あの日の神様に私はなる
「ご趣味は?」と聞かれたら「散歩です。ZOZOTOWNの中をですがね、ガハハ」と答えるくらいに、最近の服関係の買い物はめっきりオンラインになってしまった。
新しい服を着るだけで寒い冬も少しだけ体温が上がる。
しかし店舗に服を買いに行くのは苦手だ。服屋が苦手な多くの人は店員さんに話しかけられるのが嫌と言うが、私はそうではない。お喋りは大好きなのだが、私はこう見えてめちゃめちゃ気ぃ遣いいなのだ。人の落胆するさまを見ようものならその人以上に落ち込んでしまう。残念がる姿はできる限り見たくないので、些細なことでも断るのに体力を使う。よってお断りの連続になってしまいかねない服のショッピングは避けてしまいがちなのだ。
先日、大型の商業施設に1人で買い物に行った。
やはりこういった多種多様なテナントがずらりと並ぶ店は平日の真っ昼間に行くに限る。休日は人でごった返してそれだけで疲れてしまうが、平日の昼間は嘘のように人が少ない。人混みが苦手な私にとってはまさに絶好のお買い物タイムなのだ。
御目当ての物を早々に購入し広い館内をプラプラ歩いていると、服のテナントが並ぶ通りに出た。温かくてかわいいニットが欲しいと思っていたので、珍しく店に入ってめぼしい物がないか散策した。店員さんは「いらっしゃいませ〜」と声をかけるなり、ドラクエのパーティのように私の後をついて回る。おっと思った服に手が延びようものならすかさず飛びかかり、その服がいかに人気があるか、また色の展開やどのサイズが合うかなどを口早に説明し、私を試着室と言う名のダンジョンに誘おうとする。試着室に入ってしまったが最後、買うにしろ買わないにしろHPとMPがごっそり持っていかれるので慎重にならねばならない。
襲いかかる店員さんの巧みな話術を受け流しながら店舗を梯子していると、私が欲しかった色のニットが目に入った。店員さんしかいない閑散とした店内にやや警戒しながら、素材感を確かめる為に手に取る。冬は下に着込めるし、春先なら1枚でも使えそうな絶妙な厚さ。フリーターの彼氏の尻を叩き正規雇用で就職させ結婚するまでに至った私は、服も人も将来性を買う女だ。
よし、これは買いだと思った瞬間後ろから小さな「いらっしゃいませ〜…」の声が聞こえた。
振り返ると、たどたどしい挙動をしている若い店員さんと目が合った。
「こちらごしちゃくもいただけますのでっ、よろしければ、ぜひッ」
言い慣れていない様子から売り場デビューしたての新人さんなのが伝わる。ふとレジを見ると、先輩と思われるスタッフさんが彼女を見つめ、“がんばれ”とエールを送っているのが分かった。マスク越しだったが、親が我が子のはじめてのおつかいを見守るような切迫した表情が伝わってきた。
私はこういうシチュエーションにめっぽう弱い。自分が接客業始めたての新人の時は、それはもう先輩の手を焼き足を焼き、上から下までありとあらゆる世話になったものだ。自立には経験の積み重ねが何より必要だというのは身に染みてわかっている。
『よし分かったよ、私は今からこの子にとって最高の客になる。見守ってておくれ。』
祈るようにレジに立つ先輩さんに、心の中でそう声をかけた。
「これってサイズはMだけですか?」
タグを見たら分かろうもん、という事もあえて質問してみる。こういうやりとりですら最初は緊張するものだ。彼女は『これ進研ゼミで見たやつだ!』と言わんばかりに「こちらはLサイズもご用意しています!」と答えた。
「Lサイズもあるんですね、えーどうしようかな…」
私はあからさまな“試着してみて考えようかしらオーラ”を放った。私の闘魂にレジの店員さんは気がついている筈だが、新人さんはどうだろうか。チラッと見ると彼女はあせあせとしながらも
「どちらもご試着されてみませんか?」
と提案してくれた。ナイス!心の中で親指を立てて突き出す。
さっそく案内された試着室に入る。わたわたとハンガーを外す彼女に『慌てなくていいんですよ〜』と伝わるように微笑む。私が新人の頃、神様に見えた優しいお客様に、今度は私がなるのだ。
新人さんからニットを受け取り着比べてみる。サイズはMサイズで十分そうだった。
「いかがですか?」
タイミングがばっちりな声かけに返事をし、カーテンを開ける。
「お、お似合いです!サイズも…ちょうど良さそうですね。お色味はいかがですか?」
「いい感じです!これ下さい」
「…ありがとうございます!」
私の言葉にフワァっと気が抜けるように安心した様子の新人さん。レジの先輩もコクコクと小刻みに頷いている。店全体を和やかな雰囲気が包み込み、私も神様になれたかもしれないなと少し自惚れたその時だった。
「こちらのニットにぴったりのパンツがあって、こちらも大人気なんですよ!」
ピャーッと売り場を走り、パンツを引っ掴んできた新人さん。
しまった。山本さほ先生の岡崎に捧ぐという作品で得た知識だが、服屋の店員さんはセットでアイテムを販売することを目標に掲げているのだ。 今日はニットしか買う予定が無かったので財布には余裕がないし、短足の私は自分のわがままな下半身に合うパンツには早々出会えない事を知っている。
しかし先程の覚束ないやりとりが嘘のように自信を持ち、目を輝かせて提案する彼女を突き放すことなど出来ようか。お世話になった先輩さんから「よくやったね!」と褒められて欲しい、接客の仕事を好きになって欲しい、彼女のやる気のモチベーションになれるなら…私は…私は…!
「わ、このパンツめちゃめちゃかわいい〜!でもごめんなさい、昨日パンツは買っちゃって。このニットの下に重ね着できるアイテムでおすすめあります?」
予算と体型オーバーのパンツは断りを入れ、泣く泣く安価なインナーを頼んだ。新人さんはすぐにパンツを引っ込め再び店舗内を駆け回り、薄手のインナーをいくつか持ってきてくれた。その中から「こんなんなんぼあってもええですからね」と心の中のミルクボーイがGOを出した無難なインナーを一つ選び、
「この組み合わせかわいかったです!こちらもいただきます」と差し出した。
予想外の出費だったがどちらも必要な買い物だ、後悔はない。
私はうきうきとレジへ案内する新人さんの後ろを、彼女を見守るパーティの一員としてついて歩いた。安堵の表情を浮かべる先輩が我々をレジで迎えてくれる。
「ニットが1点、インナーが1点です!」
先輩に誇らしげに商品を差し出す新人さん。
先輩に感情移入しすぎて「良く頑張ったね」と声が出そうになってしまい、慌てて飲み込んだ。
レジはまだ不慣れなのだろう、先輩に教えてもらいながら時間をかけて丁寧に打ってくれた。
「お会計が5800円です」
えっ、インナーも買ったのに予想より安い。私のどんぶり勘定だと2点で7000円は超えていたはずだ。打ち間違えかと心配する私の様子に気がつき、先輩がそっと
「ただいま2点ご購入で20%オフのキャンペーンを行っておりますので」
と初めてフォローを入れた。
きっと新人さんの口から説明があるのを最後まで待っていたのだろう。今までのやり取りも色々と思うことはあっただろうが、信じて見守る姿勢を貫いたこの人は、なんと温かい先輩なのだろうか。新人さんも慌てた様子で「インナーをお買い求めいただきましたので、割引価格となっています!」と補足した。
会計後は、普段ならごめんなさいと断る店舗LINEの友達登録まで済ませた。手続きの案内はした事がなかったらしく、先輩さんが私に丁寧に説明する様子を、新人さんは斜め後ろから真剣に見つめていた。
「お出口までお持ちします」
商品を梱包したショッピングバッグを両手でしっかりと握った新人さんがお見送りをしてくれた。
「ご来店いただきありがとうございました」
そこには最初に声を掛けてきた不安げな店員さんの姿は無く、自信に満ちた明るい笑顔の店員さんがいた。
「こちらこそいいお買い物ができてよかったです!また来ますね」
差し出されたショッパーをそう言って受け取り、私は店を後にした。遠く離れたところで店を振り返ると、先輩さんが新人さんにちいさく拍手をしているのが見えた。
どんな仕事の凄腕スタッフも、みんな最初は右も左も分からない新人だったのだ。だからこそ組織の中で1番弱い立場の中、頑張ろうとする新人さんを見ると出来る限りの事をしたいと思ってしまう。商品を買う事が応援の全てではないが、その人の真摯な姿を見て受け止める余裕のある心を持っていたい。自分もまたそのような穏やかな心を持ったお客様に救われたのだから。
あの日の神様になりたいと願いながらも、出不精の私は今日もZOZOTOWNを散歩する。
だけど、たまにはお店に買いに行くのも悪くないなと思えたのだった。
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