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50代からの再出発に必要なのは、自己否定を手放す勇気だったー“ただ在る”ことに意味があると気づいた朝

こんにちは。あべみな🌷です。


「私って、何の役にも立ってないかも…」
「こんな自分に、価値なんてあるんだろうか?」

ふとした瞬間にそんな思いがよぎること、ありませんか?
50代を過ぎ、仕事や子育てなどの“役割”から少しずつ解放されていくと、自分が空っぽになったように感じる人も多いのではないでしょうか。

私も、そんな無価値感とたびたび向き合ってきました。
でも、ある朝の瞑想会での気づきが、心の深いところに温かい光をともしてくれたのです。


誰かの「役に立つ」ことばかりを求めていた

瞑想会のあと、参加者の1人がこんなふうに話してくれました。

「自分の価値をずっと“外”に求めていた」
「誰かの役に立ててるか、稼げているか、評価されているか…」

私も深く共感しました。
人に認められることが、自分の存在価値の証のように思えていたから。
だからこそ、うまくいかないとすぐ落ち込み、「自分はダメだ」と10倍にもしてしまう癖がありました。

でも彼は気づいたと言います。

「本当は、自分が“ここにいる”だけで価値があるんだって」

この言葉が、私の胸に深く届きました。
無理して何かを成し遂げなくても、存在しているだけで十分尊い――
それは私たち中高年が、いまこそ受け取るべきメッセージなのかもしれません。


命のリレーの先に、今の自分がいる

もう一人、涙ながらに語ってくれた女性の言葉も印象的でした。

「私たちは命がけでこの世に生まれてきた」
「そして多くのご先祖が命をつないでくれたから、今ここに生きている」

私はその言葉を聞いて、ずっと続けてきた先祖供養のことを思い出しました。
とくに印象深かったのが、除籍謄本をたどっていったときのことです。

そこには、これまで名前すら知らなかったたくさんの先祖たちの記録が残されていました。
わずか生後数か月でこの世を旅立った母の兄弟。
祖父を育ててくれた養曾祖父の存在。
静かに書かれたその名前の一つひとつに、私は思わず涙が出ました。

そのどれか一人でも欠けていたら、私はここに存在していない――
そんな命の連なりを前にして、厳しい時代を懸命に生き抜いた人々への感謝が込み上げてきました。
そして同時に、そんな命のバトンを受け取って生きている自分が、「私には価値がない」と自分を責め続けてきたことが、とても申し訳なく思えたのです。

私の中に流れている命は、途方もない数の人々の思いや努力によってつながれてきた。
だからこそ、今この命をちゃんと大切に生きようと、心から思いました。


私たちは、誰かの光になっている

ふと、画面越しに参加者の顔を見回しました。この人にも、この人にも、感謝の気持ちが湧きました。いいことも悪いことも全て自分の鏡。気づかせてくれて、共感させてくれてありがとうと。

そして思ったのです。
「もしかしたら私も、誰かに何かを与えているもかもしれない」

ちょっとしたひと言、さりげない笑顔、その場にただいること――
そんな小さな存在が、誰かの心を温めることもある。
私たちは、褒められなくたって、知らないところで誰かを支え、勇気を渡しているのです。


「私は何もできていない」「価値がない」――
そんなふうに思ったときこそ、思い出してほしいんです。

あなたは、いるだけで価値がある。
あなたの存在は、何十人、何百人もの命のつながりの先に生まれてきた奇跡。

何かを成し遂げていなくても、今ここにいることが、尊いんです。
あなたは誰かの光なんです。
だから、どうか無価値感を手放して。
まずは自分を大切にすることから、セカンドライフは始まります。

今日という日を、自分自身への感謝で終えてみませんか?
あなたの中に息づく命に、どうか優しいまなざしを。


🌟あなたへ

  • あなたが「自分は価値がない」と感じたのは、どんなときでしたか?

  • そのとき、あなたの周りにはどんな人がいましたか?

  • あなたがその人たちに与えてきたものは、なんでしょう?

🌷いつもお読み頂きありがとうございます!57歳で私の「セカンドライフ」は変わりました。
人はいつでも変われます。あなたの「セカンドライフ」応援します、お話お聴きします!お悩みの方、XのDMでお知らせ下さい🌷




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