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【働きづらさ×農業①】未来を耕す!「泉州アグリ」で見つける自分らしい働き方〜支援の原点と農業という選択〜


■最初に


こんにちは!サイボウズのもっちーです😊

農業を通じて地域社会と若者の未来をつなぐ「泉州アグリさん」のお話しを聞いてきました。
全4回のシリーズです。

〜泉州アグリ〜
Webサイト:http://www.s-agri.jp/


※「HIGH HOPE」の記事の続きは確認中なのでもうしばらくお待ちください!7月公開目安にしています



■支援の原点と農業という選択


○泉州アグリとは


就労支援のツールとして、農業を使った事業を展開している、
泉州アグリさん。

泉州特産の水なすやたまねぎ、キャベツなどの野菜の栽培、
良質な土作り、野菜の加工販売、都市部での直接販売などをしています。

また、泉佐野市と弘前市が共同で取り組む農業体験型事業
「泉佐野アグリカレッジ」や、
地域の農家と協力し、農業を志す若者や働きたくても働けない若者を支援。

農地での野菜の生産、販売、加工、堆肥づくりのほか、
業務請負という形で人手の足りない農家に数人のユニット単位で常駐して、収穫などをスポット的におこなったりもしています。

「支援」と「株式会社」どちらの側面ももつ泉州アグリさんのお話を、
代表の加藤さんに聞いてきました。


○泉佐野から始まる、働きづらさと向き合う農業


もともとはニート、引きこもりの就労支援ということではじまり、
就労支援機構というNPOからスタートしています。

支援員という立ち位置で、
クライアントがどんどん溜まり続ける気がしていました。

若者を出す場がない。そして、行かない。企業も採用しない。
そうなってくると、これは、若者だけの問題なのかな?と思って、
企業はなんで採用しないのか?そういった疑問がすごくでてきた。

その中で、お願いばかりではなく、自分でも何かをしようと考えて、
泉佐野という地域の課題を調べたら、農業とタオル産業があったので、
何かをビジネス化しようって考えた時に、農業を始めたという感じです。

支援という意味では、農業特有の作業に、
合う部分と合わない部分とか、いろいろあるんですけど、
それをミックスさせながらやっていく
中で、あくまで就労支援機構として、野菜を売るか、「泉州アグリねね屋」という屋号で野菜を売るかという判断をするときに、後者を選択して、株式会社としてやっています。

実際、社会福祉というスタンスで、授産品という認識で売ると、長くつづかないということもありました。

まあ1回目、2回目はお情けのように、
お涙頂戴みたいな感じで売れていくんですよ。

だけど、ジャム作っています。 パン作っていますって感じで、
継続的に販売していく難しさみたいなものをずっと目の当たりにしていたので、
1回目は買うけれど、2回目も買うかっていったら、
「1回買っているしまぁいいか」って、自分自身もそういう感覚があるから、
それならば、まあ最終的に、ここの受け皿で、
ご飯を食べるツールを作らないと意味ないんだなと考えたのが、前提としてあります。

それであれば、農業でやるにしても市場ベースで農家と勝負する、
野菜で勝負するっていう形で、株式会社にしましょうとなりました。


〇緊急雇用から始まった、持続可能な“しごと”づくり


最初は緊急雇用創出事業っていう、
人を雇用するところに対して補助金もらっていました。

その3年間は人件費をもらいながら農業をやるので、
この制度を受けている間にいろいろと拡張していこうっていう感じで動いていました。

当初は、この人数を毎日抱えながらやれるだけの規模感を作って行かないといけないなという気持ちと、畑がないという現実がありました。

最初にやったことは、「アグリヘルパー」って勝手に名前を作って、
農家さんのところにお手伝いに行くことでした。

農家さんは、助けてほしいとか、運んでほしいとか、
いろんなことがあったけれど、
うちとしてはノウハウとか知識が欲しいっていう形だったので、
お互いwin-winになるから、
業務委託みたいな形でどんどん広げてやっていったことが良かったんです。

その活動がきっかけとなり、
畑を辞める人から、畑を借りることができてきました。

当初は、75坪しか貸してもらえなかったので、
その中で、この人数をどうしていこうかと思っていたのですが、
農家さんから、もうやらないからやっていいよって声をかけてもらって、
そこからどんどん増えていくきっかけになっていきました。

そうして、農業っていっても、いろんなやり方があるので、
いろんなことをやってみたけれど、

例えば、キャベツを作りました、収穫終わりました。
次取れるまでどうすんの?
そうすると、この若者たちどうするの?
って、農業と就労支援という側面からの次の課題が見えてきました。


なので、開き直って365日、一日十品目収穫をする生産計画に切り替えることにしました。
毎日収穫もあるし、毎日出荷しないといけない。

まあ、量の上限下限はあったとしても、
そういう計画に切り替えることにしました。
農業の知識がだいぶついてきたので、そういうことがやれるようになったんです。

そうすると、今度は、売り先がいりますよねってなってきて、
売りに行ける子が必要になったり、
配達に行ける子が必要になったり、畑しか入らない子がいたり、
畑にはいかないけれど、水茄子の漬物をつけてくれる子がいたり、
農業っていう職域の中で、どこかにハマる若者が出てくるんですよ。

とはいえ、こういう回し方は、すごく非効率で、
労働力がすごくかかっている
ので、
そこはちょっとテコ入れしないといけないとは思っているんですけど、

毎日収穫があるからいつでも入れるよとか。
いつ来ても大丈夫っていうことができないと、
支援が難しいなと思っているのでやっています。

活動をしていく中で、ニート・引きこもりの若者支援の活動と、
農業って意外とあっていることがわかってきました。

4年かかって、今年はどこからもお金もらわずにやっています。

農業として、うちの商品で利益を出していくことに、
いずれは行き着かないといけないとずっと考えていて、
やっとゼロにできました。

そこまでやって、やっと言うことができるとも思っています。

どうせ支援を受けている、どうせお金はどこかから引っ張ってきている、
税金もらいながら農家をしている。
そういう風に見られるから、それをひっくり返したかったんです。


■最後に


最後までありがとうございました。

農業が「支援の場」として機能するけれど、
「毎日収穫があるから、いつでも誰かが関われる」という柔軟性がすごいですよね。
農業という場での支援の継続性を考えて作っていることがよくわかります。

次回は、支援とビジネスのあいだで働くをつくるお話しです!
次回も見てもらえると嬉しいです😊