心に残る言葉
最近、三宅香帆さんの言葉で心に残った言葉が二つあります。
一つは、
「私は、家に図書館を作るつもりで、本を買っている」
すごい!
私は、近所の図書館を指さして、「あそこに私の本棚がある」と、ほざいたことはありますが、「家を図書館にする」という発想はありませんでした。
さすがです。
三宅香帆さんなら、家を図書館にできるでしょう。
もう一つは、
「十年後も覚えているような言葉を見つけるのが、小説を読む醍醐味である」
なるほど!
確かに、私も、本や映画の中の印象に残る言葉やセリフに助けられて生きてきました。
そこで、本日は「私を十年以上支えてきた言葉」を紹介することにいたします。
【第三位】
「死とは何だ」
ただ見えなくなるだけだ、と彼は思った。
横光利一『春は馬車に乗って』
私が二十代の時、幼少期に私を育ててくれた祖母が亡くなりました。その少し後に読んだ本が横光利一の『春は馬車に乗って』です。
横光利一を思わせる小説家の男性が、肺結核の妻の看病をする話です。とても文体が美しいです。
ある日、主人公は、医者に「あなたの奥さんは、もう駄目ですよ」と告げられます。
芝生に寝転んで散々泣いた後で、このセリフが出てきます。
「ただ見えなくなるだけ」
この言葉は、その後の私の人生を支え続けてくれました。
祖母は見えないけれど、ここに居る。これはこの本を読んで以来の私の実感です。
【第二位】
「わしはな、1ダースの男の子よりも、お前にいてもらうほうがいいよ」
モンゴメリ『赤毛のアン』マシューのセリフ
『赤毛のアン』は、小学生の時に、子供用に書かれた抄訳で読みました。歳をとったマシューとマリラの兄妹は、畑仕事の手伝いになる男の子を孤児院からもらうことにしますが、手違いで女の子のアンがやってきます。
紆余曲折あったものの、兄妹のもとに引き取られることになったアン。彼女の成長の物語は、小学生の私を夢中にさせました。
第二位に挙げたのは、物語の終盤、「自分が男の子だったら、マシューをもっと助けられたのに」と言うアンに対して、マシューが言うセリフです。
その昔、「男の子」はやたら尊ばれ、「女の子」は蔑ろにされた時代がありました。『赤毛のアン』が出版された頃(1908年)、日本語訳が出始めた頃(1952年)は、まだまだそういう時代でした。
そんな時代に、このマシューの言葉は、どれほどたくさんの女の子の心を守ったでしょう。私が子供だった頃も、男尊女卑の空気はまだまだありました。両親がやたら息子(私からみたら弟)を可愛がり甘やかすのを指を咥えてみていた私にとっても、マシューの言葉は希望の光でした。
私は私のままでいい。私のままで保護者(マシュー)に認められる、そんなアンが羨ましくもありました。
【第一位】
とんでもない!まだ始まったばかりです。いくらでもやり直せます。
よろしいですか よろしいですか
たとえ、たとえですね。明日死ぬとしてもやり直しちゃいけないって誰が決めたんですか? 誰が決めたんですか?
まだまだ これからです。
三谷幸喜『古畑任三郎』
本で読んだセリフではないのですが、これが一位です。
田村正和さん演じる古畑任三郎が、津川雅彦さん演じる友人の自殺を止めるシーンです。
「俺たちは、幾つになったと思ってるんだ。もう振り出しには戻れない」と言う友人の言葉を受けて、古畑が放った力強い言葉です。
この場面は、当時、録画して何度も見返しました。放送当時私は、まだ三十代でしたが、疲れ切っていました。
そんな時に、自分よりも年上の古畑任三郎(田村正和さん)が、あるいは脚本の三谷幸喜さんが、「まだまだこれからです」と断言したこと、「いくらでもやり直せる」と言ったことは、たいへん、励みになりました。
この少し前のシーンでは、古畑は、「しかし、しかし、あなたは死ぬべきではない。たとえ全てを失ったとしても、我々は生き続けるべきです」とも言っています。
今、私は、当時の三谷さん、田村さん、津川さんよりも年上になりました。
私は、今まで生きてきて、何かを成し遂げたわけではありません。
でも、このセリフを思い出すたびに、この年になっても
「まだまだこれからです」
「いくらでもやり直せます」
と、言い続けて元気に楽しく生きることが、若くして疲れ切っている人々に希望を与えることになるのではないか、と考えています。
「年甲斐もない」と言われても
時に「老害」と言われることがあっても、
「まだまだこれからです」と言い続けて、前向きに生きる!
これが私のこれからの目標でもあります。
