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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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宇宙世紀ガンダムを見たことがないオタクがはじめて宇宙世紀ガンダムを見る

※この文章は以下の企画のため作成されたものです。

※筆者注
あらかじめ申し上げておきますが、このnoteはとても長いです。
あとガンダムのド初心者が書いているため、諸々間違っている部分もいっぱいあると思います。何卒ご了承ください。




オタク・プロフィール(読まなくていい)

・これまで見た主なロボットアニメ
機動戦士ガンダム 水星の魔女
エヴァシリーズ(新旧どっちも)
コードギアス 反逆のルルーシュ(R2まで)
STAR DRIVER 輝きのタクト

・視聴前のアムロへのイメージ
コナンの作者にやたら気に入られている。

・視聴前のシャアへのイメージ
雑な版権コラボによく出ている。

・宇宙世紀ガンダムを見なかった理由
本当に興味がなかったため。

機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-

知人に誘われて鑑賞。テレビ放映の先行版だということで正直あまり気は進まなかったが、竹先生の設定画の特典が欲しかったので映画館に足を運んだ。ほとんど情報を入れていなかったため、この時は「水星の魔女」のような、いわゆるオルタナティブガンダム(その言葉も知らなかったが……)ものだと思っていた。

ビギニングパートははっきり言って全く意味が分からなかった。映画でここまで「面白い」「面白くない」とかでなく、「わけが分からない」となるのは2001年宇宙の旅の終盤以来だった。以下は個人的なハイライト。

・タイトルバックの表示とともに例のSEが流れた時、場内が笑いに包まれたが、観客が笑っている理由が一切分からず、並のホラー映画より怖い思いをした。
・シャリアブルのことはジークアクスからのオリキャラだと思っていた。こんな古いキャラデザで髪の毛が真緑のキャラがいるわけがないから。
・キシリアが出てきた時に「あの変なヘルメット被ってるのってシャアだけじゃないんだー!」とびっくりした。

ジークアクスパートについては、急に絵柄が変わったことにはおののいたものの、普通に映画として楽しめた。

上映後は「シャアってガンダム乗ってたっけ?」から始まり、同行していた知人を質問責めにしてしまった。「そもそもジークアクスの白いガンダムと『本物』(いわゆるRX-78-2)は顔が全く違う」と言われて、見比べてみたけど、違いがよく分からなかった。ジャンルに疎いやつの理解度なんてこんなものである。

帰宅後に、Youtubeで初代ガンダムの第一話を見た。映画の中で一番かっこいいと思った木陰から鳥が飛び立ち、ザクのモノアイが周囲を見渡すカットが本家からまるっと持ってきたものだと知って絶句。

その後、テレビ放送まで特に情報収集などはしていなかったが、ネタバレが解禁になったあたりで色んな人がシャアがガンダムに乗った話をしており、徐々に事態の重さは理解してきた。また、白いガンダムとRX-78-2の比較画像もいっぱい流れてきたため、2つのМSの見分けもつくようになった。

機動戦士Gundam GQuuuuuuX

映画でも見た部分に関してはかなり流し見でいたものの、第4話の人妻撃墜王a.k.a.シイコさんのエピソードに心を掴まれ、気がつけば夢中で話を追っていた。

作中で大量に出てくる固有名詞については、実況時のログを参照することで対応していた。
具体的にどうしたかというと、自分の知らないワードが出てきた時のタイムログを見て、ガノタが「これ○○じゃん!」というような反応をしていたら既存作からの流用ワードであり、「なにこれ!?」みたいな反応のみだったらジークアクス独自のもの、という識別方法を取っていた。
炭鉱のカナリヤ、ジークアクスのガノタ。

また、固有名詞を除いても1話1話の情報量が非常に多かったので、毎話ごとの情報整理は正直骨が折れた。
これについては普段たむろっているdiscord内での、ガンダム有識者の人たちとの情報交換や、その人たちが書いていたnoteのおかげでかろうじてついていけていた感がある。面白い作品だったことは間違いないが、リアルタイムで作品を追いかけられた熱量も含めて、これらがなかったら正直完走できていたかは分からない。
下のリンクはdiscord内のガンダム有識者の人が書いたnoteです。お世話になりました。

でもやっぱり、ジークアクスは作品として好きだ。とにかく作品全体にでたらめなパワーがみなぎっていた。
急にインターネットをバスク・オムが占領したこととか、ドゥームラサメのビジュアルがすごいドツボだったのにサイコガンダム諸共一瞬で沈められたこととか、毒がやたら強かったこととか、マチュが地球に降りたタイミングでアポカリプスホテル(※同クールにやっていた最高のアニメ)でも大気圏突入をしていたこととか、シャアの変身バンクで笑いが止まらなくなって一時停止したこととか、全部自分の中ではキラキラな思い出だ。
…………こうして列挙すると、変なアニメだなあ。

こうなってくるとだんだんと作品の世界観――つまり宇宙世紀ガンダムについて――も知っておかなければ……という気持ちになり、本編と並行して情報を集め始めた。オモコロのガンダム解説動画(ヘッダー画像のやつです)は入門編として非常にお世話になった。
discord内ではジークアクスをリアタイしながら、並行して1stやZにも手を出す勇者の姿が散見されたが、自分はジークアクスで手一杯なこともあり、流石にそこまでは……と考えていた。

しかし、TMネットワークの音楽と共に『本物のガンダム』が宇宙から飛来し、ピクチャーインピクチャーみたいな感じで『向こうの宇宙』の映像を見せられた時に、宇宙世紀ガンダムを見なくてはいけないという圧のようなものを作品から受け取ってしまった。
この頃の自分は「ジークアクスは面白いけど、宇宙世紀ガンダムが面白いかどうかはまだ分かんないしぃ……」くらいのテンションだったのでぶっちゃけ1stもZも映画で済ませたかったが、「Zは映画だと結末がテレビ版と違う」「ジークアクスの元ネタを拾いたかったら1stはテレビ版を観ろ」という先人のアドバイスを受け、どちらもテレビ版を見ることにした。

そうして春アニメが終わった頃から、ひたすらにアマプラでガンダムのアニメを見続ける日々が始まった……。

機動戦士ガンダム(テレビ版)

一番面白かったのは、避難民や一般兵が単なる脇役の域を超えていて、彼らのエピソードもしっかりと描かれているところ。こういう話は映画版だとオミットされている可能性が高そうなので、テレビ版を見て良かった、と思った最大のポイントだ。
特に印象に残っているのは、8話に出てくる避難民の親子のエピソードだ。ひとつの短編になりそうなぐらいの話なのに、あくまでアムロたちの攻防の脇で描写するところがカッケェ〜と痺れた。

また、ガンダムが出動するシークエンスひとつ取っても、前の話でホワイトベースが被弾していると「カタパルトが壊れていて発進ができません!」「何分あれば直せるんだ!」みたいなやり取りが挟まるのはユニークだと思った。
これが後続のZになると、アーガマがどれだけ被弾していても、MSの発進シーンはスムーズに行われる。その辺りも含めて、普通のロボットアニメとは別のところにリアリティラインを置いているんだ……と強く感じた。

主要キャラクターで言うと、まずシャアの出番がここまであるとは思わなかった。
目立つ役どころなのは知っていたが、なにせ士官なので、早々前線には出ないだろうと見る前は思っていた。例えるなら、初代ポケモンのピカチュウ(たまに出てくる目立つやつ)くらいのポジションと予想していた。
それなのに、めちゃくちゃな頻度で敵として前線に出てくる。お前ってポッポとかコラッタのポジションなのかよ。しかも第2話でもうセイラさんにシャアということがバレているし。3倍速いって機体速度のことだけじゃないんだ。全部じゃん!

その一方で、あれだけ取りざたされているララァの出番は予想よりずっと少なかったのでびっくりした。シャアの異名は「赤い彗星」だが、ララァの方が彗星のようなスピードで現れ、そして消えていってしまった……。むしろキャラクターとしてのシャアは、このあとのZや逆シャアなども含めると、彼を中心に話が回っていく、北極星のような人だと感じた。
また、ランバ・ラルさん周辺のエピソードは好きだ。ジークアクスでは最終回にちょろっとだけ出てきた(という噂がある)のでお噂はかねがね……と思っていたが、嫌いになる要素がない。ある人は1stについて「軍記物語のような雰囲気がある」と感想で書いていたが、その要素を一番色濃く受け継いでいるキャラクターだと思う。ハモンさん共々好き。

しかし、これは個人的な事情なので言っても仕方がないのだが、ジークアクス放送中に宇宙世紀の情報を集めていく中で、1stのストーリーの大筋は知ってしまっていた。そのため、「先のあらすじを知りたい」という、コンテンツを追うための大目的がないまま視聴を続けていくこととなった。
さらに、次回予告が大体のキャラクターの去就をネタバレしてくるのもかなり気が挫ける要因だった。
「こいつが死ぬのは知っているけど、どのタイミングで死ぬのかは分からない」という人でも、次回予告さんが軒並み1話前に「次で死にま〜す」と宣言してくるのだ。ふざけんなよお前。
そのくせリュウさんの死だけは伏せたのも腹が立つ。全部言うか全部言わないかのどっちかに統一してくれよ。

その上、自分が1stを見進める上で一番辛かったのは、地球連邦軍を応援してくる気がサッパリ湧いてこないところだ。
なにせジオンが勝ったジークアクス世界ですら、ニャアンを初めとしたスペースノイドの人たちは苦汁をなめさせられていた。そうなると連邦軍が勝ったら、より一層スペースノイドがひどい目に遭うことがこの時点で予想できてしまう。

また、初期はホワイトベースに対して「民間人の寄せ集め」と塩対応だったのに、アムロが八面六臂の活躍を見せたら掌を返すように子供たちを正規兵に仕立て上げた連邦軍のやり口も気に食わなかった。アムロのお母さんの家を連邦軍のモブ兵が不法占拠していたのも、ものすごく嫌だった。
そして1st自体が、繰り返し繰り返し「戦争そのものの虚しさ」を訴えてくると、余計に「どっちが勝ったってさぁ〜!!!」という気持ちになってしまう。多分、それが制作陣の意図通りの感想だとは思うんだけど……。

機動戦士ガンダムZ(テレビ版)

一旦カミーユの話だけするターンをください

Zガンダムで一番好きなのが、20話のカミーユがハッチを開けて、フォウに自分のことを語り出すシーンだ。

幼馴染の子が母親代わりに僕に言うんだよな
「爪を噛むくせを止めなさいカミーユ」って
いつもだ、「カミーユ、止めなさい」って
……僕にはそれが嫌だった
だってさ、カミーユってのは女の子の名前だ
大嫌いだったよ、ずうっと
そう、だから僕は空手をやった
ホモ・アビスもやったし、モビルスーツを作ったりもした
男の証明を手に入れたかったんだ……
……俺……俺は…………なにを喋ってるんだ?

機動戦士Zガンダム 第20話より

正直、上でカミーユが語っていることは、本編をしっかり見ていれば視聴者には伝わっている。ここで一番大事なのは、カミーユがそれを初めて、自分の言葉で誰かに話したことだ。
「男の証明を手に入れたかった」というカミーユの言葉の裏には、「そうやって現実に抵抗している自分を誰かに分かってもらいたかった」という真意が隠れている。けれど、そのことをカミーユは認めることができない。それを認めてしまうことは、ある種の「強さ」から遠ざかってしまうことだから。でもカミーユは一歩踏み出したのだ。……いいシーンだなあ!!!!!!!!!!!
この話以降のカミーユは初期のハリネズミ状態から完全に反転して、「どんな人間でも一旦は信じてみる」というスタンスにはっきりと舵を切る。シロッコに陶酔しているティターンズのスパイにも、突如自分の妹を名乗り出す不審者でさえ、カミーユは対話を試みる。歩み寄ろうとする。それなのに、カミーユの試みはことごとく裏切られる。それはカミーユが悪いのではなく、宇宙世紀の世界があまりにも過酷だからだ。
仮にカミーユがいたのがプリパラとかだったら、カミーユのスタンスはなんの問題もなく受け入れられていたであろう。カミーユはなにも悪くない!!!!

その上カミーユの特異な点として、「戦争状態に適応しない」というのがある。これはニュータイプとしての性質もいくらかは関与しているかもしれないが、自分はカミーユという人間そのもののサガみたいなものだと思っている。
あらゆるキャラクターが漫然と殺すか殺されるかという日常を受け入れていく中で、カミーユは相手が非道な作戦を取れば動揺するし、見知った相手と戦うのをギリギリまで拒否する。
ハマーンはカミーユに対して「俗物」と吐き捨てるが、自分から言わせてもらえば、むしろ命のやり取りを受け入れているハマーン達の方がよほど俗物である。良くも悪くも、カミーユはイレギュラーなのだ。

最終話でカミーユがあんなことになってしまったのは、もちろんシロッコが「お前の心も連れていく」と言っていたことも関わっているのだろう。でもその前から、カミーユの心は、とっくのとうにボロボロだった。
49話でエマと会話をしながら無意識にヘルメットのバイザーを上げたシーンが本当に悲しくて、もうやめて、という気持ちになった。その上、カミーユはその直後、エマの死に直面してしまう。エマの亡骸をなにも言わずに整えてあげているカミーユのシーンを見て、胸がギュッとなった。こんな……10代の子を……なんでカミーユがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!?!?!?

本題に戻ります

というわけで、Zガンダムである。

事前の噂だと「主人公がヤバい」「話が暗い」ということで、かなり恐る恐る見始めたのだが、主人公であるカミーユに対しては……最終的には上のような長文を書けるほどに、大好きなキャラになった。
生来の逆張り気質が災いして主人公ポジションのキャラが一番好き、となることはあまりないのだが、カミーユはZガンダムの登場人物の中でも、あらゆるフィクションものの主人公キャラクターの中でも大好きなキャラだ。
また、話全体に関しても、確かに強化人間の設定やティターンズ(主にバスク・オム)の残虐さ、終盤のネームドキャラクターの退場ラッシュなど暗い部分もあったが、非戦闘シーンなどで息を抜ける場面もあり、作品全体が暗いとは思わなかった。むしろ1stの方が戦闘戦闘また戦闘という感じで、緊迫感があったように思う。

話はそれるが、自分は映像作品で暗いものと言えば真っ先に大河ドラマが思い浮かぶので、もしかしたら大河ドラマを観たことで暗い話への耐性がついたのかもしれない。大河ドラマもしょっちゅう裏切りが発生するし、作品によってはバンバン重要人物が退場するので。むしろ、大河ドラマ側がガンダムを参考にしてたりするのかな、と思ったりもした。

閑話休題。

ここまでMSの話をろくにしていなかったが、ZガンダムはMS戦も1stに比べて見応えがあった。1stも昔のアニメにしては頑張っていた方だとは思うが、なにせアムロとガンダムの組み合わせが不沈艦すぎて、どんな相手でも大抵アッサリ勝ってしまうので……。
個人的にはジークアクスでは秒で沈められてしまったハンブラビがしっかり凶悪な性能を発揮していたのが嬉しかった。こいつのせいで電流責めの性癖に目覚めたガキが当時どれだけいたんだろうか。
キュベレイもデザインがカッコいいし強いしで好きだ。百式は最初は学マスのふざけた衣装かよ、と思っていたが、アニメ内だと「百」の字がフォントではなく手書きでそれが妙に可愛らしく、登場頻度の多さも相まってじわじわと好きになっていった。
ハンブラビやZガンダムを筆頭に、可変機がいっぱい出てくるのも「販促するぞ!!!」という気概を感じられて好きだ。ジークアクスのキケロガとの繋がりも感じられ、曲がりなりにも元の時空は同じなのだなあ……と開発ツリーに想いを馳せたりもした。でも今考えるとZの可変機たちはMA部分がそのままMSに変形するけど、キケロガはMA部分を残したままMSの部分がニュって出てくるな。……あいつなに?

見づらかったな〜という部分は、ジークアクスからの固有名詞の多さだ。
出てきた言葉の意味をうっかり調べるとネタバレを食らうので、字幕をオンにして、ざっくりと味方のもの/敵のもの/その他(地名とか)という分け方で見ていった。そのため、メイルストローム作戦とか、作中で説明タイムがあったけど未だに意味がよく分かっていない。
МSについても、1stを全話見てようやく「連邦顔」「ジオン顔」の区別がつくようになったと思ったら、初っ端からエゥーゴもティターンズもリック・ディアスに乗っており、かなり絶望した。

あとこれは1stから思っていたが、軍隊の中に子供を置いておくのって子供当人のことを考えると絶対良くないと思う。1stの時はホワイトベースに逃げ込んだ民間人の中に子供が混じっていたという建前があったものの、Zは中盤くらいでクワトロがヌルっとアーガマに連れ込んできたので、余計にどうなんだ……と思うところがあった。
その上連れ込んだ当人であるクワトロはろくに彼らと触れ合うことはなく、ファが子供たちの世話役に回されることが多いのも、個人的には嫌だった。
ファといえばエンディングが印象的だが、カミーユとは終始気持ちがすれ違っていたし、MSに乗っても大抵負け戦だったし、そもそも本編に出てこない時期が結構長かったりと、相当不憫な扱いを受けていた印象がある。
1stのフラウも似たようなところがあったし、全体的にこのシリーズは幼馴染ポジションの女性に冷たい。

あと、暴力行為を「修正」という名前でごまかすのはシンプルに悪い。2025年にこの手つきを見るとブラック企業やあるいはオウム辺りが思い浮かぶけど、制作年的には連合赤軍などの新左翼を意識した描写なんだろうか……?

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア

このnoteを書いている時点で最後に見たガンダムがこれだ。
まず印象的だったのは、画面のリッチさ。単純に1stやZと比べて、かけているコストが段違いだ、と感じた。また、劇伴も全体的に壮大な雰囲気でかっこよかった。
また、Zのごちゃまぜ状態から一転して、ロンド・ベル組は連邦顔のMSを、ネオ・ジオン組はジオン顔のMSを使ってくれていたのも、個人的に嬉しいポイントだった。正直未だに個々のMSの区別が難しい時があるから、こういう配慮があると素人してはありがたい。

キャラクターで言うと、意外だったのはミライの婚約者であるカムランさんの再登場だ。
カムランさんといえば、1stにてミライさんに冷たくあしらわれていたのがめちゃくちゃ印象に残っていた(その上この時のミライさんは自分をぶん殴ったスレッガーに惚れていた。なんでだよ)ので、ここでしっかりと活躍の目が与えられていたのはなんとなくホッとした。彼がジークアクスで顔見せした理由もここで合点が行った。まあゲーツ・キャパとかなんで再登場したのか分からないキャラもジークアクスには結構いるけど……。

一方で、物語を引っ張るキャラの一人である、クェス……彼女については少なくとも鑑賞中は、かなり困惑させられた。
いや、彼女の行動原理は全て作中で説明されている。母親と対立している一方で、父親とは仲よくやっているものの、もっと自分を見てほしいとも感じている。だから大人の男性であるアムロやシャアに興味を示し、チェーンやナナイには反発する。ハサウェイやギュネイは彼女にとっては父親の代わりにはなりえないので、ああいう対応になる。理解はできる……。でも見ている間は脳内で整理する間もなく次々とクェスが突飛な行動を起こすので、「えーっ!?」と思っている間にまたクェスがなんかする、の繰り返しだった。

クェスに限らず、逆シャアは結構変なシーンが多い。例えば逆シャアといえば、アムロがシャアを巴投げするシーンが有名だ。画像もGIFも山ほど見たし、なんならジークアクスでも擦られていた。
なので、シャアがどこかでアムロに巴投げされるのは知っていた……のだが、そのシーンの前に、シャアはなぜか馬で逃げている。なんで馬!?そして車で来ているアムロと鉢合わせて、当然爆速で追いつかれる。当たり前だ。
馬で逃げてるシャアもめちゃくちゃ面白いのに、巴投げされているシャアがあまりにインパクトがありすぎて、馬で逃げるシャアが大して話題になっていないの、全部が変だ。お笑いのオタク風に言うなら、馬で逃げるシャアは出順に恵まれていなかったとしか言いようがない。

また、最後の展開についても、アムロもシャアも一切お互いの主張を曲げず、平たく言えばレスバトルしている間にサイコフレームの光で行方不明になってしまったのが衝撃だった。
その上、土壇場になってシャアが「ララァは私の母になってくれるかもしれない女性だった」「サイコフレームを横流ししたのは自分だ」とか言うので、話がどんどんズレていく。そういう大事な話って隕石に押しつけられながらするもんじゃないだろ。
少なくともアクシズ落としによって地球が滅びることだけは免れたが、アムロとシャアの対立の行方とか、そういう部分は放り出したままBEYOND THE TIME(4ヶ月ぶり2回目)が流れてきたので、ポカーン……としたままエンドロールを眺めていた。
……これジークアクスのBEYOND THE TIMEの時も似たような感じだったな。

ちなみに、アムロとシャアのMSバトルに対しての感想は、自分の中のバイブルである、『猫の地球儀』の引用をもって代えさせて頂こうと思う。これは逆シャアのみならず、ここまで見た全てのMS同士の戦いに対しても適用できる言葉だと思っているので……。

作戦なんて二度目三度目のケンカからのもんだし、そんなもんが少しでもからみ始めたが最後、それはもう本当の勝負じゃあなくなっちまうんだ。
どこの誰ともわからない、(中略)まるで得体の知れない「そいつ」とやり合う最初の一回目だけが本当の勝負だ。
それ以降はみんな求愛ダンスみたいなもんさ。
相手のことは何もわからない、手のうちも知らない、だから作戦も立たなきゃ同情のしようもない、同情のしようがないからどんなことをしてでも相手に勝ちたいと思う、そういう最初の一回目だけが本当の真剣勝負なんだよ。

『猫の地球儀』1巻より 改行・強調は筆者によるもの

おわりに

好きの反対は無関心とはよく言ったもので、自分はジークアクスを見るまで、ガンダムというIPにこれっぽっちも興味がなかった。
水星の魔女を見たのはたまたま……というか、主人公の学校の制服がハーフパンツで、自分はハーフパンツが好きだからという、すごく浅い理由だ。そして水星の魔女は単独作品として楽しんだがそれきりで、ガンダムの他作品に触れようとは思わないまま、日々を過ごしていた。
しかし、今年に入り、あの訳のわからなかった映画――機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning- ――がきっかけで、いつの間にか自分がこんなところまで来ることになるとは、思っても見なかった。

このnoteを書き終えたら、まずはジークアクスを見直したい。自分が最初に見たジークアクスを見た時は、ガンダムの知識がほとんどないままだった。今の自分がジークアクスを見たら、きっとまた新しい面が見えてくるはずだ。それが楽しみでたまらない。
他のガンダム作品も見進めていきたい。
目下のところ、カミーユが出てくるという噂を聞いているので、ZZは見るつもりだ。ポケットの中の戦争も見たい。オルタナティブにはなるが、菅野よう子の劇伴が好きなので∀ガンダムもいつかは見たい。しかし噂によるとある程度ガンダム作品を見ていないと楽しめないらしいので、どのタイミングで見たらいいのかは正直よく分かってない。
まだまだ知らないガンダムがいっぱいある!

最後に、こんな長文をここまで読んでくれた方と、こんな長文を書くところまで自分を連れてきてくれたガンダムの各作品――ジークアクス、1st、Z、逆シャア――に、改めてお礼をいいたい。
ありがとう。


蛇足のコーナー


ジークアクス最大のどんでん返し担当と言えば、やはりシャリア・ブルを置いて他にいないだろう。モノローグ、OPのカット、シャアのことを考えると前髪が一房落ちるという謎のギミックなどを駆使して最終話まで視聴者を騙しきった。

シャリアが作中でやろうとしていたこと――それは、「ニュータイプがよりよく生きられる世の中」を創ること。具体的にいうと、ザビ家独裁体制の解体と、アルテイシアの擁立によるジオン国家の新体制の確立、それに伴うシャア・アズナブルの排除、この三つをジークアクス(に搭載されたエンディミオンユニット)の力を借りながら行うことだった。
シャリアは最終盤、キケロガでかつてのMAVであり上官でもあるシャアにビームをぶっ放しながらこう語る。
「あなたがジオンを率いるのは危険だ!地球に住む人類の粛清にいずれたどり着く!」

シャリアの主張は、宇宙世紀ガンダムを見てきた視聴者からすれば「そらそうよ」と納得のいくものだったかもしれない。
自分はリアタイ時は、シャリアの言動にただただ驚くばかりだったが……。
ここでひとつ、疑問を呈したい。

シャリア・ブルの発言はどこまでが「本物」なのだろうか?

ジークアクスのテーマの一つは、「本物と偽物」である。
そもそも、GQ世界の全てがある種の「偽物」である、という見方もできるかもしれない。赤いガンダムとRX-78-2などは分かりやすい例だ。
その場合、GQ世界のシャリア・ブルの「本物」にあたる人物は誰なのだろうか?
……普通に考えれば、1stのシャリア・ブルであろう。
しかし、自分は敢えてこれに異議を申し立てたい。
GQ世界のシャリア・ブルと対になる「本物」は、クワトロ・バジーナ――Zガンダムのシャア・アズナブルである、と。

Zガンダムにおけるクワトロ・バジーナは反地球連邦エゥーゴの軍人であり、その目的はアースノイド至上主義をかかげるティターンズの殲滅であった。
……が、クワトロは、どうにも言動がフラフラしている。言ってしまえば、人として軸がぶれている。カミーユにもそれを指摘されている(あまつさえ複数回顔面をグーでいかれる)

クワトロの言動が一番ブレるのが、アクシズのハマーンと対面する場面だ。
ここでエゥーゴはティターンズ殲滅のために、一時的にアクシズと手を組もうとする。しかしクワトロは幼いミネバが君主主義に染まっていることを知るやいなやハマーンに激怒し、交渉は決裂する。
その後、エゥーゴの面々がアクシズに軟禁される中、クワトロが(唯一話しかけられたであろう)カミーユに脱走を持ちかけるも拒否され、逆ギレしてカミーユに殴りかかるくだりは、クワトロのどうしようもなさが漂う屈指の名シーンだ。

なぜクワトロは交渉をぶん投げてまでハマーンにキレてかかったのか。
それは、子供であるミネバを政治に利用したからだ。
ミネバはザビ家の末裔であるものの、出生とは関係のない人生を送ってほしい、と願うくらいにはクワトロはミネバに親愛の感情があったらしい。また、クワトロはハマーンと個人的にも親しかった時期があるようなのだが、どうもミネバの養育方針を巡って決裂したような描写がある。
クワトロの情の深さと、それ故の迷いが際立ついいエピソードだ。

話をジークアクスに戻すと、シャリアもどうにも人として軸がぶれている描写が多い。
ニュータイプがよりよく生きられる世の中を作りたい、と宣言しながら、ニュータイプであるマチュやエグザベを自分の目的のために利用する。表面上の態度こそ温和ではあるが、対抗勢力への手段はかなり強引なので、コモリ少尉からは警戒されている。
そして最終話、シャリアはシャアと対立する。シャリアは言う。すでにザビ家亡きあとのジオンにはアルテイシアを擁立する準備ができている。あなたがジオンを率いるのは危険だ、と。
……本当にそれだけが理由なのだろうか?

先ほど自分は、GQ世界のシャリア・ブルと対になる人物は1stのシャリアではなく、クワトロだと述べた。
では、GQ世界のシャアと対になる人物は誰だろうか?
クワトロが政治から遠ざけたかった人物。普通の人生を送ってほしいと願った子供。
……そう、ミネバだ。
しかし、Zガンダムはジークアクスと比べて、格段に登場人物が多い。ここで、自分はGQ世界のシャアの第二のポジションを提案する。
すなわち、かつてクワトロと同志だったが、道を違えた人間。ハマーン・カーンだ。
つまり、GQ世界のシャアは、Zガンダムにおけるミネバとハマーンの両方の性質を併せ持っている。
そして、シャリアの真の目的は、道を違えたかつての同志――シャア(≒ハマーン)との決着をつけ、無垢に生きられるはずの子供――シャア(≒ミネバ)を普通の世界へと連れ出すことだったのだ。

Zガンダムのクワトロは、ミネバの救出に失敗したまま、カミーユを実質的に失い、そしてハマーンとの決着に敗れる。四肢をもがれ、宙に浮かぶ百式がZガンダムのラストカットだ。
しかしシャリアは、シャアとの決着こそキケロガの大破という結果で終わるものの、彼を「赤い彗星」の立場から解き放つことには成功する。そして、ニャアンとの和解も、ララァを助けることも、シュウジへの恋も何一つとして諦めず、ジークアクスと共に立ち向かうマチュの姿に「本物のニュータイプ」の姿を見出すことができた。ついでに己の宙ぶらりんな態度に対しても、エグザベ君に怒られたことで省みる機会を与えられた。……最後のは、シャリアの本意では全然なかっただろうけど。

ジークアクス世界のシャアは、宇宙世紀のカルマから解放され、一人の人間として生きていく機会を得た。
一方、もしもクワトロが人類への希望を失わずにあの世界に居続けたら……というifは、ジークアクスのラストカット、シャアのような仮面をつけたシャリアに見いだせるのかもしれない。

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