【リライト】『ハイブリッド・ヒューマンたち』を読んで
今回は『ハイブリッド・ヒューマンたち――人と機械の接合の前線から』というノンフィクション作品についての記事のリライトに取り組みました。
著者の体験から始まった探究
著者のハリー・パーカーは、英国軍兵士としてアフガニスタンに派遣された際、2009年7月にIED(即席爆発装置)により両脚を失いました。その後義足をつけて生活する中で体験したことをもとに、様々な取材と考察を重ねてこの書籍を刊行しています。
「ハイブリッド・ヒューマン」視点の転換
特徴的なのは、義足をつけた生活をしている人を「障害者」とカテゴライズするのではなく、著者が「ハイブリッド・ヒューマン」という造語を用いていることです。これにより、補助具をつけた人たちが「同情されるべき存在」というニュアンスから解放され、パラリンピアンのように、補助具によってハイブリッドでない人間とは違う考え方や物事の捉え方、行動ポテンシャルを持つ存在として肯定的に捉えられるようになります。
幻肢感覚と身体性
この考察を深めるために、著者は様々な角度からルポルタージュを展開しています。まず象徴的なのは、失われた部分がまだあるのではないかという感覚です。親密な家族を失った時にその人がまだそばにいるような気がするのと同様に、失われた体の部分がまだあるような感覚がつきまといます。この幻肢感覚と補助具との関連性を通じて、私たち自身の身体性を考え直すきっかけを提供しています。
補う技術と拡張するための技術
補助具はテクノロジーの産物ですが、その技術の進歩には二つの方向性があります。一つは昔できたことを再現する方向、もう一つは新しい条件の中で別の可能性を切り開こうとする方向です。さらに、義肢を自己表現の手段として捉える考え方も登場しています。記憶を収納する義手やデザイン性を追求した義足など、身体を拡張し、タトゥーのような自己表現に近づいています。
これはエレキギターの発展過程に似ているかもしれません。元々のギターは音量が小さく他の楽器に負けてしまうため、アンプをつないで大きな音を出せるようにした結果、様々な形のギターが生まれ、ファッションや自己表現の一部として捉えられるようになったのと同じです。
AI連携によるさらなる拡張と安全性の課題
機能性や自己表現、身体拡張といった方向性は重要ですが、人体に密着するものなので「数百万回に1回のエラー」でも本人にとっては致命的な影響を与える可能性があります。様々な機能を実現するためにはAIとの連携が避けられませんが、AIは便利である一方で不安定な部分もあり、エラーをなくすための地道で緻密な検証工程が重要です。
金継から学ぶ新しい価値観
意外なことに、著者は本書の最終章で日本の「金継ぎ」という伝統技術を紹介しています。これは壊れたものを修復するだけでなく、修復することでさらに新しい価値を付与する技術です。この日本の伝統技術を通じて著者が伝えようとしているのは、損傷や欠損を単なる欠点として捉えるのではなく、新たな価値や美しさの源泉として見直すことの重要性です。
格差への懸念と包容的社会への願い
一方で、こうした技術の恩恵を受けられる人と受けられない人の格差が生まれることも懸念されています。これは情報技術や医療技術など、どんな技術にもつきまとう問題です。
著者が最終的に提示するのは、人それぞれが違っていてよく、そんな人たちがすべて許容される社会への願いです。一人一人が世界に合わせるのではなく、世界が私たち一人一人に合わせてくれるような、そんな包容的な視点が重要だと訴えている。私にはそう思われました。
この作品は、義足使用者が様々な角度から補助具と人間について書いたルポルタージュの集合体であり、当事者ならではの深い洞察と建設的な未来への提案が込められた一冊です。
<details> <summary>📖 収録章一覧</summary>
第1章「壊れた身体の夢」/ 第2章「ハイブリッドになる」/ 第3章「金属の亡霊たち」/ 第4章「インターフェーシング」/ 第5章「取引」/ 第6章「骨のこぎりをくれ」/ 第7章「自由は高くつく」/ 第8章「絶えゆく光への激しい怒り」/ 第9章「われわれの似姿に」/ 第10章「サイボーグがやってくる」/ 第11章「怪物たち」/ 第12章「金継ぎ」
</details>
