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読書記録📕✍️ 墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便

飯塚訓 著

日航機墜落事故で身元確認班長を勤められた方の記録。


どういうわけか、私は昔から日航機123便の事故に非常に興味があって、テレビやYouTubeでその特集を見つけると必ず見ている。
自分が産まれるはるか前の事故であるし、自分に何か関係があるとか、事故現場近くの出身だとかそういうわけでもないのですが。

そもそもの話、飛行機って不思議ですよね。
何トンもの鉄の塊をただ双発(もしくは4発)のエンジンだけで高度何万メートルの空を飛ばしていかなければならないわけで、当然空の上では停まることが出来ないし、本当にデリケートな乗り物だと思う。

そんな鉄の塊を飛ばしながら、空の上で垂直尾翼と油圧系統を失ってからも、123便は何分も飛び続けたのです。しかも当時の機長たちは突然機体に何が起こったかも何も分からないまま、ただ乗客524人の命を守るために、必死で言うことの聞かない鉄の塊をコントロールし続けようとしたのです。


(飛行機マニアに片足を突っ込んでいるのもあり、)123便のコックピットレコーダーを全て聞いた事もあるのですが、本当にそれは凄まじいもので。
聞いてるだけで動悸が激しくなってくるような、そんなコックピット内の音声なのですが、今回の本はそういった123便の航空機内の話ではなくて、その後どういうことがあったか、どうやってこの事故に対してそれぞれの立場の人間が向き合っていったのかを、当時の警察の身元確認班であった飯塚さんが記した貴重な記録になります。

日本人の宗教観

おそらく飯塚訓氏が1番この本で伝えたい部分ではないんだけど、私がいちばん心に残った部分のひとつ。

「娘は神様のところに召されて幸せです。肉体は一緒になくなった人とともに、埋葬してください。」
~(中略)デス・イズ・デス、つまり死は死である。もらっても生き返ってくるわけではない。魂は神のもとへ召された、ということ~(中略)

「あの世に行くとき、足がなければ三途の川を渡れないじゃあないですか」「右手がなければあの世でご飯が食べられないじゃあないですか」

上記2つは日本人と外国の方、それぞれの遺体引き取りの際の発言なのだけど、どっちが日本人の発言かは分かるだろうか。

おそらく日本人のほとんどが直感で下の方、と答えると思う。
上は、「死んだらその人の精神は神に召されて、肉体そのものに本人がもういるわけではないのだから」という考え方で、
下は、「生前の肉体だったものはどんな形であれ、何かしらの意思や故人の想いがあるのではないか」という考え方だ。
どちらも正解であり、本当に価値観によるものといえる。

日本人はほとんどが無宗教だというけれど、これが日本人の「自然宗教」観なのだ。
別に、古代エジプト人のように完璧な肉体を保存したら次の世で生まれ変われる…なんて信じている日本人は少ないとは思うのだけど、それでもやっぱり大切な人の身体だったものに対してはどうしても執着してしまいますよね。

自分に置き換えて想像してみたら…。
例えば母が同じようなことになって、遺体はバラバラで、専門家が一生懸命に鑑定しなければそしてそして長い時間をかけなければ、それが母がどうか分からなくて、それでも家に帰ってきて欲しいですか?と聞かれたら、私は迷わずYESと言うと思う。

そしてそれがやっと母のものと分かったら、例え足首だけでも、手の指の一本であっても、どんなに既に傷んでいても、涙を流しながらそれに頬ずりをすると思う。
たった一部だけでもおうちに帰れて良かったね、帰りたかったよね…。その足首に話しかけるんだと思う。

それって非常に不自然なことで、なぜなら足首だけ返ってきても母は生き返らないわけで、既に死んでいるので足首に話しかけても母は返事をしないわけです。
でも山のどこかで母の足首が落ちているなら、探し出してくれるのを待っているのなら、自分の命を賭けてでも、どんなに時間がかかっても、拾いにいってしまうよね。

読みながらそんなことを考えました。
そんな感情のご遺族が多い日本だったらからこそ、飯塚さん率いる身元確認班の皆様のお仕事は非常に大切で特別で、崇高だったのでしょう。


ご遺族にお返ししたご遺体はほとんどが完全遺体ではなくて、離断遺体、分離遺体ばかりだったとのこと。(乗客524人に対して、遺体は2000以上)

本当に壮絶な現場だったことが想像できるけど、身元確認班がどれだけのご遺族の方々の心を救ったことか、想像しても計り知れないな、と思う。


看護婦たちの真心

看護婦、と、あえて本書そのままの表現を使うが、日赤の看護婦の働きについて作者が褒めていた部分も印象に残っている。(これも飯塚訓さんがいちばん伝えたいことでは無いと思うんですが)

遺族からの遺体取り扱いについての苦情はほとんどなくなった。それは医師会派遣の看護婦と日本赤十字社が動員した看護婦たちの、やさしく甲斐甲斐しい働きによるところが多い。

(中略)2歳くらいの女の子の身体を優しく丹念に拭いてやっていた看護婦が、突然子どもを抱きかかえ、その顔に頬ずりをし、優しく何度も背中をさすっている。
「ありがとうございます。そんなにまでしていただいて……」
看護婦の仕草を見ていた遺族の一人(女性)があふれる涙をそのままに、その看護婦に向かって深く頭を下げ、その場を離れていった。
子どもの遺体に関係のない遺族であった。

作者によると、身元確認にあたった警察官、医師、歯科医などを懸命に支えた看護婦たちの仕事が素晴らしいものだったそうだ。

看護婦が担った仕事は、泥まみれのご遺体の洗浄―ときには内臓だけのご遺体も―、顔が潰れてしまったご遺体の復顔、ご遺体の縫合など、医師や警察官が身元確認をするための補助がメインで、その業務は多岐にわたる。
そしてお顔のあるご遺体には、いわゆる死化粧を施したのも、看護婦だったという。

ここでも1つ前の話題に繋がるが、当たり前ですがご遺体は既に亡くなっているのであって、綺麗な姿になったからといって生き返るわけでもない。
つまり、そのご遺体が本人のものだとDNAや歯型で確認できれば、それを間違いなくご遺族に引き渡すことができれば、合理的な観点だけだとそれで間違いはないはずなのです。

それでも、そうでは無いよね、それだけだとダメなんだよね、という部分を担ったのが、看護婦の皆さんのお仕事だったのだろうと思います。


とある看護婦さんが、1/3だけ残っているご遺体のお顔にお化粧をして、唇には紅をさしたというエピソードがありました。

1/3のお顔を戻されたご遺族の方の気持ちを思うと想像を絶するものがありますが、最期に少しでも誰かに綺麗に丁寧にしていただいたという事実がわかるだけでもきっと、ご遺族の皆様の深い深い苦しみの中にひとつの希望となり得るものだったのではないかと推察します。

この壮絶なエピソードを自身に結びつけるのも如何なものかとも思うんですが、社会人になってから、「それでも、そうでは無いよね。それだけだとダメなんだよね」という場面をいくども体験することがある。

合理的に考えたら、別にそれだけやってれば間違ってない、それで別にいいんだけれども、きっとそうでは無い部分に、人間として大事な何かが、そこには確かに詰まっている――
そんなふうに感じることがあるのです。

言語化が難しいんだけど、100点を120点にする、その20点の部分、というか。

決して本筋ではないんだけど、その20点があるだけで、お互いの心が気持ちよくて、なぜか物事がスムーズにいくような、あなどれない「ナニカ」のことです。(分かりにくいですね。)

そしてきっと、これの正体って「真心と心遣い」だと思うんです。

真心がこもった仕事は、必ず相手に伝わるし、相手の心を動かすことが出来るし、心遣いがあれば、その届けたい相手がどんな絶望の縁にいても一瞬だけ希望を感じさせることが出来るかもしれない。

だから私は生きてる上でこういった真心を大切にしたいし、相手に対する気遣いを忘れないようにしたいと常々思っていて。

本書に書かれていた、この看護婦さんたちのお仕事が、「身元確認作業」においてはあくまでも「プラスアルファ」の部分でありながら、しかし、まさに自分が日々感じていた、「人間にとって本質的に大切なもの」が詰まっている仕事であると感じたので、非常に印象に残っている。

甲斐甲斐しく、気丈にふるまう看護婦たちの仕事ぶりは、上記の引用箇所のようにそれを目の当たりにしたご遺族の方にとっても、そして昼夜を問わずご遺体と向き合う医師団・警察官にとっても本当に有難いものだった、と書かれているように。

自分も、この壮絶で異臭と苦しみと絶望の溢れる群馬の体育館で自分の役割を全うしながら闘った看護婦たちのように、真心と心遣いを持って生きなければならないなと強く思ったのである。

おわりに

本書で作者が伝えたいことはきっともっとほかにあったかもしれない。
――どうやって離断遺体を特定していったのか、とか(歯型が大切だったそう)、どんなシステムで身元確認を効率的に行っていったのか、とか――

そこにももちろん感心し、勉強になったのだけれども、ここでは私がこの本を読んで感じたことを感じたそのままに書いてみた。

初の読書記録がかなり重ための内容になってしまったが…。

非常に興味のある題材であったし、読み応えも抜群だったので、しっかり感想を書きたくなってしまった。

これからはもっと軽やかに読書記録をつけていくつもりではある。

この事故に遭われた故人の皆様とご遺族の皆様には、改めて心よりお悔やみ申し上げたいと思う。
そして、その夏に、必死に闘った飯塚訓氏をはじめ、医師団、警察官、日航職員の皆様にも想いを馳せつつ、私の読書記録(重たすぎる1回目)を終わりにしたいと思う。

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