「equipmentってなんで不可算なの?」で英語が嫌になった話
英語の可算・不可算。
私も理解できなさすぎて拒否反応出ます。
だって意味不明だから。
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「分けられるのに、なんで不可算なの?」
water はまだ分かる。
液体だから。
なんとなく、
境界がない感じがする。
でも equipment。
いや、
機械って1個ずつあるじゃん。
分けられるじゃん。
なのに、
* an equipment ❌
* equipments ❌
って言われる。
ここで脳が止まる。
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問題は「現実」ではなかった
でもある時、
見方がズレていたことに気づいた。
英語って、
「現実に分けられるか」
では見ていない。
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machine と equipment は見ているものが違う
例えば machine。
これは可算。
* a machine
* three machines
つまり英語は、
「1台の機械」
として見ている。
個体。
境界がある。
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でも equipment は違う。
これは、
「必要な機材一式」
みたいな感覚。
パソコン、
ケーブル、
測定器、
全部含めて equipment。
つまり英語は、
個別パーツではなく、
“まとまり”
として認識している。
だから不可算。
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これ、人でも同じだった
ここ、
かなり面白い。
例えば representative。
これは可算。
なぜか。
「代表者」という
“個人”
だから。
* a representative
* two representatives
になる。
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local も同じ。
「地元民」という、
個体として見ている。
だから数えられる。
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概念になると、急に不可算になる
例えば、
* information
* advertising
* manufacturing
これらは、
モノ感が薄い。
英語では、
* 情報というまとまり
* 広告活動
* 製造という行為や産業
として認識されている。
つまり、
“概念”
なんです。
だから不可算。
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英語は「物」を数えていない
ここがかなり重要。
私はずっと、
「物理的に分けられるか」
で考えていた。
でも英語は違った。
英語が見ているのは、
「話者がどう認識しているか」
だった。
つまり、
可算・不可算は
物理法則ではない。
認識モード。
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可算・不可算は「世界の切り方」
整理するとこう。
可算
→ 個体として見る
* machine
* applicant
* representative
など。
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不可算
→ 集合・概念・活動として見る
* equipment
* information
* advertising
など。
つまり英語って、
「現実をどう切り分けるか」
を、
文法に埋め込んでいる。
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日本人が混乱しやすい理由
日本語は、
ここがかなり曖昧。
例えば、
「情報」
も、
「機材」
も、
数える時だけ助数詞をつける。
でも英語は違う。
最初から、
* 個体として見るのか
* まとまりとして見るのか
を決めている。
だから、
可算・不可算が
単なる文法ルールに見えなくなる。
実際は、
“認識の違い”
なんです。
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ただし、最後は「慣れ」も必要
ここはかなり大事。
理屈だけで100%はいけません。
ネイティブも、
毎回哲学しているわけではない。
だから最後は、
* a piece of equipment
* a bit of information
みたいに、
“よく使う塊”
で慣れる必要もある。
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結論
英語の可算・不可算は、
「分けられるか」
ではありません。
「どう認識しているか」
です。
ここが分かると、
equipment が不可算なのも、
少し景色が変わる。
