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どうか縛らないで下さい【アマノ文筆クラブ】

<一、駆け落ち心中劇>
駆け落ち心中。

開演

──お父様、お母様、どうか許しては下さいませんか!
ヒステリックな女の声が響く。喧しい。
駄目だ。成らん、成らん。育てた恩を感じて居らぬのか。
低く唸る様な声が承諾を与えない。父親だろう。女が可哀想だ。
如何して、そんな風に育って仕舞ったの…。私が、私が間違えたのね。
震えた声で発するのは、自戒の様な落胆。最も気持ち悪い。母親だろうか。女が可哀想だ。
──さらば、解りました。先程の、此様な発言、どうかお許し下され。

母親は餐所で料理を。父親は御座所で公務を。女はといえば、書斎へ引き篭っている様。
可哀想に。真心込めて育てた子供が引き籠もりとは。誰もが嘆く。誰もが憐れむ。

母親は可愛い我が子を憂い、書斎へ握飯を持って行ってやる。ギィ、と嫌な音が鳴る。
不快な音。それに母親の心配は見掛けだろう。
一声掛けて、書斎を見回る。誰も、誰も居らず静寂。母親は其れから、一度微笑み、口角を必死で下げ、戸を閉める。
嫌な親。逃げてしまえばいい。いや、屹度逃げられるに違いない。

女は川上にて待ち人を抱く。女の頬は上気の色を見せる。抱き合い、接吻し叶わぬ恋故の逃亡。
女は屹度、逃げられる。大丈夫。
───貴方を、慕うております。而して、世間様にはまかりならないよう。
みなまで言うな、百も承知。
そうだ。そのまま、心中すればいい。逃げればいい。其れで良い。

水面の様は、二人をつつみて見せつ。永遠の愛とは、正に之なり。

終演?

お嬢様を馬車に乗せて帰る。静かに居られて、眠られたのかと思い振り向けば、車窓から外を見て黄昏て居らっしゃった。旦那様は、此様な低俗なもの観るべきで無い、と仰られていたが、お嬢様は楽しまれたのだろうか。



<二、欠けて落ちたもの。>

どうか───縛らないで下さい。

毎日の日課。茹で卵を食べる。本を読む。遺書を書く。
如何してそんな事をするのか、一度問うた事が有る。
「お嬢様は、如何して毎日遺言を書かれて居るのですか。」
今思えば、もう少し濁した言い方をして置いた方が良かったのかもしれない。だけれど、お嬢様は優雅に本を置いて、其れから怒ることも無く此方の方を向いて、
「何時迎えに来て下さるか、分からないでしょう?」
なんて寂しい事を仰られた。確かに、其れは間違って居ないのだけど。死んだ様に眠る、という表現が有るけれど、お嬢様は其の真逆だ。寝息も煩くて、寝相も悪い。朝になり、起こしに行く度に生命力の眩しさを感じていた。

旦那様は、御貴族らしい、素晴らしいお方だ。お嬢様は良く文句を仰られて居たけれど。有る日、旦那様はお嬢様に珍しく叱責なされた。
「もう二十にも成ると言うのに、お見合いもしない。其れどころか、殆どの舞踏会は断っている。私の面子を潰すのは、もう、辞めてくれ」
最後の方の言葉はもう、震えて聴き取れるか危ういものだった。奥方様は、シルクで目元を抑えていらっしゃった。其れ程迄に、旦那様も限界だったのだろう。日々、同じ公爵家の者共からも嘲笑され、愚弄され、彼程強かで寛大だったお方も、歳を取る度に磨り減って仕舞ったのだろう。
「死んだ公爵家だ」
「もう、彼処は駄目だろう」
「後継はどう成されるのだろうか」
何度も、何度も、其の様な言葉を聞いた。
致し方ない事なのだ。
───申し訳ありません。お父様。
短い其の言葉で、何程の重みがあっただろうか。お嬢様は、其の日から毎日、遺書を書くようになった。お見合いを始めた。他の貴族様との交流を取られるようになった。日々、楽しげに過ごされた。

そんなお嬢様の行方が分からなくなって、早二日。彼程迄に、私達に蝶よ花よと世話されてきたお嬢様が、何処か遠い所で生きるのは、屹度、難しい。今日も、皆探す。旦那様と奥方様は、自室から出て来ず、二人して悩まれている御様子。私は、お嬢様が何処に居らっしゃるのか、知っている。お嬢様の遺書は、何時だって死ぬ気の無い、強かなものだった。旦那様に似られたんだろう。遺書は何時も、之からの事が書かれていた。貴族で無くなった自分と、愛し人との、幸せな日々。許される筈も無い其れを、遺書と誤魔化していたのだろう。私の拙い恋慕も、屹度悟られていた。

───しては成らない行為だ。反逆だ。背信だ。不義だ。
走って城を抜ける。他の使いが私を見る。足が竦むのを堪える。何時もなら公爵家を守る忠実な剣も、今や首元を掻っ切る地雷の様な気がして仕舞う。遠い草原を行く。森へ入る。暑いのか、寒いのか解らなくなる。紅茶の香りがする。鳥の音が警告音の様に鳴り響く。木々が減り、世界が開ける。寝間着を着たままのお嬢様は、腕を伸ばす。私は胸へ飛び込む。騒音が、止む。潤んだ目とにこやかな口許が私を人にする。お嬢様は、人に成る。拘束から抜け出して、世界から消え去って、無駄に覚えた舞踏を披露する。最後の公演の、終い。屹度、見付かってしまう前に───。

公爵家の娘と一人の侍女が失踪して六日。
召使いの一人が公爵家の娘の部屋へ入る。
重なり落ちた遺言を見つけ出す。
「貴女を縛る総てを捨てて」
「私を縛りから解いて」
「唯、其れ丈が願い」

終演





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