「次はあなたが食べられちゃうよ」-海外出張中一番笑った冗談と食の記憶-
私にとって一番楽しかった食事の記憶
こんにちは。ここ数日、高瀬隼子さんの小説『おいしいご飯が食べられますように』を通して、食事について自分の思うところを記事にしてきました。
とはいえ、あんまり楽しそうな記事ではなかったかもしれません。「この人は、人と楽しく食事をしたことがないのか?」と思われてしまいそうです(笑)。
今回は、私にとって一番楽しかった食事にまつわるエピソードについて書いてみたいと思います。それは、言葉の壁を軽々と超えて、お腹を抱えて笑い転げた、ベタなジョークの記憶です。
異国の地での半年間:不安と期待
私は以前、輸出入手続きや現場の立ち会いという業務に携わっていました。
10年ほど前、ある国に赴き、半年ほど工場移転の立ち会いをしていました。皆さんも名前はよく知っているけれど、「じゃあ実際どんなところ?」と聞かれるとイメージがわきにくい、そんな国です。
以前は研修員として海外で仕事をしたことはありましたが、今回は事務員ではなく、本格的に現場の立ち会い。外国語も得意ではなかったので、立候補したものの不安な気持ちでいっぱいでした。
「ダンスしよう!」言葉よりも大切なコミュニケーション
そんな不安を和ませてくれたのが、現地の技能職の皆さんでした。
彼らはスキルが確かで、仕事への意欲も見せてくれます。それ以上に、とても人懐っこくてチャーミングなんです。
試しに、日本風の朝礼としてラジオ体操を導入してみました。そんな習慣がなかった人たちなのですが、数日経つと、その時間になると私のところに寄ってきて、「ダンスしよう、ダンスしよう!」と私の作業服の袖を引っ張るんです。
作業服を着た異国の技術者が、楽しそうに日本のラジオ体操をやっている。動きも掛け声も毎回微妙にそろわないのですが、「揃えよう」という意欲は感じる。不思議で、楽しい光景でした。
語彙ではなく、お互いに伝えようという意欲が大事
その国の公用語は英語ではなく、英語を話せるのはリーダーのお兄さん1人ぐらい。私もあまり達者ではない。そんな中、片言の英語、現地語、身振り手振りを駆使して、何とか意思疎通を図る毎日でした。
それでも、やっていること自体は日本と同じだったので、何とか意志を通わせることができました。とにかく「良い悪い、正しい正しくない」という議論よりも、「目の前の課題を一緒に解決したい」。その一心で、一生懸命コミュニケーションを取っていた、そんな半年間でした。
「トトロのような」おじちゃんと、最高のジョーク
現地では、仕事上の関係性を気にしなくて済むよう、お昼時は日本人とつるまず、現地の人たちと行動を共にすることが多くなりました。
そんなある日、「みんなで食事会があるから来ない?」と誘われ、私はのこのこ出かけました。ビュッフェスタイルの会食です。
タイトルにしたエピソードは、そんな最中に起こりました。
私の横には、トトロみたいに体の大きなおじちゃんがいて、もうバクバクバクバク、次から次へと料理を取って来て食べまくっていました。それを見た他のメンバーが、私を指さしてニヤニヤしているんですよね。
「何を言ってるの?」と英語のできるメンバーに聞いてもらったんです。
すると、彼は笑いながら教えてくれました。
「いや、あなたの横にいる大きな男がさっきからバクバク食べまくってるけど、 ここにある料理を全部平らげたら、 次にあなたのこと食べちゃうんじゃないの、って言ってるんだよ」
ベタというか直球というか、ひねりも何にもない、本当に単純なコメントでした。ですが、それを聞いた私はおかしくておかしくて、もう5分ぐらい腹を抱えて笑い転げました。
真のOMOTENASHIと、国境を超える笑い
なんというか、それまでまだ心のどこかに残っていた緊張が、その時やっとほぐれたというか、やっぱり、笑いのツボって世界共通なんだな、って。
そのチームには、日本人である私以外にもドイツ人、フランス人、アメリカ人など、いろんな国の人たちが来ていましたが、現地の人たちが率先してユーモアで壁を取り払おうとしてくれました。私の目には、皆が徐々に打ち解けて、いい関係で仕事をしていたように映りました。
ニュースで見ると、怖い印象を受ける国かもしれません。ですが、その国の人たち一人一人は、フレンドリーで、言葉の壁を乗り越えて相手を温かく迎え入れようとする、オープンマインドな人たちだったなぁと、今でも懐かしく思うし、その時の彼らの私への接し方には今も感謝しています。
結論:「おいしいごはん」の隠し味
ただ、その一方で、私のような現場の人間とは違う視点(管理監督者など)で、現地の人たちを捉えている人もいるという現実もありました。また「親切で礼儀正しい」と一般的に称される日本人も、その時の私の目からはそう見えない側面もありました。機会があったらまた記事にしてみたいと思います。
「おいしいごはん」シリーズは、これで終わるかまだ続くか、その時の気分で決めようかと思いますが、改めて、本当に大事なのは、**料理の味や高級さではなく、「お互いの関係性」と、そこにある「自然なユーモア」**なのだと再認識しました。
みなさんにとっての「おいしいごはん」とは、どんなごはんでしょうか?
