note3周年目、感謝を胸いっぱいに抱えて
こんばんは、もちまるです。
本日、note3周年目を迎えました。

続けようと思っていた訳ではないけれど、気がついたら3年目。
皆さま本当にありがとうございます。
SNSが苦手な私にとって、noteは唯一自分を表現できる大切な場所になりました。
以前も何度か書いていますが、noteを始めた頃、私は休職していて毎日不安の海の中にいました。
会社を退職してからも宙ぶらりん。
この人生を終わらせたいと思ったことも数知れず。
怖くて行動出来ない自分の心を、何度厳しい言葉で叩いたでしょうか。
もう私の人生は1度終わったのだから、好きなことをしようと決めました。
noteの中で悩みながらも、進んでいくうちに少しずつ自分の道が見えてきました。
もちろん、悩むことはたくさんあります。
前に進むからこそ出て来る悩みもあります。
でも今になって思うこと、
それはありのままの自分、何にもラベリングされない自分を大切にするということです。
今日、お仕事で気付きがありました。
私の取引しているお客様はよく、仕事を手伝ってくれる人は、専業のフリーランスではない人がいいと言います。
それはお客様にとっては、副業の方より面倒なことが多いからだと思います。
私は専業のフリーランスなので、それを伺って胸がとてもぎゅっとしたのですね。
そこには、きっと会社員が出来ない自分への自信のなさや、
主婦ではない自分への苦しさもあったと思います。
でも、重要なのはそこではなくて。
それはきっと、かぼちゃは皮があって剥くのが面倒だから、嫌いと言われているようなもので。
私は小さい頃から、そういうはじかれるという感覚に敏感でした。
おとなしくてまともに話せないから、つまらない子だと。
なぜか世の中の子供たちが好きなものに興味がもてない。
それは自分の感覚からくるもので、コントロールできないものでした。
そうして多くの人たちに遠ざけられた悲しみがあるから、大人になっても胸が痛くなるのでしょう。
だけど、もうそんな自分を責めなくていい。
おとなしくても、上手く話せなくても、不安がいっぱいでも…
ラベリングしなければ、ただの「私」。
ただの私がいるだけなのです。
そういうラベリングしない世界を大切にしたい、
私がずっとnoteで書いていることです。
無理して自分を偽らなくていい。
世の中や誰かの定規に自分を合わせなくていい。
それがずっと認められなくて、ずいぶん遠回りしました。
もちろん今でも、とても不安になりやすいというある種のマイノリティに苦しむことはたくさんあります。
不安ばかりであまりにも苦しくて、不安ごと根こそぎ胸から剝がれてくれたらどんなに楽だろうと思ったことも何度もあります。
生き方が不器用すぎて、全然上手く立ち回れません。
だけど、それでいても…
胸に抱えきれないほどの不安を抱える夜があっても、
何もできなくて1日が終わっても、
そんなことを定規ではかるようなことをしなくていい世界。
自分が無職とか、
会社員とか副業しているとか、フリーランスとか関係なくて
みんなそれぞれが心に持つ大切な世界を抱えて生きれる世の中であってほしい、それが私の思っていることです。
辛いことを無理して克服しない世界線。
ありのままで、自分の好きなことが好きといって受け入れてもらえる世界線。
名詞で飾らなくたって、肩書きをつけなくたって、
「あなた」そのままを見つめる世界。
そういう世界の中で、灯をともしていたい。
それを気づかせてくれたのは、noteの世界でした。
軸がずれそうな時、いつも救ってくれたのはnoteです。
皆さまの記事を読むたびに、自分の世界を大切に抱くことを教えていただきました。
だからこそ今でもこの視点に立っています。
ラベリングしないただの「私」
たくさんたくさん、世の中の定規に自分を当てはめて苦しんできたからこそ。
もうそれは小学生くらいからずっと。
だからこそ、何者でもない世界への憧れがずっとあって。
だから今日も私は、ラベリングしないただの私で居続けます。
noteの世界にいるもちまるも、そしてお仕事での本名の私も。
私はいるけれど、それは名詞で固められないただの私。
ただそこにあるのは、ひだまりのようなあたたかさ。
どんなに生きづらくても大丈夫だよ。
そう言ってあげられるように。
たくさんの人に救っていただいた過去があるからこそ、
今私に出来ることで、小さな灯をともしていこうと思います。
胸いっぱいの感謝の気持ちを抱えて。
いつも読んでくださる皆さま、いいねしてくださる皆さま、本当にありがとうございます。
皆さまのおかげでたくさんのあたたかい世界を知りました。
これからも感謝の気持ちを抱えて、のんびりと更新していきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
