構いません」と言うのです。平成生まれの人は驚くかもしれませんが、この日、私は言いようもない感動を受けました。基準は周囲ではなく、自分の体力だと言われたことにです。

エアロビクスをしながら、学校教育もこうであったらどんなにいいだろうかと思いました。身長や体力に関わりなく、同じ跳び箱、同じ球技、同じ距離を課題とするのは、やっぱりおかしいと改めて思いました。

この方針に心打たれた私は、これからも続けて行きたいと思いましたが、人事部で配られるチケットの枚数には制限があって、1ヶ月1枚だったか、3枚だったか、とにかく頻繁に通いたいならば、自分で会員になる必要がありました。

そこで、私は、確か月額2万円くらいの一般会員になることにしました。それでも、週に3度通えば月に12回。そうすれば1回当たりに直せば…と、取らぬ狸の皮算用のように会費についてあれこれ計算して、1回当たり千円台で通えそうだなどと算段していました。

マシンを使った筋トレもありましたが、一々目盛を合わせるのが面倒に感じました。そんな私が興味を持ったのはプールでした。私は子どもの頃から泳ぐのが大好きでした。私にとって月額2万円というのは大変高額に感じましたが、プールがあるならと思い切って会員になりました。

最初の頃は週3回、元気に通いました。服装も、いきなりレオタードとはいきませんでしたが、少しずつ、ちょっとおしゃれな運動着を揃えて行きました。学校時代は、学年ごとにじゃジャージの色が決められ、上履きの色はこれ、体育館シューズはこれと決められていて、少しでも「違反」があれば咎められていましたが、ここでは皆んなが自由な格好をしていました。

私は元々運動は不得意で、特に心肺系が弱く、エアロビクスも初級者クラスが精一杯でした。しかも、途中から腕の運動はひとりだけお休みという具合でした。プールもあるし、それでも楽しく通っていました。

しかし、ご推察の通り、週3回が2回になり、1回になり、風邪を引いた、残業続きだ、宴会だで月に2度、月に1度となり、時々発奮しては再開はするものの、また次第に…という状態になっていきました。

私はこれまでの人生で、一体どれだけのお布施をスポーツクラブに支払ってきたことでしょうか? そのように周囲に嘆くと、周りの友人知人たちも、そうそうお布施!と多くの共感を得てきました。

実際、私自身、これまでに何度もスポーツクラブを辞め、そして気を取り直しては、数年後に、また新たなスポーツクラブに入会してきました。

スポーツクラブに行くと、日々の生活の中に運動習慣が見事に織り込まれ、継続的に運動なさっている方が多いことにも気付かされますが、一方で、私のように、あちこちでお布施を払い続けている方も相当数おられると感じます。要は運動そのものが好きなのか、そうではなく健康のためという義務感から通うのかという違いなのだろうかと思ったりしています。

◇ ◇ ◇

この40年間、私は断続的なスポーツクラブの経験を通じて、色んなことを感じてきました。

例えば、1980年代後半では、スポーツクラブは比較的若い女性が多く、もちろん、入会金が数百万円、数十万円という高額なクラブもありましたが、毎月の会費は大体2万円程度が多かったように思います。

ところが、2000年代になって、それまで勤めていた外資系の会社を退職し、少し時間ができたからと、新しいスポーツクラブに入会してみると、驚いたことに、そこはシニアの方が大変多く、「お達者クラブ」という言葉が脳裏をよぎりました。

その理由の一つには、勤めていた時には仕事帰りや週末にしか通っていませんでしたので、周囲の方々も同じような勤め人が多かったのですが、昼間の時間帯に通うようになると、利用者の層がまったく異なっていることに気づいたということだと思います。

もう一つは、エアロビクスブームから20年ほど経ち、健康ブームがあらゆる世代に浸透して、色々な年代の利用者が増えたこと。さらに当時運動を始めた人々が年齢を重ねてきたことがあるのではないかと思いました。

私は、水中エアロビクスでインストラクターの動きに合わせて身体を動かしながら、これまでガムシャラに働いてきて、自分は多額な税金や社会保険料を納めて社会貢献をしてきたつもりになっていたけれど、こうやって高齢者の健康増進の手助けしているインストラクターの方が、よほど世のため人のためになっているのではないかと感じました。

前述したようになかなか長続きしない私は、また次第に足が遠のくようになり、ああ毎月のお布施がもったいないと感じ、引っ越しを機にクラブを辞めました。あの頃は大体月額1万円の会費だったと思います。それで今度は、公営の区民プールに通うことにしたのです。

区民プールで驚いたのは、25mあるいは50m程度のプールに監視員が5人も6人もいることでした。民間企業ならあり得ないことでした。これまでにいくつか通ったスポーツクラブのプールでは、水中エアロビクス以外にも、水中ウォーキングや、泳ぎの基礎練習などの講座が開かれていて、その指導員がひとりでプール全体を監視していました。

公営プールでは、せめて2人もいれば十分だと思いましたが、実に大勢の監視員がいて、しかも1時間か2時間おきに全員をプールからあげて、安全確認の10分間休憩を取るという決まりがありました。何ヶ所かの区民プールに行ってみましたが、どこも多少の差はあれどほぼ同じような運用でした。

区民プールは、行くたびに数百円の支払いをすれば良いだけなので、とても安上がりで、サボっていてもお布施がもったいないということはないのですが、泳いだ後のシャワーが冷たい水だったり、シャンプーや石鹸の使用が禁止だったりと、ひとつひとつには理由があるのだろうけれど、民間企業が普通にやっていることがなぜできないのだろうと感じました。

結局、また足の便の良いスポーツクラブに入会したりで、同じことが繰り返されていくのですが、私はどうしても運動習慣を生活リズムに取り込むことが下手で、今日に至っても困っています。読書習慣というのなら、一切何の努力もしなくても、毎日いくらでも読んでいられるのに、いざ運動となると5分でも10分でも心構えの必要があります。きっと好きじゃないんですね。

近頃では、着替える必要もないようなお手軽ジムが流行っているようで、私の友人も3千円で筋トレし放題よと言って通っています。そう言えば、いつの頃からか、有酸素運動よりも筋トレの方が大切ですという風潮が拡まってきたように感じています。

ある統計サイトを眺めていたら、日本の社会体育施設数が、1978年代には13,662施設だったものが、2015年には、47,536施設になっているとありました。こ統計は、民間施設だけなのか、公的施設だけなのか、あるいは両方が含まれているのかどうかわかりませんが、この40年近くで約3.5倍に増えていることがわかります。

なかなか運動の苦手意識を払拭することはできませんが、そうは言っても、できればいつまでも自分の足で歩けるように、筋トレや有酸素運動をしていかねばと思っています。


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