ヤマシタが来た 第二話
由香里にとって睡眠は至高の時間だ。寝てしまえば、嫌なことや面倒なことから切り離される。やたら重たい身体からも自由になって、どこかをフワフワ飛んでいくような感覚に包まれる。
暇な時はいつまでも寝てしまうけれど、三十二歳のいい大人だから、社会生活を営むために、時間通りに起きなきゃいけないこともよくわかっている。
遮光度の高いカーテンの隙間から、朝日が漏れ出すのを感じて由香里は軽く眉を寄せる。トロトロとした眠りがさらに浅くなり、ゆっくりと意識が浮上していく。目をあけたくないけれど、起きなくては。その葛藤で瞼がかすかに震えること数秒。そうしているうちに意識が現実世界に引っ張られ、のろのろと瞼も持ち上がっていく。こうして一日が始まる、はずだった。
「なにあれ!」
まどろみにたっぷり浸かっていた意識も体も一気に覚醒した。最近独り言が増えているからあまり言わないようにしていたが、こんなものを見たら、誰だって勝手に声がでてしまうはず。天井になにか得体の知れないものが張りついているのだ。
虫ならまだ理解できる。けれどその形状は人型で全長は三十センチもない。由香里の手のひらに乗りそうな人形サイズだ。それが天井にベッタリ張りついている。背中しかみえないが坊主頭をして、布がへたって伸びた白いタンクトップにデカパンを履いている。昔由香里が祖母と一緒にテレビで観た、日本全国を放浪しながら絵を描く昭和の天才画家みたいな服装だ。
「裸の……大将?」
「やっぱり孫だな。チヨとおなじことを言う。……うっ、限界だ!」
「しゃべったぁ……」
由香里がそう小さく呟いた瞬間、小人が天井から落下して、ぼふんと音をたてて布団に沈み込んだ。
「ぎゃあー!」
由香里は普段それほど激しい感情表現をしない。けれど自慢の高級羽根布団に得体のしれないモノが深く沈みこむというシチュエーションなら別だ。叫びながらバフバフと激しく布団を波打たせてそれ落とそうとする。
「そんなことをしたら、大事な布団も破れるぞ! 自分で降りるからやめろー!」
羽布団の端をしっかり握り振り落とされまいと、鯉のぼりみたいになってそう叫んだ小人の言葉に、由香里の動きがぴたりと止まる。彼はやれやれと呟きながら布団を離すと、アクションスターばりに、くるくるっと回転し見事床へ着地した。由香里は呆気にとられて小人を凝視してしまう。
「おい、ユカリ」
「は? なんで私の名前をしってるの?」
小人はビルを眺めるように、呆然としている由香里を見上げて淡々と言った。
「知ってるも何も。昔からユカリのことなど知っておるわ」
「ちょ、ちょっと待って! どういう事?」
由香里が困惑しながら小人にたずねても、彼は腕を組んで重々しくこう言った。
「色々説明したいのは山々だがな、その前にひとこと言いたい」
小人はちらりと横をみて眉をしかめた。
「ベッドの下が埃だらけだ。見えるとこだけ綺麗にしてないで、ソコもしっかり掃除したほうがいい。喘息が悪化するぞ」
由香里は小人をまじまじと見つめた。確かに軽い喘息の持病があるにも関わらず、忙しさにかまけてベッドの下はあまり掃除が行き届いていない。妙に口うるさいこの小人に、個人情報が漏れていることは間違いなさそうで、別の恐怖感が募ってくる。
「……あなたなんなの? ストーカー?」
「ストーカーとは失礼な。まあ、だからと言って何者と問われても、説明が難しいところではある。とりあえず我のことはヤマシタと呼べ」
真面目な顔で腕組みをして立っている小人をよく見るために、由香里は恐る恐るベッドから降りてしゃがみこんだ。
格好こそ昭和初期の子供みたいな出で立ちだが、顔立ちはイースター島のモアイ像みたいだ。彫刻刀でざっくり削ったような大雑把な顔立ちで、とてもヤマシタという日本人的雰囲気はない。けれど彼のそのサイズ感、そしてなによりヤマシタという名前が、由香里の細い記憶の糸をピンと揺らした。
「……もしかしてばあちゃんが昔、話をしていた小さいヤマシタ?」
おそるおそる由香里がたずねると小人はパチンと小さな指にしては大きな音を鳴らして正解! と言って肩を揺らした。
「そこまで分かってるなら、話が早い」
「……ばあちゃん、ボケてるから妄想だと思ったのに……。ヤマシタが見えるってことは私もボケたってこと…?」
由香里の顔がまた違う恐怖で歪むと、彼は生真面目に首を振った。
「チヨは認知症の初期段階だったゆえ、我の事を見つけやすかったのかもしれんな。ユカリは違うから安心するがよい。逆になかなか我を認識しないから、かなり苦労したぞ。
手を振っても、頬を叩いても耳元で叫んでも反応がない。仕方がないからお前が毎朝ぼんやりみあげている天井に張りついて、ようやく認識しおった。寝起きで多少意識がぼんやりしている方が我に焦点が合いやすいのかもしれん」
そう言って大きく頷くヤマシタを見ていたら、昔の記憶がぶわっと広がるように一気に蘇ってきた。チヨは共働きだった両親に代わり、同居して由香里の面倒をみてくれた父方の祖母だった。次第に物忘れが激しくなり、由香里が中学生になったときには医師にアルツハイマーだと診断された。
丁度その頃だ。チヨが、小さなヤマシタキヨシさんがウチに遊びに来たと、興奮したように話をしていたのは。両親も由香里も認知症が進んでいるせいだと聞き流していたのだが。あの時チヨが盛んに言っていた小さなヤマシタさんというのは、目の前にいる小人に間違いなさそうだ。
(ばあちゃんの知り合いなら、そんなに怪しいことないのか……)
そこで由香里はハッとする。祖母と知り合いの小人だからって部屋に不法侵入していいはずない。由香里は油断しないように気を引き締める。
「ばあちゃんの知り合いなのはわかった。だけどそこまでしてヤマシタはどうして私に接触しようとしたの? 部屋に不法侵入されたら誰だって驚くし。ばあちゃんの知り合いじゃなかったら警察に突き出してたよ」
「ユカリよ。ちなみに我を警察に突き出すことは不可能だ。人間以外に警察が捕らえるとしたら、熊や猿だろう。つまり人間に危害を加える存在と判断した場合に彼らはそれらを捕獲しなくてはならない。しかし我は人間を害したりしない。むしろユカリを助けるためにやってきたのだ。さらに言えばすべての人間に我が見える訳じゃない。よって警察が我を捕まえることは不可能である」
モアイ顔で淡々と理屈っぽくそう言うヤマシタは、由香里はなんだか妙に神経を苛立たせてくる。
「助けるってなにから助けるのよ。今は全く困ってません! それより勝手に部屋はいって来られる方がはるかに迷惑です。私のことは放って早くどっか行って!」
小人のヤマシタよりはるかに大きい由香里の激しい拒否反応を前にしても、彼は動じることはなかった。むしろ大きく頷いている。
「全くもってソレよ。我もユカリことなど放っておきたいのはやまやまなのだ。だが命の恩人であるチヨに頼まれたら断れない」
命の恩人というフレーズに由香里は一瞬言葉を飲み込むけれど、すぐに反撃に出る。
「 あなた、わかってないのかもしれないけど、ばあちゃんはね、十五年前に死んでるからね。そんなこと頼める訳がない! はい、インチキ決定」
詐欺電話を見抜いた人のように、どうだ参ったかと言わんばかりの由香里に対して、これまたヤマシタは涼しいモアイ顔のままだ。
「目の前でチヨの魂が昇っていくのを見届けた故、そんなことはユカリに言われなくともわかっておる。そのチヨに死ぬ間際にだな、ユカリになにかあったら助けてやってくれって頼まれたのだ。それからずっと音沙汰がなかったのだが、一昨日、チヨが夢枕にたったゆえこうして」
ユカリは思わず一昨日、ゆめまくら、と小さく呟いた。
「……あのさ、聞きたいんだけど小人の世界でも夢枕とかあるわけ?」
由香里の横槍にヤマシタは大きくため息をついてみせた。
「ユカリにわかりやすいように話をしておる。厳密に言えば、別のコンタクト方法なんだが、お前たちの言葉で言えば夢枕みたいなものだということだ」
コンタクト。英語まで織り交ぜてきたヤマシタに、由香里はまた言葉を失う。ヤマシタの言葉を反芻してみたけれど、やっぱり騙されている様な気がしてくる。そもそも小人と平然と話している自分もおかしい。由香里は口元を引き締めてヤマシタを見た。
「よくわからないけど、でも……ばあちゃんは私のことなんて心配しないよ。ヤマシタの話は納得できない」
「どうしてチヨが心配してないなどと思うのだ」
ヤマシタが相変わらず無表情のままで聞く。この顔だと怒っているのか笑っているのかわからない、と由香里はモアイ顔のヤマシタを見つめながら、小さな声で呟いた。
「だって。私はばあちゃんにとって、いい孫じゃなかったから。ばあちゃんは、私のことなんて心配なんてするわけない」
思い出したくない過去。チヨの笑顔が花火のように頭の中でぱっと広がって、そして消えた。ヤマシタはしばらく由香里を見つめたあと、フッと微笑んだ。正確にいえばモアイ顔の表情はほとんど固定しているので、笑ったようにみえただけかもしれない。
「ユカリが酷い事をしたなんてチヨから聞いたことなどなかったぞ。そもそも小さい事を気にする人間ではなかっただろう」
したり顔でそう断言するヤマシタに、由香里はなにも言えなくなる。確かにチヨはおおらかな性格だった。そんな由香里を見ながらヤマシタは言葉をつづける。
「とにかくチヨによるとユカリに大きな危機が迫っているらしい。必死でそう訴えてきたんだから、相当の危機ではないかと我は思っておる」
ユカリはゆっくりとかぶりを振った。
「大きな危機.......全然予想もつかない。具体的にどんなことが起きるの?」
流石に由香里も少し怖くなってそうたずねたもののヤマシタも真顔のまま首を振った。
「わからん」
「は?!」
由香里がそう叫んでもヤマシタは動じる様子もなく話をつづける。
「チヨも死んで十五年も経つと意識の出力がかなり弱まったみたいでな。何を言っているのか、細かいところが聞き取れ無かった。分かったのはユカリが危ない、助けてやってくれってところだけだ。それが一昨日、昨日と続いたからそろそろ危ないと考え、こうしてユカリに会いに来たのだが」
「ヤマシタ、あなたかなり偉そうに話しているけど、全体的に言っていることが曖昧すぎるよ。じゃあどうすればいいの?」
「偉そうは余計だ。それを一緒に考え、災難を避けるために、我は来たのであるから」
ヤマシタがそう宣言したところでスマホのアラームが鳴った。ピピピッという電子音が数秒、二人の間に鳴り響く。
「準備しなきゃ」
スマホを操作してアラームを止めた後、由香里がそう言うとヤマシタも頷いた。
「何処へいく? 今日仕事は休みだろう?」
ヤマシタをじろりとひと睨みしたあと由香里は小さくため息をついた。
「ヤマシタには関係ないでしょ」
「ああ……あれか。役所に勤めている恋人に会いにいくのだな」
「ええっ! なんで知ってるの!?」
由香里はじろりとヤマシタを睨みつけた。
「やたら私の情報に詳しいのって……やっぱりストーカー? 気持ち悪い」
彼は冗談じゃないわとぶんぶん首をふった。
「仕方ないだろう。危機が迫っている故、由香里の部屋にいるしかなかったのだ。恋人と電話で話しているのも勝手に耳に入ってきたのだ。とにかく我も一緒にゆくぞ」
「それってそもそも盗み聞きだし!」
「ユカリが我を見つけないのがいけないのだ」
また言い合いになりそうな気配に、由香里は大きくため息をついた。
「とにかく! ついてくるとか、本当に勘弁してよ。ヤマシタを連れてるなんてヘンすぎるし。私まで妖怪の仲間って思われたらどうするの?」
由香里は必死に抵抗するがそんなことなど気に留めていない様子でヤマシタは言う。
「妖怪ってなんだ。我は妖怪ではない。それにほとんどの人間は我のことは見えないから気にしなくていい。たまに見える奴もおるが、そういう輩は我のような存在を見慣れている故、大して驚きもせん。それよりユカリに迫る危険をなんとかせねばならん」
その後もああでもないこうでもないという押し問答が続いたが、結局ヤマシタに連れていかないというなら勝手に後ろを歩くぞといわれ、由香里は彼をショルダーバッグに入れて出かけることになってしまった。
「……なんでこんな事に」
部屋の鍵をかけながら由香里がブツブツ呟くと、ヤマシタがバッグから顔を出して答える。
「文句いうな。我だってこんな面倒なことはしたくないが、チヨに……」
「その話はもう何度も聞きましたっ!」
由香里はすぐに歩き出す。そこには毎朝みかける背中があった。
「関口さん、おはようございます」
由香里が声をかけると、腰を屈めて通路を掃いていた年老いた女性が振り返った。
「ああ、サヤカちゃんおはよう。これからお仕事?」
「あ、関口さん、私は由香里です。山口由香里。サヤカちゃんはお孫さん」
関口と呼ばれた老女は照れたように微笑んだ。
「あらいやだ。また孫とまちがえちゃった。由香里ちゃんと似てかわいいのよ。いってらっしゃい」
「行ってきます」
由香里がそのままアパートの階段を降りたところで、ヤマシタがバックからにょきっと顔をだした。
「あのセキグチとかいう老女、ナチュラルにユカリの名前を間違って呼んでいたな」
ヤマシタがナチュラルなどという彼に似合わない英語を発したので、由香里は思わずふきだしてしまう。
「サヤカちゃんはお孫さんなんだって。私、童顔だから間違えてるみたい」
由香里が三年前にこのアパートの二階に越してきた頃、隣の部屋で一人暮らしをしていた関口に挨拶をしたのがきっかけで知り合った。
当時彼女は頭はもちろん背筋もシャンと伸びていて、面倒見のいいおばあちゃんという感じだったが、一年くらい前から時々由香里のことをサヤカと間違えて呼ぶようになった。チヨの認知症初期の状態と重なる気がして、由香里は気にかけていた。今のところ他に問題はないようなのでさりげなく見守っている状態だ。
ヤマシタは見えなくなるまでじっと関口の少し曲がった背中を見つめていたが、ふうむ、と唸ったあと呟いた。
「セキグチはチヨのようには我のことが見えなさそうだな」
「関口さん、やっぱり認知症なのかな」
「さあ。我は医者じゃないからわからん」
万能そうな小人のくせに意外と現実的なことをいうから由香里は苦笑する。
「ヤマシタを見えやすいとか見えにくいって人によってやっぱりあるの?」
歩きながら小声で問いかけると、ヤマシタは揺れるバッグの中でバランスを取るため紐をしっかりと掴みながら答える。
「あるな。お前たち人間がよくいう霊感があるとかないとかは関係ない。どちらかというと子供はよくみえる傾向にある」
「じゃあ、ばあちゃんも邪気がなかったってこと?」
「そうだな。チヨは無邪気な人間だった。認知症になってさらにそれが加速していったから、我のこともクリアに見えたのだろう」
チヨは確かに子供みたいなところがあったと由香里は思い出す。テレビでお笑いやアニメを一緒にみて笑い転げたのは二歳年上の兄とチヨだった。両親はどこが面白いのかさっぱりわからないなんていって眉をひそめていたのだ。
なによりも一番心に残っているチヨとの思い出が浮かぶ。昔から由香里は寝てばかりいて、学校で嫌な事があると、布団から出れなくなった。母親は無理やり引っ張り出そうとしたけれど、そういう時由香里は意地になって布団のなかに閉じこもった。
そんな時だ。チヨがするっと由香里の布団に入ってきて、ばあちゃんも一緒に寝ちゃおうと抱きしめてくれたのだ。しかもチヨは本当に寝入ってしまうから、由香里もチヨの匂いに包まれて安心してまた眠った。そうすると不思議と次の日はすっと起きることができた。
由香里はその時のことを思い出して、またせつなくなる。
「ユカリも孫だからな。チヨに似ている」
不意にヤマシタにそう言われてビックリする。
「似てないよ……私なんて」
思わず強い口調で言ってしまい由香里は口を噤む。ヤマシタは彼女をじっと見上げたあとゆっくりと口を開いた。
「多少時間はかかったがユカリにも我が見えた。それが証拠だ」
由香里は小さくため息をつく。しばらく由香里の歩く足音だけが二人の間に響いた後、不意に由香里が口を開いた。
「……ばあちゃんがヤマシタの命を助けたっていってたけど、どういう経緯なの?」
表情は変わらないのに、なぜかヤマシタが困惑したような気配が伝わってきて、由香里は思わずバッグのなかにいるヤマシタを見つめた。
「いや……。情けない話だが」
いままでとは違い急に歯切れが悪くなったヤマシタに、由香里はまたふきだしてしまう。ヤマシタの話をちゃんと聞き取ろうと顔を近づけると、由香里の視線を避けるように違う方向へ顔を向けるのも可笑しい。
「排水溝のフタに穴があいているだろう? ほらちょうどそこにあるようなものだ」
道の端にある排水溝をふさぐ蓋についている手掛け穴を、由香里も見て頷く。
「ああ、あるね」
「あの穴にはまって身動きがとれなくなっているところを、チヨに助けてもらった」
普段は澄まして冷静にみえるヤマシタが、排水溝の穴にはまってジタバタしている様をイメージしたら悪いとはおもいつつ、由香里は思わず笑ってしまう。
「……ごめん。想像したらつい」
ヤマシタはじいっと見つめる様にモアイ顔を向けてきたから、由香里が笑いながら謝る。
「……まあよいが。とにかくあのままだとネコやネズミにかじられて、大変なことになっていただろう。奴らは我のことが見えるからな。そうして困っていたところをチヨが見つけて助けてくれたうえに、裸じゃ寒かろうといって服まで作ってくれたのだ」
「ばあちゃん、世話好きだったしね」
ボケているなんて決めつけないでチヨがしていたヤマシタの話を聞いてあげればよかったと、由香里の胸にちくりと痛みが走る。それを誤魔化すように言葉を続ける。
「でもそれじゃさすがに薄着すぎない?」
ヤマシタはゆっくりと首を振った。
「出会ったのが夏だったからな。我らは基本、暑さ寒さは感じないし服などいらんのだが、せっかくチヨが作ってくれたから着ている。まあそういうことで、我らは受けた恩義は決して忘れんし、恩人に頼まれたことは必ず果たす。それが我が種族の決まりなのだ」
由香里はまじまじとヤマシタを見つめた。ボロボロになっているヤマシタキヨシテイストの服は、彼が相当気に入って着ているのだろう。そう思うと彼のことが可愛いと思えてくるから不思議だ。由香里は真っ直ぐ前をみているモアイ顔のヤマシタを見て、思わず微笑んだ。
駅について、独り言を言っているヤバイ人だと思われたくないから、いったん話をするのはやめる、と由香里がヤマシタに告げる。彼もすぐにわかったといって黙った。
いつも乗っているはずの中央線。その風景はいつもと同じなのに由香里にはどこか違う色合いに見えた。
冷静になって考えると、小人と普通に話していることがおかしい。さらにいえばいくらチヨのことをよく知っているからといって、まるっとそれを信じていいものなのだろうかと思う。
それでも由香里がバッグからヤマシタを掴んで外に投げ捨てようとは思えなかった。ヤマシタの話からリアルなチヨの姿が見えてきてしまう。それはこの、どこか摩訶不思議な状況のなかで、由香里のなかで大きな説得力を持っていた。
