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【創作大賞2026】落とし物のノートに【厚揚げ、大根】と書かれていた話

カン、カン、という踏切の音が、やけに大きく響いていた。
平日の昼下がり、人通りはまばらで、私のほかには数人しかいない。

目の前を遮るように降りた遮断機の向こう側は、どこか別の世界のように見えた。
電車が通るまでの、ほんのわずかな時間。
この“止められている時間”というのは、妙に思考を深くする。
もうちょっと早かったら渡れたのに。

『ついていないな』と、心の中でつぶやいた。

ふと踏切脇に目をやると、手のひらサイズのノートが開いたまま落ちていた。

他人のノートを覗くなんて行儀が悪い、なんて思いつつ好奇心で覗き込んでみた。

するとこうあった。

⚫︎月⚫︎日
9:00 起床
10:00 ヨガ
14:00 ⚫︎⚫︎さんと待ち合わせ

そして

厚揚げ
大根

この字を書いた人は、きっと几帳面な人だ。
朝起きて、ヨガをして、誰かと約束をする。
そして買い物を忘れないように。
丁寧な字でノートにメモをとる。

これを落とした人は今ごろ困っているのではないか?
駅に届けた方がいいかもしれない。
そう思ったが、妙な気がした。

ちょっと待てよ。
このノート、落とし物だとすると少し変じゃないか?
踏切脇、コンクリートの段になった部分に目立つように、開かれて置かれていたからだ。

しかも開き方がきれいすぎるのだ。
誰かがそこに故意に置いたようにも見えた。

……だからこそ、余計に違和感があった。

わざわざ?
何のために?

私の背筋に冷たいものが走った。

これ、ただの落とし物ではないのかも。
誰かがこのノートに手を触れるのを監視しているのかもしれない。

いや、もしかするとこのノートの内容が暗号になっているのかも。
どこを縦読みすれば?
いや、そもそも暗号なら、
縦読みなんて初歩的なものは使わないはずだ。

厚揚げ
大根

この二つをまずはひらがなにしてみるか。

あつあげ
だいこん

上下をジグザグに読んでみようか。

あいあん?
だつこげ?

もしかして英語?
ひらがなじゃないのかも。

私が知っている暗号解読、あと何があったかな。

シーザー暗号とか?
たしか左に三文字シフトさせる?とかだったか?
……いや、さすがに違うか。

せんぬき、とか?
“せ”と“ん”を文章から抜くというアレだ。

なにがシーザー暗号じゃーい!!!
なにがせんぬきじゃーい!!!


しっかりしろよ私。
これはマダムのメモノートやろうが!
今晩のおかずに大根と厚揚げを炊くんやろ!
そしてヨガに行って、●●さんと待ち合わせするんやろうが!!!!

いや待て。
勝手にマダムだと思い込んでいるけれど、見当違いかもしれない。
ジェントルマンかもしれない。

そのとき、踏切の向こう側の世界を電車が通り抜ける。
金属のにおいを含んだ風が私の髪に、顔にまとわりついた。
ガチャンと音を立てて開く踏切。

私は我に返った。
ほんの数分、私は探偵になっていた。
……そして、今はただの踏切を渡る人に戻った。

私はのろのろと歩を進める。
渡り始めた踏切の上で、さっきのノートのことが頭から離れなかった。
あの丁寧な字の人は、もう家に帰っているのだろうか。
それとも今ごろ、ノートが見つからずにどこかで困っているのだろうか。

私は無性に大根と厚揚げが食べたくなった。
スーパーに寄って買って帰ろうかな。
今晩は厚揚げと大根の煮物か。
ビールでも日本酒でも合うな。

…ん?待てよ。
もしかして、あのノートの目的は厚揚げと大根の販促だった、なんてことはないだろうか?

……いや。
それはさすがに考えすぎか。

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