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新入社員にあらゆる主導権を握られてます

 春。
 社会人三年目になった僕、〇〇は今日も会社のデスクでパソコンとにらめっこしていた。

 入社当初の緊張感はすっかり消え、仕事にも慣れてきた。
 ……はずだった。

「〇〇先輩」

 後ろから柔らかい声が聞こえた瞬間、僕は思わず背筋を伸ばす。

 振り返ると、そこには新入社員の川崎桜が立っていた。

 ふわりとした黒髪に、少し人懐っこい笑顔。
 ぱっと見たらどこにでもいそうな穏やかな女の子なのに――

 なぜか僕は、彼女の前ではいつも主導権を握られてしまう。

「資料、もう出来ました?」

「あ、うん……今ちょうど」

「“ちょうど”ってことは、まだですね」

 にこっと笑いながら、桜は僕のモニターを覗き込む。

「先輩、さっきから同じ文章打って消してません?」

「え、見てたの?」

「はい」

 さらっと言われて、僕は思わず顔をしかめた。

「ちょっと迷ってただけだよ」

「じゃあ私が直しますね」

「え?」

 僕が反応する前に、桜は僕の横の椅子を引いて座った。

 カタカタカタ。

 軽快な音を立てて、彼女の指がキーボードを叩く。

「ここ、文章長いです。こうして、こう」

 画面の文章が、みるみる整理されていく。

「……早い」

「ありがとうございます」

「褒めてない」

「褒めてますよ」

 そう言って、桜はくすっと笑った。

 入社してまだ一週間。
 それなのに、なぜか彼女は僕の隣が定位置になっている。

「はい、完成です」

 画面には、僕がさっきまで悩んでいた資料が綺麗にまとまっていた。

「……助かった」

「どういたしまして」

「でも新人に仕事させるの、先輩としてどうなんだろう」

「じゃあ今度から手伝いません」

「それは困る」

「ですよね」

 また笑う。

 なんだろう、この子。

 人懐っこいのに、妙に主導権を握ってくる。

「ところで先輩」

「ん?」

「今日、残業ですか?」

「いや、そんなに多くないけど」

「じゃあ帰りましょう」

「……え?」

 唐突すぎて、僕は瞬きをした。

「まだ仕事あるよ?」

「終わります」

「どうやって」

「私が手伝います」

 さらっと言う。

「いや新人にそこまでさせるのは……」

「じゃあ先輩一人で三時間残業してください」

「……手伝ってください」

「はい」

 また、彼女のペースだ。

 それから一時間後。

「終わりました」

 桜が満足そうに伸びをする。

「本当だ……」

 いつもなら二時間はかかる仕事が終わっていた。

「先輩、効率悪いんですよ」

「ひどい」

「でも頑張ってるのは知ってます」

「フォローが雑」

「じゃあ褒めますね」

 桜は僕の方を向いた。

「〇〇先輩、えらいです」

「子供扱い?」

「違います。ちゃんと尊敬してます」

 真っ直ぐな目。

 からかっている感じじゃない。

「……ありがとう」

 なんだか少し照れてしまう。

「じゃあ帰りましょう」

「うん」

 会社を出ると、夜の空気が少し冷たかった。

 桜は隣を歩きながら、ふっと言う。

「先輩って優しいですよね」

「急に?」

「だって、新人の私にずっと付き合ってくれるじゃないですか」

「それは先輩だから」

「普通はもうちょっと距離置きますよ」

「そうなの?」

「はい」

 少しだけ、桜の声が柔らかくなる。

「でも〇〇先輩は、ちゃんと話聞いてくれるし」

 少し間を置いて、彼女は言った。

「だから私、先輩のこと好きですよ」

 僕の足が止まった。

「……え?」

「好きです」

「え、え?」

「二回言いました」

 桜はくすっと笑う。

「いや、あの、好きって……」

「恋愛の意味です」

 さらっと言う。

 僕の心臓が一気に速くなる。

「ちょっと待って、僕たちまだ会って一週間」

「はい」

「なのに?」

「はい」

 桜は僕を見上げる。

「先輩のこと、観察してましたから」

「観察」

「優しい人だなって思いました」

 夜の街灯の下で、彼女の目がまっすぐ僕を見ている。

「だから決めました」

「な、何を」

「先輩の彼女になるって」

「決めるの早くない?」

「ダメですか?」

 少しだけ不安そうな顔。

 その顔を見た瞬間、僕は思った。

 ――ずるい。

 完全に彼女のペースなのに。

 でも。

「……ダメじゃない」

「じゃあ」

「ただし一つ条件」

「なんですか?」

「たまには僕にも主導権ちょうだい」

 そう言うと、桜は一瞬きょとんとしてから笑った。

「無理かもです」

「え?」

「だって私、先輩のこと振り回すの好きなんです」

「やっぱり」

「でも」

 桜は僕の腕を軽く掴んだ。

「ちゃんと好きです」

 その笑顔は、どこか嬉しそうだった。

「だからこれからも」

 彼女は少しだけいたずらっぽく言う。

「〇〇先輩の主導権、私が握りますね」

 ……やっぱり。

 どうやら僕はこれからも、

 新入社員にあらゆる主導権を握られる生活になりそうだ。

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