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思い出は悪夢【風まかせ文芸部】

──思い出になんて、成らないで居て。

朝の四時を報せる鐘。まだ誰も目覚めない、一人だけの世界。夏であれば明るい空も、冬に成って仕舞えば暗い儘。冷めた指先を暖める為に付けた暖炉は、部屋を暖めるばかりで身体は暖まりそうに無い。空気調整口を捻って暖炉を消す。常夜灯だけを付けた暗い部屋で読書をする。
「健康的な私生活には、より善い食事を」そんな一文から、本を畳む。健康に興味は無い。適当に積み上げた本の中から一冊を取って目を通す。「愛憎の彼女」と書かれた一冊。正に僕の事ではないか!急いで本を開く。

───駄目だ。本を閉じる。「愛していたのに裏切るなんて」最後に見た台詞が脳内で何度も反響する。その度に苛立ちは積もっていく。喉元に必死で抑えた不快感はせり上って、残飯を想起させる。愛憎とは、そうで無いと思う。僕は良く知っている。愛しいのに、憎らしい。それこそが愛憎だよ。唯、憎らしいだけでは、それは違うよ。自らに説教してみたところで、本の内容が変わるはずも無く。本から垂れた黒く濁った洋墨が部屋を覆うような光景、幻覚?が脳裏に焼かれて、呼吸の仕方を忘れる。決して、罪悪感では無いと思う。悪い事なんて、していない。救急車の音?ドップラー効果に寄る低音が、羽音の様に耳を蝕んでいく。

耐え切れそうに無い焦燥から紙と筆を机に捨てて。
「思い出とはね、過去なんだね。現在進行形の追憶なんて、存在出来ないんだよ。」
そこ迄書いて筆を折る。紙を丸める。くしゃくしゃとなる音が、拍手に聴こえる。矢張り僕は、間違ってなんかいないんだ。大切なものは、思い出になんかしちゃいけないんだ。

日は昇る。僕は小説を書く。君は眠る。
永久保存コールドスリープされた君の身体を機械越しに抱いて、追憶を棄て去って。

#風まかせ文芸部

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