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似て非なるもの?!~音楽ジャンルとしての吹奏楽とクラシック

吹奏楽出身者が自分の演奏した曲や、コンクールで聴いた曲をきっかけにクラシック音楽に興味を持ったけれど・・・という話の続き。

前回、吹奏楽で取り上げられるクラシック曲は、バレエ音楽、オペラ、交響詩や組曲など、管弦楽曲ばかりなので、他のジャンルを聴くきっかけができず、結局、クラシック音楽になじみきれない、ということを書いた。

井の中の蛙、ほどよい都会に出る

私は、大学進学を機に地方の小さなまちを出て、ひとり暮らしを始めた。
そこは、京都だった。
京都は、東京ほど巨大都市でもなかったし、それでいて一般的な県庁所在市よりは商業的にも文化的にも発展していて、私のような地方の小さなまち出身者にはほどよい都会さだった。
当時は、まだ「音楽を聴く=CDショップにCDを買いに行く」というのが主流の時代だったので、そういう面でも京都は優れていた。
京都の街の中心部である、四条河原町周辺のエリアには、大きめのCDショップだけでも、タワーレコード、HMV、2店のJEUGIA(京都地元の音楽店)の合計4店舗があり、その他に中小の個人店や中古CDショップがいくつもあった。しかも、それが徒歩でハシゴできる範囲にあった。

えっ、同じ曲じゃないの?〜オセロ違い事件

ひとり暮らしも落ち着いてきた頃、そのうちのひとつのCDショップに出かけた。とはいえ、知っている管弦楽曲は聴きつくしてしまっていたし、何気なく立ち寄っただけだったと思う。
しかし、その店舗に入り驚いた。地元のCDショップでは、日本盤しか置いていなかったのに対し、その店に置いてあるCDの半数くらいは輸入盤だったのだ。しかも、クラシックだけでワンフロアを独占しており、すべて見るには1時間では足りないように感じた。(輸入盤は英語とか外国語だから、まだ慣れていなかった私には、読解に時間がかかった。)
長い時間かかって、私が買ったのは『Otello』というオペラの全曲盤CD。ドイツからの輸入盤で、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のものだったと思う。

このCDを買った理由は、吹奏楽部時代、『Othello』という曲を自由曲で吹いたことがあったから。どこか引っかかる部分はあったが、聴けばわかるだろうと思い買ってしまった。
家に帰り、さっそくプレーヤーにCDをセットして再生ボタンを押す。聴いたことのない管弦楽と、独唱、合唱の嵐。聴けども聴けども、吹奏楽で吹いたメロディは出てこない。やがて、聴き疲れて、そのまま寝てしまった。
起きてから、もう一度聴いてみても、やはり聴きなれたメロディは出てこない。また眠くなって、寝てしまった。

勘のいい読者の方ならもうお気づきと思うが、吹奏楽の『Othello』とオペラの『Otello』はまったく別の曲である。
どちらもシェイクスピアの悲劇『オセロー』をモチーフに楽曲化したものだが、吹奏楽の方は、アルフレッド・リードという吹奏楽界では有名な作曲家が作曲した楽曲で、オペラの方はイタリアの著名な作曲家であるジュセッペ・ヴェルディが作曲した歌劇である。タイトルの綴りも『h』があるなしで、微妙に違う。

いま考えれば、作曲家が違えば別の曲に決まっているのは当然のことなのだが、当時の私はそんなことも知らなかった。
しかも、ヴェルディの『Otello』は、初心者にはなかなかハードルが高く(テレビやCMで流れるような有名な旋律も、基本的にはない)、いきなり、クラシック音楽の洗礼を浴びたカタチだ。

吹奏楽とクラシックは音楽ジャンルが別

このときの失敗の原因は、知ったかぶりをして、知らない曲を買ってしまったことにある。曲の名前が同じ(似ている)から同じメロディが出てくるわけではないのは、クラシック以外でも、当たり前の話(カバーでもない限り、ロックやポップスでも当たり前ですよね・・・)。
このことを通じて、吹奏楽もクラシック音楽も演奏している楽器はそう変わらないから、なんとなく同じジャンルだと思っていたが、吹奏楽とクラシック音楽はまったく別の音楽ジャンルであることを知った。
そう思うのも仕方ない、田舎の小さなまちのCDショップでは、同じところに陳列されていたこの2ジャンル。実家を出てはじめて行った、ちょっと都会のCDショップでは別ジャンルとして扱われ、棚自体が違っていた。
まさに、私は「井の中の蛙大海を知らず」状態だったということだ。

ということで、この件を通じて、こっぱずかしいとか、ミーハーっぽくね?とかいう変なプライドは捨てたほうがいい、ということを学習した。

では、吹奏楽出身者が管弦楽曲の次に聴くクラシック音楽って、どうやったら出会えるんだろう?

この話は次回に続きます。

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