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ハト戦記



ハトがいる。私の隣に1羽。

長い長い、直線の歩道橋。商業施設へつながるその道で、私の隣を1羽のハトが伴走している。

私はハトが嫌いだ。
単純そうな顔をしているのに、何を考えているか分からないところが特に不気味で感じが悪い。
ただでさえ暑くて気が滅入る夏日。こんな日はハトも飛ぶより歩く方が楽なのかもしれないが、わざわざ私の隣で歩かないでほしい。側から見れば、なんだか私とお前が種族を超えた特別な関係みたいに映るじゃないか。

私が若干歩みを遅らせると、ハトもポゥ…と腑抜けた鳴き声を上げながらペースを落とした。
わざとである。絶対にこのハトは私の真隣を歩くぞ、という明確な意志を持っているに違いない。
歩みを早めたり、遅めたり、歩行のペースをぐちゃぐちゃに乱しながらハトを撹乱させようと試みるも、ハトはぴったり隣について離れない。餌をやったわけでも、ごきげんようと微笑みかけたわけでもない。ただこの歩道を歩いているだけの私に、なぜここまで執着しているのか分からない。

もしかしてこのハトは、私がナウシカのように慈愛に満ちた心優しい人間であることを見抜いて懐いているのかもしれない。アッパレ、野生の勘。そう思えば隣を着いて歩くのがテトではなく、嫌いなハトであろうと悪い気はしない。そんなことを思っていると、ハトは突然何かのスイッチが入ったかのように走り出した。30mくらいの距離を共にしていた仲だというのに、突然の裏切りに若干の失望があったし、こんなことでこのハトが自分に好意的だと勘違いしてしまっていた己にも失望した。優位に立っているからこその悦楽をハトにさえ感じてしまう人間の醜さを、ハトに突きつけるられている気がした。

さっきまでヒョコヒョコしていた頭の前後運動は、残像が残るほどのスピードで動いている。頭がエンジンとなり、その動力で体を前に進めているのではないかと錯覚する速さだ。私の方が何倍も体が大きいのに、全速力のハトに易々と追い抜かれてしまった。

忙しないハトの後ろ姿は私を小馬鹿にするかのようにぐんぐんと先に進んで行った。悔しかった。ひたすら続く直線の歩道。ゴールを先に制するのは私なのだ。人間様を舐めるなよと、このハトに教えてやらねばならぬと感じた。

私は走った。夏の昼間の炎天下、用もないのに走るなんて馬鹿のすることであるが、私はこのハトを追い抜かすためだけに走った。

藍をひと垂らししたような灰色の背中目がけ一直線。本気を出した人間の走力に、空がメインフィールドであるハトが敵うはずも無く、気がつけば私の遥か後ろからポゥポゥと情けない鳴き声が聞こえるようになった。

私は滴る汗を拭い、勝利の余韻を噛み締めた。

するとバサバサバサバサ、とけたたましい羽音が私の後ろに響いた。ハトめ、悔しさのあまり空に逃げたか。そうだそれでいい。お前は空で、私は陸で暮らすんだ。

達者でな、と哀憫の意を込めながら私が振り返ると、15羽ほどのハトがこちら目がけて全力で歩を進めていた。さき程の羽音はハトが逃げた音では無く、仲間の大群が駆けつけた音だったのだ。

ポゥポゥポゥポゥポゥポゥポゥポゥポゥポゥ!

1羽だと情けなく聞こえたハトの鳴き声が、今は巨大な騒音に姿を変えこちらに迫ってくる。

復讐だ。
そう思った。知能と体力で勝てないなら、数で勝負するしかない。本気を出した蟻の大群はネズミでさえも殺せる、どうぶつ奇想天外で得た知識と仙石先生の笑顔が私の脳裏をよぎった。

私にはもう走る体力は無かった。しかし商業施設まではあと15m。競歩ならばこいつらを捲ける。疲労で今にも崩れそうな膝をパシッと叩き、私も最後の力を振り絞った。

息を切らしながら振り返ると、ハトの大群は私の1m後ろにぴったりを着いてきている。その様は荒れ狂う王蟲のようであり、森を焼かれた猪の群れのようでもあった。
なぜお前たちはそんなに精悍な顔をしているのだ。友の雪辱を晴らすためか、ハトのプライドを見せつけるためか。いつも見る間抜けなハトの姿はそこになく、目には鳥類としての矜持が煌々と燃えているように見えた。アルマゲドンの帰還シーンを彷彿とさせる威厳に満ちたその群れは、私を飲み込まんばかりにポゥポゥのペースを上げた。

目前には商業施設の入り口が見えた。あと10歩だ、助かる!そう思った瞬間、後ろのハトは一斉に羽ばたいた。それぞれが無茶苦茶な方向に飛び立ったので、台風の渦に巻き込まれたような衝撃波を感じた。
全てのハトが空に消えた後、気味の悪い風の感触と、無数の羽だけがその場に残った。




ハトは嫌いだった。
単純そうな顔をしているのに、何を考えているか分からないところが特に不気味で感じが悪いと思っていたからだ。
しかしこの日以来、私はハトに関する考えを改めた。彼らには明確な意志と、仲間を思う心と、鳥類としてのプライドがあるのだ。



それを身を持って思い知った私は、ハトがもっと嫌いになった。

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