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偏差値30台からの広尾学園小石川中学AG合格への軌跡 ‐ 第2回 インターと公立小の併学は成り立つのか?我が家の実体験と勉強の進め方

 前回は記録を書き始めた経緯と「英語受験を考えた理由」についてまとめました。
 今回は、第2回としてインターナショナルスクールと公立小学校の併学という形をとって、どう勉強を進めたかを書いていきます。

 ただ実際には、この併学という進め方と同時に、我が家にとって大きなテーマとなったのは、
「勉強を進める中で、親は子どもの学習にどこまで関わればよいのか」という点でした。

 特に、英語は任せるしかなかった一方で、算数については関わろうと思えばいくらでも関われる。
 その違いの中で、どこまで口を出すべきか、どこで任せるべきか、最後まで悩み続けることになりました。

 本記事では、併学という環境の実体験とあわせて、そうした試行錯誤の過程についても書いていきます。


1 通った学校と塾

 小学校は、少し特殊な通い方をしました。
· ① 小学1年生~6年生:日本の区立小学校
· ② 小学2年生~6年生1学期:北米式カリキュラムのインターナショナルスクール
 具体的には、区立小学校に入学し、1年生と2年生の1学期まで通学
 その後、小学校に在籍のまま、インターナショナルスクールに2年生の1学期(アメリカは9月から学校が始まります)から入学し、区立小学校へはインターナショナルスクールが休みの日に通いました。
 そして、6年生の12月にインターを退学し、再び区立小学校に卒業まで通いました。
 
 塾は、
· 小学1~3年生:サピックス
· 小学4年生:早稲田アカデミー
· 小学5~6年生:ena国際部・帰国子女アカデミー
 4年生までは一般的な4科受験の塾に行き、
 5年生からは国際生(帰国生)入試のための塾に切り替えました。

2 勉強の進め方

 基本は、「塾の復習と宿題をやっていく」というスタイルですすめました。
 インターナショナルスクールの勉強は、宿題のみやって復習予習はしませんでした。
 インターの宿題は、週末に出されるエッセイ以外は易しいものだったので、できるだけ学校の休み時間中に終わらせるようにさせていました。
 ただし、インターの学習をなおざりにするわけではなく、国際生入試では成績表の提出を求められる学校もあるため、少なくとも宿題は確実にこなしておくことが必要です。
 
 家庭での学習については、学年ごとに変えていました。

〇小学1~2年生


 学習習慣の定着を最優先にしました。
算数・国語の基礎力を付けていくため、
塾のテキストのうち漢字と計算を毎日決まった時間に行い、
「勉強することが当たり前」という状態を作ることを意識しました。

 またこの時期から、日本人としてのアイデンティティ形成の土台として、
日本語を正しく読めるようにするため漢字学習を強く意識しました。
 漢字は日本語で書かれた情報を理解するための基礎であり、
日本を深く理解するための必要不可欠なツールと考えたからです。

〇小学3~4年生


 漢字・計算は、継続しつつ、文章題の基礎に取り組みました。
 本人の気分しだいで使える時間の制約をかなり受けましたが「できる範囲で繰り返す」ことを重視しました。
 またこの時期は、社会の学習も大切にしました。
 日本列島の地形や気候、各地域の特色といった「日本のどこに何があり、その土地で人々がどう暮らしているかという『地図(地名)とセットの常識』」を身につけさせることを意識しました。

〇小学5~6年生


 基本的に3~4年と同じスタンスですが、塾の学習は国際生受験に焦点を定め、社会・理科は止めて英語・国語・算数の3科目に絞りました。
 算数は、基本問題に加えて、難度が少し高い練習問題にも取り組むようにしました。
 国語は、漢字に加え、語彙力(ことわざ、故事成語、四字熟語、対義語・類義語など)にも力を入れ、文章題は応用レベルの中からいくつかに絞って解くようにしました。
 英語は、本人に任せていましたが、帰国子女アカデミーのエッセイ課題が本格的なものであったため、
 提出期限の2~3日前からは、ena国際部塾から帰宅後、息子は、毎日夜12時頃まで取り組んでいました。

 なお、社会については、塾での学習は止めましたが、
 家族の気分転換も兼ねて日本各地に旅に出て、地形や産業、歴史を体感させることを意識しました。
 例えば、火山地形(阿蘇・洞爺)や瀬戸内海の地形、雪解け水と農業の関係(十日町)、歴史的な出来事(大阪城・広島・熊本城)、宗教観(伊勢)などです。
 実際にその場を見ることで、理解が深まることを期待していましたが、
少なくとも旅の思い出として残ればそれでも良いと思いました。

3 英語との向き合い方


 先にも書きましたが、英語については、私は教えられないので、ほとんど関与していません。
 できたことは、「宿題をやったか」の確認と「やりなさい」という声かけだけでした。
 学習内容や進め方については、すべて本人に任せていました。

 結果的にこれが本人には合っていたようで、
 算数や国語と比べると、英語は自分から取り組む姿勢が強かったと感じています。
 親がかかわりすぎなかったことが、逆に主体性につながったのかもしれません。

 また、英語については本人に任せていたとはいえ、
インターナショナルスクールに入学した時には、英語は初心者でしたので、

英語力が十分でない生徒を対象とした  
EAL (English as an Additional Language)支援により、
直接的なサポートを受けました。

 その結果、3年生になった時には、サポートなしで通常の授業に参加できるようになりました。
 
 英語ができるようになったのは、本人の努力だけでなく、
こうした環境の支えがあったことも大きかったと感じています。

4 インターナショナルスクールと区立小学校の併学


 インターナショナルスクールと区立小学校を併学した理由は、2つあります。
 1つは、日本の小学校での集団生活を通じて、日本人としての基礎となる社会性を身につけてほしいと考えたためです。
 もう1つは、日本型教育とアメリカ型教育の違いを実体験として感じてほしかったからです。
 
 ただし、このような通い方は制度として確立されたものではなく、
対応は各小学校の判断に委ねられているのが実情です。
 
 我が家の場合は、区立小学校の校長先生のご理解により、
 定期的に連絡することを条件に、
小学校に籍を残してインターが休みの日に登校するという形を認めていただき実現できました。
 
 また、この併学が結果として成り立った最大の理由は、
 息子にとって区立小学校は、
1年生から約1年4ヶ月通った「最初の居場所」であったことだと思います。
 
 ここには、息子の友達がいて、学校での過ごし方も身についていたため、
 インターの休暇期間、小学校へ行く時に「全く新しい場所に入っていく」という状況にはならず、
 心理的なハードルは、ある程度抑えられていました。 
 
 実際、最初は本人なりに不安がありましたが、顔見知りの友達がいることで、結果としてスムーズに入っていくことができました。
 
 ただし、それでも学年が変わりクラス替えがあった際には、
新しい集団に途中から入ることへの抵抗があり、登校をためらう様子も見られました。
 
 この経験からも、「どのタイミングで入るか」が子どもにとって大きな意味を持つことを実感しました。
 
 一方で、インター同級生の複数の親御さんが、私たちの話を聞いて、同じような形を試みたのですが、
全く異なる難しさがあることも分かりました。
 
 まず、息子と同じように区立小学校に入学後、3年生時にインターに転校してきた子ですが、
 その小学校は籍を置いたままにして、インターを通学校とする併学を認めてくれませんでした。
 親には、子供に義務教育を受けさせる義務があるという理由からです。
 結果的にこの親御さんは、小学校との併学を諦めました。
 
 また、認めてくれた学校もありました。
 ただ、その子は、インター3年生の時に、日本の小学校への通学を試みたのですが、
 全く初めての場所であり、既に友達コミュニティーがあるクラスに一人で入っていくゼロからのスタートとなるうえに、
 授業は、あまり得意ではない日本語で進むため、学習面での負担も生じました。
 このため短期間の通学では、なかなか馴染めず、インターが休みの夏と冬の2回通ったのですが、
それ以降は、行かなくなりました。
 
 こうした違いから感じたのは、
併学という形は、単に制度上可能かどうかではなく、子どもにとって「どこに慣れた環境があるか」によって大きく難易度が変わるということです。
 
 また、実務的な面での負担も少なくありませんでした。
 登校日の調整や電話のみの連絡手段、持ち物の把握など、日常的に通っていないからこその難しさがあり、
息子にとっても戸惑いを感じる場面もありました。
 
 最終的には、明確な正解があってこの形に至ったわけではなく、
その時々の状況の中で判断を重ねてきた結果です。
 
 併学という選択は、一般的なケースではありませんが、
同じように学び方を模索しているご家庭にとって、何かしら参考になる部分があればと思います。

5 親の判断と迷い


 振り返ると、インターナショナルスクールに通わせるか、日本の学校との接点をどの程度残すか、
そして勉強にどこまで親が関与するかについて、我が家は常に試行錯誤の連続でした。
 明確な正解があったわけではなく、その時々で「何を優先するか」を考えながら判断してきたように思います。

 その中でも最後まで悩んだのが、英語と算数・国語への関わり方でした。
特に算数へのかかわり方については、かなり悩みました。
 
 英語については、私はほとんど教えることができませんでした。
 自分自身が英語で仕事や生活した経験がないため、
 何をどう教えればいいのか分からなかったからです。
 
 一方で、算数については違いました。
 自分自身がやってきた経験がある分、「ここはこうすればいい」「これはこう考えるんだ」と、教えることができます。
 だからこそ、つい口を出してしまう。
 「なるべく早く理解させたい」と思ってしまう。
 そして、私は「どうしてわからないんだ」と、口に出しそうになるのを懸命に抑えて、心の中で叫んでいました。これがほんとに辛かったです。
 
 国語については、主に漢字を書いて覚える反復が中心だったため、
算数ほど口出しする場面は、多くありませんでした。
 
 今思えば、英語は任せっぱなし、算数は介入するという、
かなり偏ったかかわり方になっていたと思います。
 
 ではどうすればよかったのか? 正直なところ、今でもわかりません。
 もっと任せるべきだったのか。
 もっと教えるべきだったのか。 
 
 ただ一つ言えるのは、親がかかわれる教科ほど介入しすぎてしまう、というのは避けにくいということ、
 そしてそのバランスを取るのは想像以上に難しい、ということです。
 
 
  次回は第3回「偏差値30、算数の壁」について書いていきます。



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