【温泉旅館の閉館で幻の湯となった金峰泉】 壮絶な過去と100年先の未来への想い
山梨県の山奥に、今はもう誰も訪れることのできない温泉があります。
その名は「金峰泉」
今では現地で入ることができない温泉なので幻の湯と呼んでいます。
この金峰泉について少し話そうと思います。
金峰泉は、100年以上続く、歴史ある温泉旅館でした。
私が子どもの頃は大きな旅館があり、この温泉に入っていました。
小学3年生くらいだったと思います。
その頃は、毎週のように旅館に行き、温泉に入り、お客様やスタッフと遊んでもらって、泊まって帰る。
お客様はみんな笑顔で、働いている方たちも楽しそうだったのを覚えています。
私にとって旅館は、遊び場であり、家族が集まる場所であり、幸せそのものでした。
将来の夢は、旅館を継ぐこと。
「いつか自分がこの旅館を守るんだ。」
子どもながらに、本気でそう思っていました。
当時はそこが特別な場所だとは思っていませんでした。
代々守り続けてきた、家族にとって当たり前の場所。
だから、ずっとそこにあるものだと信じていました。
けれど、その当たり前は突然失われます。
旅館がある土地にダム建設が決まり、旅館は移転を余儀なくされました。
家族はもう一度旅館を建て直そうと、新しい旅館を建設します。
オープン直前まで準備は進みました。
ですが、内輪でのトラブルにより、旅館は一度も営業することなく閉館します。
子どもだった私には詳しい事情は分かりません。
それでも、「何かとても大変なことが起きた」ということだけは分かりました。
移転の失敗による自己破産を機に、家族の生活は大きく変わり、家庭も崩れていきます。
たくさんの人でにぎわっていた旅館がなくなり、家族も以前のようには戻りませんでした。
そんなある日、親から言われます。
「温泉を継ぐと負担の方が大きい。継がなくていい。自分の好きなことをやればいい。」
普通なら、その言葉に安心したのかもしれません。
でも私は「自分が何とかしなければ。」
そう思いました。
宿命だと感じました。
温泉が元に戻れば、家族も元に戻るかもしれない。
子どもながらに、本気でそう信じていました。
そしてもう一つ。
もし私が諦めたら、100年以上の歴史が途絶えてしまう。
それだけは、どうしても受け入れられませんでした。
大人になった今でも、その夢はまだ叶っていません。
家族が生きている間に実現できるかも分かりません。
旅館を再建することは、簡単ではありません。
旅館の跡地はなく、土地を見つけたとしても建設には何十億とかかります。
ですが、何年経っても、誰に何を言われても、諦めることはできません。
代々守ってきた温泉旅館のその裏には、そこへ訪れる人たちの笑顔や地域の文化、家族の歴史も守ってきたのだと思います。
100年以上受け継がれてきた金峰泉を、次の100年へつないでいきたい。
その想いから私が作ったのが、MOCHIYUというブランドです。
旅館をすぐに再建することはできません。
だから私たちは、「毎日の暮らしの中で、少しでも金峰泉を知ってもらえる、感じてもらえるものは何だろう」と考え続けました。
そしてたどり着いた答えが、美容液でした。
それが正解かは分かりません。
相談した経営者の方からは、美容業界なんてうまくいかない。絶対失敗する。他の方法を考えた方がいい。など色々言われてきました。
MOCHIYUについては別記事に書きますが、たくさんの方の協力や、いろんな巡り合わせがあり、少しずつ手に取っていただける機会が広がっているのかな、、、と最近実感しています。
note執筆もその一環ですが、美容液を手に取っていただくたびに、金峰泉という温泉を知ってくださる方が一人増える。
その積み重ねが、いつか再びこの場所に人が集い、笑顔があふれる旅館を取り戻す力になると、信じています。
そして、その想いは金峰泉だけのものではありません。
全国には2万を超える温泉湧出地があります。
その中には、十分に知られることなく、活用の道を模索している温泉も数多くあると思います。
「未来へ残したい。」
「知ってもらいたい。」
「多くの人に届けたい。」
そんな想いを抱えている方も、きっと少なくないはずです。
MOCHIYUの挑戦が、金峰泉だけでなく、日本各地の温泉地に新たな可能性を示す第一歩になれば、嬉しい限りです。

