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魔剣無双と魔獣皇女の証明紀行  第3話

 宿屋から一日をかけて彼らは壁に到着する。その壁はハントラの首都、アンカルを囲うもので、町とそこで暮らす人々を守るためのものである。

「ようこそ。アンカルへ」

 壁の出入り口である門の前で、眼鏡をかけた女性が馬車と共に彼らのことを待っていた。
 彼女は黒髪の短髪で身長が低く、この国の礼服を着用している。またその目は鋭く、何人たりとも寄せ付けないような気迫を感じる。

「ソルドだ」

「お話は聞いています。ハントラ魔獣研究所のシャーロットです。『魔剣無双』ソルドさんと、ヴァサゴですね。ここからは馬車を使い魔獣研究所まで向かいます。馬車には悪性魔力を遮断する素材を使用していますのでご安心を」

 そう言うと彼女は運転席にいる男に合図をしてから馬車へと彼らを案内した。

 馬車は車輪の付いた木製の部屋のようなものを引いている。部屋の側面には窓があるがカーテンが閉められており、中を伺うことは出来ない。
入ってみると二つの長椅子が向き合うように並んでいる。

「お願いしまーす」

 そこにソルドとヴァサゴ、向かい合うようにシャーロットが席に座る。
 ヴァサゴは全員が乗り込み座ったのを確認すると運転手に声をかけた。

「……移動してください」

 ヴァサゴの声ではなくシャーロットの声で運転手は前進を始める。

(必要ないが、言わなくていいか)

 今のヴァサゴからは悪性魔力を察知できないが、特に指摘する必要性も感じなかったソルドは何も言わずに馬車に揺られ始めた。
 彼女は目を輝かせてカーテンの間からちらりと町の風景を観察している。
 アンカルでは背の低く、横に広い建物が並んでおり、人々は馬や牛などの動物に騎乗して移動している。それらの動物が人間より大きいからか、道路もかなり広めに作られているようだ。

「これが人間に友好的な魔獣ですか?」

 ヴァサゴの様子を見たシャーロットは、目を少し細めてから真顔で正体不明の魔獣について話を始めた。

「ああ、名前はヴァサゴ、記憶喪失らしい。青い血以外は人間と変わらないそうだ」

「ファーモットからは全ての情報を頂いています。説明する必要はないでご安心を」

 彼女について語っていると、語られている本人は何やら緊張して動きがぎこちなくなっている。

「安心しなさい。私は貴方に恨みを向けてはいません」

 緊張の正体を見抜いた研究者は冷たい口調と表情で言葉をかけた。

「よ、よかったぁ。それではこの国について教えていただけないでしょうか!」

 投げられた言葉を受けて、ヴァサゴの表情は明るいものに変わり、気になることをなんの躊躇もなく質問し始めた。

「分かりました。この国はハントラ、動物の国です。畜産や狩猟、魔獣の研究を行っています。何か、他に知りたいことでも?」

「ありますあります。この国、畜産がすごいっていうのは分かったんですけど、魔獣がよーく出てくる場所なんですよね?家畜の安全は大丈夫なんですか?」

「魔獣は人だけを執着して襲いますですから、家畜はほとんど殺されないんです。だから後は環境さえあれば育ちます。あとは人間の備えのみ。ということで様々な対魔獣の技術が開発されています」

「そうなんですね!それでここのお肉、美味しいんですか?」

 彼女はどんどん研究員を質問攻めにしていく。
 純真な表情と興味が予想外だったのか、シャーロットは少し困惑しながら回答をしていた。しかし、まだ続きそうだった会話の輪をソルドが冷徹に破壊する。

「のんきなところに悪いがそうはいかない。問題は勇者だ。奴は今ここに滞在しているんだろう?」

 勇者という存在が彼にとってそれほど重要らしい。

「はい、先日の大掃討の傷を癒しています。そろそろ、全快するころかと。ただ、どこにいるかは分かりません」

「勇者って魔獣を殺して回っている人、でしたよね」

 ヴァサゴはすぐに彼らの会話にも入る。

「ああその通りだ。どこの組織にも属さず、女を連れて世界を回り、人を助け、魔獣を殺している」

「彼には助かっているんですけどね。彼、跡形もなく殺すので少し厄介なんです。こちらは研究のためにも多少は死体を残して欲しいんです」

 ソルドが勇者について話していると、シャーロットがその話題に乗り、ちょっとした愚痴を語り始めた。

「死体が、残らない?」

「奴の持つ銀架剣という剣の特性だ。奴の剣は魔獣によく効く光を放つ。その上、その剣で斬られて死んだ魔物は塵になるそうだ。恐らく、お前レベルの魔獣でも一太刀浴びれば命の危険がある」

 ヴァサゴの質問にはソルドが答えている。

「そうなんですね。あの時の『とにかく戦うな』ってそういうことだったんですね。それじゃあ、私が戦うなんてことはしない方がいいですね」

「待て、お前戦え……ちっ」

 ソルドが、『戦えるけどやめておこう』とも取れるような言葉を放った彼女を追求しようとしたその時、大きく舌打ちをしてカーテンで隠れた窓の先を見た。すぐさまドアノブに手をかけて開こうとしたその時、動きを止め、彼女らの方へ振り向く。

「勇者だ。俺が出る。お前たちは急いで研究所に行け」

「どうして分かったんですか⁉」

 急な展開にヴァサゴは困惑し始めている。
 シャーロットはため息をついてから腕を組み、考え事をし始める。

「俺も魔獣孤児だ。多少鈍ったが気配には敏感でな」

「でも」

「鈍ったとは言ったが、別に今の俺が弱いだけじゃない。断言する。俺の全盛期は今だ」

 魔剣無双と呼ばれた男は、ヴァサゴの求めてはいない答えを返して扉を開けて馬車の上に飛び乗った。

(私を置いて行っていいのかって意味だったんだけど……大丈夫なのかな?私の身の安全)

 ショウジョは一抹の不安を抱えながら、気付かれないようにシャーロットを怪しむ目で一瞥していた。



 忙しなく動く人と動物の中、二人の男女が立ち止まって馬車の背後を眺めていた。

「あれが気配の正体なのかな?勇者サマ」

 白と黒の長い髪とドレス、高いハイヒール、魔性の魅力を放つ黒い右目と白い左目に煽情的な顔と体を持つ女が馬車の上に乗った男の話をする。

「いや違う。馬車の中だ。あそこに魔獣がいる。しかも、今までにない強さの化け物が」

 彼女の隣に立つ黒髪で中肉中背の男は、どうしてかヴァサゴの位置を特定していた。
 彼の容姿はごく普通なものだが、その目だけは、何かに囚われているように黒く暗い。

「それでは、契約してくれるかい?」

「当たり前だ」

 女の言葉に、男はすぐに膝をつく。
 そして躊躇なく、差し出された掌に接吻をした。

「銀架剣、締結」

 男が呟く魔法の言葉。
 女は光となってからその形を剣へと変える。
 実体となった剣の刀身は錆びた剣。 
 しかし男が手に取ると、すぐさま錆びはポロポロと剥がれていって、銀色の刀身が露になる。鍔は太陽のような模様が描かれた円形で、そこから真っ直ぐ銀色の刀身が伸びている。

「あれは、誰だ?」

 勇者は解放された剣を構え、尋常じゃない殺意を放つ馬車の上の敵へと視線を向けた。

『知らなーい。それよりも、優しくしてよ?』

「相手次第だ」

 勇者は剣からの声に応えながら飛び出した。
 風を切り、雑踏をかき分け、敵の元へ駆ける。



「来い」

 対してソルドも剣を抜き、外敵へ迎え撃つ。
 彼の持つ剣は魔剣とは打って変わり、白く武骨なものとなっていた。
 外敵と戦うためにトン、と跳ねて飛び降り地面へ着地した瞬間、神速で跳ねた。

 衝突する剣。沸き起こる衝撃波。

 初撃では互いの命には届かない。


 しかし両者は理解する。
 この男は、自身を殺し得ると。


 その予感がした直後、吹き飛んだのは勇者の方だった。

(なるほど、速いな)

『激しくなりそうだね』

 勇者は地面を転がってからすぐに立って体勢を立て直す。
 そして目の前には死が迫っていた。
 彼は神速の刺突を、剣を捨てながら後ろへ倒れるようにして避けて、両腕を支えとして回し蹴りを喰らわせた。

 回し蹴りを顔面に喰らったところで黒犬の攻撃は止まらない。吹き飛び地面に着いた瞬間に飛び出して、ギリギリで剣を構えた勇者に突撃し、吹き飛ばした。

『冴え』
 この力は戦闘において重要視される。
 剣を振る力、踏み込む力、飛び出す力。
 これらは肉体の瞬発力によって大きく左右される。


 彼はその『冴え』がこの世界の誰よりも強い。


 天賦の肉体、辛酸たる過去、不断の鍛錬が彼を卓越した存在に押し上げた。

「勇者だな。ここは退け」

 ソルドは警戒しながら吹き飛ばされた勇者へと歩いている。
 辺りの人間は異常事態を察知してその場に立ち止まり、もしくは離れて、男へ視線を向けながら道を作る。

 『黒犬』、『魔剣無双』と二つの異名を持つ彼だが、もう一つ、復讐に焦がれていた頃に付けられた異名がある。


 それは『神速』。


 疾風迅雷の技巧を以って敵を滅ぼす嵐が、一人の人間に襲いかかろうとしていた。

「断る。俺は魔獣を殺し尽くさなくてはならない」

(さぁ、出しちゃえ。後先なんて考えず!)

 勇者は剣を構えて立ち上がる。
 剣は彼に真の力を曝け出させようと囁いている。


 この程度の窮地。彼は何度も乗り越えてきた。
 目には目を、歯には歯を、『理不尽』には『理不尽』を。
 銀の剣は光を帯び、勇者の潜在能力が解放される。




「研究所に急いでください!あちらに到着すれば説得できます!」

 勇者と魔剣無双の初撃同士が衝突した頃、シャーロットが焦りながら運転手へ叫んで目的地への到着を催促していた。

 彼女には勇者を説得する策があるようだった。

 ヴァサゴ本人は身を守る策はないのだから、彼女に従うしかない。


 しかし、彼女たちには新たな脅威が舞い降りる。
 馬車の天井が砕けて、一人と一匹の犬が彼女たちの間に立った。

「ヴァサゴ、だったな。僕の主人はどこへ行った!」

 牧場と宿泊施設を守っていたオリゲイルと白い牧場犬が槍先と牙を向け、魔獣のショウジョを憎悪の籠った目と怒号をもって脅していた。

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