AIマンガがつまらないのは、絵は出せてもマンガを描いていないからだ
AIで描いたマンガは、今のところ、あまり面白くない。少なくとも僕が読んだものはそうだった。同人誌でも、商業誌に載ったものでも、AIで描いたマンガと銘打たれたものをいくつか読んだ。お金も人もかけたはずの商業のものでも、やはり面白くなかった。
なぜか。AIだからではない。絵が下手だからでもない。むしろ絵だけを見れば、うまいものもある。キャラクターはきれいに描かれているし、背景も細かい。光も雰囲気もある。ぱっと見の完成度は高い。
でも、マンガとして読むと弱い。マンガを描いているのではなく、マンガの表面をなぞっているだけだからだと思う。
コマがある。吹き出しがある。キャラクターがいる。背景がある。だから一見、マンガに見える。でもマンガを成立させているのは、それだけではない。どの順番で読ませるか。どこで視線を止めるか。どの表情を見せて、どの表情を隠すか。ページをめくった瞬間に何を見せるか。読者に何を先に気づかせ、何をあとまで伏せるか。そういう判断の積み重ねが、マンガを作っている。
AIで絵が描けることが、マンガが描けることと、簡単につながってしまっている。けれど、マンガを描くというのは、そういうことではない。
この勘違いは、たぶん子どもの頃からの刷り込みでもある。ずっと絵ばかり描いている子がいると、まわりは、すごいね、マンガ家になれるんじゃない、と言う。僕たちも、たぶんそう言ってきた。絵がうまい。だからマンガ家。その回路が、知らないうちに頭に入っている。でもマンガ家になるというのは、絵が描けることとイコールではない。絵が描けても、マンガの描き方を知らなければ、マンガにはならない。
AIマンガのつまらなさも、絵の下手さが理由ではない。何を先に見せ、何を後に見せるのか。人物の感情をどの順番で動かし、読者の視線をどこへ運ぶのか。そういうマンガの見せ方ができていない。マンガの文法を知らないまま、マンガ風の絵を並べている。だから、絵は並んでいるのに、マンガとして時間が流れない。
AIマンガに感じる違和感も、これに近い。絵は出ている。コマも吹き出しもある。でも、マンガとして読者を運ぶ力が足りない。
今回、ChatGPTで32ページのマンガを作ってみた。題材は『シャーロック・ホームズ 踊る人形』である。キャラクターの設定は細かく注文した。ホームズは黒髪で細身、ワトスンは茶髪で口ひげ、ヒルトンは明るい髪の英国紳士、エルシーは金髪で繊細な女性。ページは右から左に読む。吹き出しは縦書き。19世紀英国の空気も保つ。

ただし、マンガの描き方を最初から教え込んだわけではない。どうコマを運ぶか、どの場面を大きくするか、どこで会話を切るか、どの表情を残すか。そこまでは、かなりAIに任せていた。すると、出てきた32ページは、思った以上にマンガとして成立していた。
もちろん手直しはかなりした。右から左の読順を間違える。吹き出しの話者を取り違える。紙を誰が持っているかが曖昧になる。コマの中で人物の位置関係が崩れる。修正点は山ほどあった。それでも、マンガ読みの僕がぱっと見て、これは読めない、話が破綻している、とはならなかった。
これはけっこう大きい。ChatGPTは、絵を出しているだけではない。ここでこの人物を見せる。ここで沈黙を置く。ここで紙をアップにする。ここで相手の反応を挟む。そういう、マンガの読みの流れに関わる部分まで、扱い始めている。
ただ、その一方で、AIがどこでマンガを間違えるのかもかなり見えてきた。たとえば『踊る人形』では、暗号が物語の中心になる。紙に描かれた踊る人形は、ただの不気味なマークではない。一体ずつが文字であり、それが並ぶことで文章になる。ところがAIは、それを「雰囲気のある記号」として扱ってしまう。紙の上に人形を散らしたり、壁の模様のように配置したりする。

絵としてはそれっぽい。だが、それではマンガとしては間違いである。読者は、その紙に何か意味のある文章が書かれているのだと理解しなければならない。ホームズがそれを読み、考え、解読しようとしていることが伝わらなければならない。暗号がただの装飾になった瞬間、物語の芯がぼやける。
だから最終的には、紙は白紙で描かせ、あとから暗号を合成することにした。これは単なる作業上の工夫ではない。AIに任せてよい部分と、人間が意味を管理すべき部分の切り分けである。
吹き出しの話者も、何度も取り違えた。右から左に読むマンガでは、人物の位置と吹き出しの位置が少しずれるだけで、誰が話しているのか分からなくなる。セリフの内容が正しくても、吹き出しが違う人物に寄っていれば、マンガとしては失敗する。人物の反応の順番も崩れる。まだ事件前なのに深刻な顔をしている。ショックを受けて倒れるほどの場面なのに、表情が弱い。ある人物が驚くべき場面で、別の人物が驚いている。こういうズレは、絵の上手い下手ではない。物語の時間を読めていないズレである。

結局、AIが苦手なのは「それっぽい絵」を出すことではない。むしろそれはかなりできる。難しいのは、意味を持つ細部を守ることだ。誰が紙を持っているのか。その紙には何が書かれているのか。誰がそのセリフを言っているのか。その表情は、この瞬間の感情として正しいのか。そのコマは、前のコマと次のコマの間にちゃんと置かれているのか。こうした細部は、単なるディテールではない。マンガをマンガとして読ませるための骨格である。

そうなると、マンガ家に何が残るのか、という話になる。マンガ家であることは、長いあいだ、手で証明されてきた。線が引けること。同じキャラクターを何度も描けること。背景を仕上げられること。締切までにページを埋められること。それはすごい技術だし、価値が消えるわけでもない。ただ、その手の仕事の一部は、AIに渡せるようになっていく。これまで描けないから無理とされていた領域が、大きく変わる。
けれど、マンガ家をマンガ家にしていたのは、手だけではない。何を描くべきかを知っていること。何に怒り、何に傷つき、何に笑い、何に金を払うのか。その人が生きてきた中で溜めたものが、作品に映っているかどうか。これは昔から変わっていない。
AIマンガがつまらなかった理由も、最終的にはここにあるのかもしれない。マンガの大事な部分を見落としたまま作られている。人間の顔は描けている。でも、人間が描けていない。
ここで言う人間とは、外見のことではない。怖がる。ためらう。誤解する。信じたいのに疑う。愛しているのに傷つける。そういう感情の連なりとしての人間だ。
マンガは、その時間を描くものだと思う。一枚の絵ではなく、変化を読むものだ。表情が変わる。距離が変わる。言葉が変わる。沈黙が変わる。ページをまたいで、人間の内側が少しずつ動いていく。そこがなければ、どれだけ絵がうまくても、マンガは弱い。逆に、そこがあれば、AIで描いてもつまらなくはならない。
だから僕は、これを福音だと思っている。ちょっとしか絵が描けない人。ちょっとしかマンガが描けない人。でも描きたいものがある人。自分の中に、どうしても形にしたい感情や物語を持っている人。その人が、手が追いつかないせいで諦めていたものを、出せるようになる。
技術の敷居は確実に下がっている。何かを組んだり、複雑な環境をインストールしたりしなくても、対話するだけでマンガらしきものが出てくる。32ページというまとまった量でさえ、一日で形になる。もちろん、そのままでは使えない。修正もいるし、読みの設計もいる。コマの意味を見抜く目もいる。でもそれは、描けないから始められない、とはまったく違う。
専門家を守っていた壁は、消えたのではない。場所が変わった。これまでは、絵が描けることが大きな壁だった。これからは、何を描くべきか分かっていること、出てきたものを読めること、直せること、捨てられることが、壁になる。どこが読みにくいのか。どのコマが嘘をついているのか。どのセリフが物語を止めているのか。どの表情が、その場面の感情から外れているのか。それを見抜いて直せる人が、AIをマンガの道具にできる。
マンガ家という職業は、なくならない。変わるのは職能だ。これまでマンガ家は、自分の人生や感情を作品にすることに加えて、手を動かす仕事を全部抱えていた。作画、背景、仕上げ、レイアウト、修正。その多くを、自分の身体で引き受けていた。これからは、その一部をAIに渡せる。
そのときマンガ家に残るのは、楽な仕事ではない。むしろ、中核だけが残る。何を描くのか。なぜ描くのか。どこを直し、何を捨てるのか。そのページに、人間の時間が流れているかを見抜けるか。
絵は出せる。コマも作れる。吹き出しも置ける。それでも、マンガを描くには、マンガの見せ方が分かっていなければならない。AIマンガがつまらないのは、AIのせいではない。絵だけを見て、マンガの大事な部分を見落としているからだ。
逆に言えば、そこに気づいている人にとって、AIはかなり強力な道具になる。手が届かなかった表現に、手が届くようになる。描けなかった人が、描き始められる。けれど、そのページにマンガとしての時間を流せるかどうかは、まだ人間の側に残っている。
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