【第1話】「お前、部活見に来てくれないか?」
居酒屋にて
「いやさ…もう最近ほんとキツいんだよ…あのバスケ部」
焼き鳥をつまみながら、同い年の教員、田村先生がビールをぐっと煽る。
「やる気がないんだよ。挨拶もしないし、走らせたら手ぇ抜くし。もう…俺も怒らなきゃ練習にならんのよ」
昔から真面目な性格の田村が、酒の席でここまで愚痴るのは珍しい。
“このままじゃ、何かが壊れるな”──そう思った。
「なんか手伝えることあるか?」
「なぁ…お前、部活見に来てくれないか?」
「全然行くぞ?」
「マジで?助かるよ…正直、俺もどうしていいか分からん」
「おう。任せろ」
「給料は出せないかも知れねぇけど…」
「初回はここの居酒屋代で手を打ってやろう。」
「お前…安いな」笑
体育館にて
翌週、放課後の体育館。
「集合!!」
響き渡る監督の怒声に、子どもたちがバタバタと集まってくる。
だが、集まってきたその顔には“活気”がなかった。
むしろ“何も考えないようにしている”そんな、空っぽな表情。
監督の怒声は続く。
「なんで、そこに立ってんだよ!考えて動けっつってんだろうが!」
「そんなんじゃ試合にならん!集中しろ!」
誰かがミスをすれば、その子だけでなく、周りも怒られる。
「ヘラヘラすんな!サボるなら帰れ!」
「もう1本走れ!」
体育館には“音”があるのに、“音楽”はない。
そんな印象だった。
副顧問・田村の葛藤
その横で、副顧問の田村は苦い顔をしていた。
だが止めるでもなく、時には監督の言葉をなぞるように一緒に怒鳴る。
帰り道、彼がぽつりと漏らした。
「…正直、俺も最近“あの人”に怒鳴られたくなくてさ。だから先回りして、子どもに言っちゃってるかも」
居酒屋・再び
その日の夜も、再び田村と居酒屋にいた。
「俺な、昔からあの怒鳴った空気感…嫌だったんだけどさ…」
彼の表情に、教師としての“しんどさ”がにじんでいた。
「田村、それってさ──“誰の課題”なんだろうな」
「は?」
「お前が子どもに怒鳴る理由、“やる気がないから”って言ってたけど、それって子どもの課題だよな?
で、“怒鳴らなきゃやらない”って思い込んでるのは、お前の課題なんよ」
「……」
「アドラーって心理学者がいてさ、“課題の分離”っていう考え方がある。
簡単に言えば、“誰の問題かをちゃんと分ける”ってこと」
「お前の課題は、ちゃんと“伝える”こと。
でも、やるかどうかはあいつらの課題。そっちまで踏み込んだら、もうコントロールになっちまう」
はじまりの夜
「難しいな、それ…でも…」
田村は少し考えて、ビールをもう一口飲んだ。
「…確かに俺、最近“怖がらせることで”コントロールしてたかもな」
「うん。まずはそこから変えてみ?」
「俺にできるかな…」
「やってみろ。できるできないじゃなくて、やるかどうかだろ?」
「……なんかムカつくな、お前。笑」
「今日の分も奢ってやるから明日も来てくれねぇか?」
「お?マジか。店員さーん、ボンジリと軟骨2本ずつ追加ね。後、親子丼と浦霞!ちなみに店員さん、浦霞は”禅”?」
「おい、こら。しかも浦霞って何だ?」
「宮城県の日本酒、最近はまった。」
「知らん!」
そんな笑いがこぼれたところで、ふと、田村の顔が少しだけ軽く見えた。
この日が、バスケ部が変わるきっかけになるなんて、本人はまだ気づいていなかった。
📖 今回のキーワード
課題の分離(アドラー心理学)
「これは誰の問題なのか?」を明確に分けて考える技術
💡 具体例
子どものやる気がない → 子どもの課題
伝え方を工夫する → 大人の課題
怒鳴らないとやらない → 大人の思い込み(大人の課題)
🎯 明日から使える一言
「それって、誰の課題だっけ?」
相手の問題まで背負い込みそうになったとき、この質問で立ち止まろう。
📚 もっと学びたい人へ
『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健
【次回予告】第2話「田村、アドラーを実践する」
部活に新しい空気が流れ始める。
でも、それは監督の逆鱗に触れる始まりでもあった
