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珈琲【風まかせ文芸部】

<未だ続いて仕舞うけど>
珈琲を零して、其れから私達は逃亡した。

頭痛で目を覚ます。焦った心臓は煩く早鐘を打つ。辺りを見渡して、そうして漸く落ち着く。リリスは未だ眠っている様で、少し乱れた髪を撫でて整えてやる。其れから、珈琲を一杯。蒸らしている間の香りがやけに苦くて、溜息が出て仕舞う。大量の角砂糖を入れて、甘くする。加糖練乳迄加えて。無駄に大きい窓の外を眺める為、窓帷カーテンを捲る。未だ暗い空に安堵を覚える。甘くなった珈琲は、舌を熱さで焼く。もう少し温くすれば良かった。
珈琲洋盃コーヒーカップに手を当てて、冷えた手を温める。其れと同時に、珈琲が冷めればいいなと思いながら。物音がする。動きを緩めた心臓がまた早まるのを感じて、臥榻ベッドの方を振り向く。唾液を喉に押し込む。
「お早う、早いね」
幼子の様な声に身体は暖まる。さっき迄の指先の冷えも気にならなくなって、衝動の儘、抱き着く。驚いたリリスは矢張り透き通った声で、
「如何したの?悪夢でも見ちゃった?」
なんて言うから、矢張り弱い私は、喉を震わせて仕舞う。
「ううん、違うの。唯、只々、嬉しくて」
言おうと思っていた事の大半は、腫れた喉に止められるから、何とか伝える。私を抱き締め返して呉れるリリス程、純粋な存在なんて居ない。之程、聖母の様な存在、この世に居ない。甘い國へ逃げた私とリリスは、共謀者だけれど───。

其れから、何程の間抱き着いて居たんだろう。未だ暗い空を見る限り、一時間は経っていないだろうけど。リリスの分の、矢張り甘い珈琲を持って寝室へ戻る。寝室から見える空は、矢張り、未だ暗い。リリスは紅くなった目許を細めて、顔に皺を作る。可愛らしい笑み。其れから、氷を幾らか入れた温い珈琲を一口含んで、
「また、逃げるの?」
下げた眉で此方を見る。可愛らしい其の仕草も、動揺に変わって仕舞ったのは、もう逃避行なんて辞めて仕舞いたかったからだろうか。エーテルの嫌な匂いが、自分の手に染み付いて居るのに気付く。其れでも、未だ、知らない振りで濁す。窓が白む。世界が起きて仕舞う。

「何処へだって行けるよ」
───だから、早く逃げよう。そうやって声に出すつもりだった言葉は、珈琲洋盃を割る音で遮られる。

逃避行は終かな。

#風まかせ文芸部

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