【SS】押忍! 漢塾! ~漢之玖:熱帯夜編~
■本文
これは男の中の男、通称『漢』に憧れ、偏った方向から攻める熱い男たちの一幕である。
ボロアパートの前に、トラックが一台停まっている。そのトラックから荷物をおろし、部屋に運び入れている二人組がいた。
「兄貴~~。文机はここでいいっスか~?」
「おう!」
二人組は蔵之介と、蔵之介が兄貴と慕う男、鬼頭院 千秋である。今日は千秋の引っ越しで、蔵之介が手伝っているのだった。
「お次は…… 刀と弓矢っスか…… 兄貴、何かに追われてるんスかね (汗)」
次々に出てくる珍品の類に、蔵之介は不思議に思うが深くは考えないようにする。
「とりあえず、こんなもんっスかね。……兄貴、休憩しましょうっス!」
「おおう! これを運んだらなぁ!」
声を掛けると、千秋は冷蔵庫を背負い、一歩歩くごとにスクワットをしながら運んでいるところだった。筋トレも兼ねているのだろう。
運び終えたところで蔵之介がペットボトル入りの茶を差し入れ、二人並んで座った。
「しっかし、兄貴がアパートに引っ越すとは、驚きっス! あんな立派な家に住んでるのに」
「ふ…… 漢たるもの、敢えて自らを厳しい環境に置き、鍛錬するものよ」
「な…… なんか、微妙にディスられてる気が……」
千秋は蔵之介と同じアパート、しかも隣の部屋に越してきたのだった。
「まあ、それはいいっス。でも、兄貴、暮らしていけるっスか? 炊事に掃除に洗濯…… 全部自分でやらなきゃいけないんスよ? それに、Gも出るっスよ?」
「問題ない! ……この名著、『家事と喧嘩は漢の華』の通りにやれば、万事がお茶の子さいさいよお!」
千秋は自信満々の顔つきで、冊子を突き出す。冊子は相当に読み込まれたのか、めくる箇所がボロボロになっていた。蔵之介が手に取り、ぱらぱらとめくると、『Gは真空飛び膝蹴りで粉砕すべし!』や、『漢の風呂は五右衛門一択!』などの項目が絵付きで載っていた。
「………… (汗)。 この本の影響で、あんな大きな釜を運び入れたんスね」
蔵之介が見つめる先には、大きな釜があった。これは千秋が大家に頼み込んで、庭の片隅に設置されたものであった。
「まあ、家事はなんとかなるとして…… あとは、夜寝れるかどうかっスね」
「どういうことだ、蔵之介? もしや、賊が夜討ちを仕掛けてくるのか?」
「んな訳ないっスよ! なんで、戦場になってるっスか! 自分が言いたいのは、暑さ対策っス!」
蔵之介は千秋の部屋の中をぐるりと見た。
「だってこの部屋、エアコンも扇風機も無いじゃないっスか。兄貴の家と違って、空調が完備されているわけじゃないんスからね!?」
千秋の家は工場並みの空調設備が設置されており、年中快適に過ごせるようになっていた。
「なるほど…… 噂に聞く、下町の猛暑に耐えられるのかどうか、心配しているわけだな?」
「そ、その言い方もどうかとは思うっスけど…… とにかく、そういうことっス」
すると千秋は何がおかしいのか、大声で笑い始めた。
「……蔵之介よ。そのことも、この本に書いておるわあ! 漢はこいつで乗り切るのよ! 目ん玉かっぽじって、よぉく見るのだ!」
千秋は『家事と喧嘩は漢の華』のあるページを開いて、蔵之介に突き出す。蔵之介はそれを見て、一瞬言葉に詰まる。
「……ひ、冷えピタで乗り切るんスか!? しかも、一日一枚の制限付きっス!」
「おうよ! 冷蔵庫の半分以上は、冷えピタよぉ!」
千秋が冷蔵庫を開けて見せると、中には冷えピタの箱がぎっしりと詰まっていた。
「こ、これはもはや、壮大な実験っスね…… もしそれで乗り切れるんなら、夏の電力不足も、しいては地球温暖化も、解決できるかもっス!!」
なぜか蔵之介の話が膨らみ、これでこの件は終わりとなった。
その後、片付けを終えると夕食は引っ越し祝いも兼ねて外食し、五右衛門風呂を満喫し、初めての一人暮らしの夜を迎えるのであった。
◇
案の定、千秋は熱帯夜に悩まされていた。
「暑いぃ…… まさか、これほどとは…… これはもはや、灼熱地獄ぅ! ……ふう」
大声で叫んだとて、暑さが静まるわけではないと思い直し、千秋は布団の上をゴロゴロと転がる。汗は止まらず、頼りの冷えピタも汗でやられたのか、すでにねっちょりとして効果を失っていた。
窓を開けたが、各部屋の室外機からの熱風が吹き込んだため、すぐに窓を閉めた。布団に横たわっていると、いつしか意識が朦朧となり、別世界に飛びかけたところで我に返った。
(ま、まずい…… このままでは凍死ならぬ、ゆで死してしまう。お、俺はどうすれば…… 漢仙人!)
彼は座禅を組み、己の心のヘルプセンターである漢仙人に強く祈る。すると、答えが返ってきた。
『ふおっふおっふぉっ、千秋よ。両の玉を氷で冷やすのだ。玉は体の中心、そこを冷やせばたまたま上手くいくであろう。 ふおっふおっふぉ』
珍しく具体的で、しかも駄洒落も織り交ぜた回答であった。早速、千秋は漢仙人の啓示に従って氷嚢を作る。
そして、おそるおそる陰部にあてた。
(こ…… これは! なんとういう……!)
千秋は衝撃を受けた。みるみるうちに、体が冷えていったのだ。そして、それと同時に今までに感じたことのない、ちょっぴり癖になりそうな感覚も湧いた。
(いける! これは、いける! ……氷嚢、陰嚢、オウ、ノウ❤️)
韻を踏む余裕も生まれた千秋は、こうして眠りにつくことが出来たのであった。
翌朝。蔵之介が様子を見に、部屋にやってきた。
「兄貴、昨夜は寝れたっスか~? 冷えピタ実験は、うまくいったんス…… か?」
蔵之介の言葉は途中で止まってしまった。というのも、大の字で寝ている千秋の股間が、びしょびしょに濡れていたのだ。
「千秋、引っ越ししたんだって? 様子を見に来たわ…… よ」
と、ちょうどそこへ知り合いの女性、まり子も現れ、彼女も部屋の中を覗くと蔵之介と同じように絶句する。
「ん、うう・・・む」
二人が固まっていると、千秋が目を覚ました。
「おう、蔵之介にまり子氏ではないか。どうした? 変な顔をして」
すると、蔵之介が指をわなわな震わせながら、千秋の股間の部分を指さした。
「あ、あにき…… 股のところが、濡れて…… まさか、寝小便、を?」
「ん? ……おおう!!」
ここで千秋も、股が濡れていることに気付く。昨夜股間に当てていた氷嚢が破け、中の水がこぼれたのだ。
「まさか、その年になって…… いくら、小学五年までおねしょしてたからって」
まり子もさらっと黒歴史をばらしつつ、信じられないという顔をする。千秋も本当の理由を説明すればよかったのだが、気が動転していたことと、冷えピタで乗り切ると豪語したこともあってか、
「こ、これはおねしょなどではない! そ、そう…… これは、喜びの汁よぉ! 漢暮らしの始まりに感極まって流れた、喜びの汁よぉ!」
と、意味不明なことを叫んだのであった。
当然、二人は信じるはずもなく、『大人になっても寝小便をした男』として暫くの間二人、特にまり子に散々いじられる羽目になったのであった。
そして、懲りた千秋はというと、股間を濡らしたその日のうちに、エアコンを買いに電気店へとダッシュしたのであった。
~おわり~
相変わらずのアホ話で恐縮です。😆
