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【地域を支える居場所②】困った時に頼れる誰もが安心できる「ごはん処おかえり」~様々な支援を模索しておかえりの誕生~

■最初に

こんにちは!サイボウズのもっちーです😊

全品100円、20歳未満無料の惣菜で、地域を支える「ごはん処おかえり」
前回は、活動内容から原点のお話しでした。
今回は、おかえりが誕生するまでのお話しです!

▼以前の記事
活動内容と原点

〜ごはん処おかえり〜
Webサイト:https://okaerishonai.sakura.ne.jp/



■様々な支援を模索しておかえりの誕生

おかえりのおかん「上野さん」


○子ども食堂から地域支援へ


豊中で何かしらの活動をしたいと思っていた上野さん。

もともと、何をするのも1人で立ち上げて1人でGOする性格なので、
協力者っていうのが、豊中の地には誰もいなくて、
何をしようかなと思った時に、社協(社会福祉協議会)が開いた、
西成の子ども食堂の映画の上映会にたまたま参加しました。


上映会のあと、代表理事も来られていて、
講演会もあり、情報を聞いているうちに、
自分もやってみたいという思いになりました。

そして、社協に電話をして、子ども食堂を自分もやりたいと伝えました。

たまたま自分の住んでいた地域で、
子ども食堂をやってくれる人を探していて、
タイミングよくそこに滑り込んで始めることになりました。


実は、立ち上げるまでは地域の人とケンカをしたこともあって、
当時メディアが扱っている、子ども食堂って、
しんどい子とか貧乏とか、貧困そういうキーワードで、
貧困というワードが盛り上がっていた時期です。


なので、子ども食堂を開くとなった時に、
その地域の役員の人が、「うちの地域にはそんな人はいない。」
と、言われました。

それでも、そんなことはないって、
こちらも言い続けて、子ども食堂を開くことになりました。

子ども食堂は、3年やることになるんですけど、
その3年っていうのは月に1回イベント形式でした。

それをやっていて分かったことがあって、
本当にしんどい人は来ていない。
ということでした。

その当時来ていたのが、
両親がいる共働きの家庭の子が来ていて、
開催場所も、学校のすぐ隣にあったので、だいぶ後の方には、
地域の学校から先生が見かねた子たちを連れてくるということもあったのですが、
自発的に、本当に困っている、しんどい子は来ていないと感じていました。


そして、ちょうど転機を迎えるのが、2018年にあった北大阪地震です。


その時に、子ども食堂はやっているんですけど、
1人親のお母さんが、備蓄がない、買い置きがない。と言っていて、
でもよく考えたら、周りにいたお母さんたちも、うちもない。うちもない。って言い出して、だから、その日の夜にFaceBookで
「北大阪地震がありました。なんか物資をください」って言ったら、
すっごい数の物資が集まって、
今度は逆に集まりすぎてどうしようってなりました。


当時、息子のPTAとか、子ども園の保護者会とか、
あとLINEなどのグループを全部使って、
誰でもいいから取りに来てね。
みたいなことをしたんです。

その時に、簡単な名前と連絡先と子どもさんの所属と、
今後こんなんいりますか?
という、アンケートだけ取りました。

そうしたらやっと1人親家庭や、生活保護の家庭など、
本当にしんどい思いをしている家庭が見えてきました。



そこでつながることができたので、
その3か月後に「シンママ応援団」というものをたちあげました。

そこでは、お母さんたちの支援をやり始めることになるんです。

なので、
子ども食堂は3年やってやめて、
「おかえり」の場所探しが始まります。


○支援の形を模索する「ごはん処おかえり」のはじまり


「おかえり」をはじめるときは、
がっつり支援をするとか、そんな大層なことは思ってなくて。
と上野さんはいいます。


「シンママ応援団」の最後まで残っていたコアなお母さんたちが、
ご飯をゆっくり食べられる場所を作りたいと思ったのが最初なんです。


2階で子どもの面倒を見て、遊ばせてみたいなかんじで、
そういうふんわりした場所を作りたいと思っていました。


今の場所を見つけて、2019年の9月にオープンするんですけど、
当初はお客さんが来ないっていうので、
20年の1月には、協力してくれた地域の人や、仲間とかが集まって、
もうやめるしかないみたいな感じで、やめるか続けるかどうすんの?
みたいな、そういう話をしていたんです。


その時は、まだはじまったところだし、
辞める気にはならなくて、
とりあえず持ち出ししながら続けていました。

「おかえり」の最初の転機は、2020年の3月に、
横浜で子ども食堂やっている人が紹介してくれて、TVの取材をうけました。
関東圏でTV放送されたのですが、そこから一気に寄付が流れてきて、
とりあえずそこでつなぐことができました。

その時は、本当に普通の飲食としてやっていて、
お昼はランチ出して、夕方は居酒屋をしていた飲食店でした。


全然、ほんまに支援とかは遠くて。

子どもを連れてきていいよ。
ゆっくりご飯食べなみたいなところだったんです。

その当時も、土曜日だけは、まぜこぜ食堂っていうことをしていたんですよ。
大人も子どもも来れて、子どもは無料、大人は300円という形にしていました。

それが、妙にヒットしてしまって、やっぱこれ面白いよねって。

どうせやるならその形をしていきたいなという気持ちになっていきました。



■最後に


最後までありがとうございました!

うえのさんの「やってみたい」って思ってからの行動力やパワーってすごいですよね。そして、今も続けられること、本当に地域になくてはならない存在だなと思います。
Facebookを通じて多くの支援を呼びかけ、
実際に多くの物資が集まったことも、上野さんの行動力とネットワークの広さがわかります。その過程で本当に支援を必要としている家庭とつながることができたことでさらに活動を加速していく。
本当にすごい人!

次回は成長していくおかえりのお話しです。
次回も見てもらえると嬉しいです😊