過去と今。綺麗な生き方が出来ない私。

10年以上働いてきた前職を辞めてから、イライラすることが無くなった。
それまではご飯の準備、掃除、買い出し、妊活(不妊治療)など、他の些細なことでもイライラすることが多々あった。

デート中にも関わらず、夫のちょっとした言葉や意見のすれ違いなど
今思うと とても自己中心的な理由からイライラしていたように思う。

きっと知らず知らずのうちに、ストレスなるものが日々溜まっていたのかも知れない。
主に仕事に対する不満や、実家での家庭環境が原因だろう。

だから夫と付き合いだした頃、たまたま一人暮らしを始めたばかりの夫の家には 早い段階で週末転がり込んでいた。
実家は楽だけど 逃げ出したかったのかも知れない。
収入面や、持病持ちの飼い猫の世話などを考えると、私自身が一人暮らしを始めるのは あまり現実的ではなかった。

小さい頃から、あまり良好な家庭環境とは言えない状態で育ってきた。
世の中には、もっと辛い思い 大変な思いをしてきた人が沢山いるのは分かっている。

けれど、当時にはあまり多くなかった一人っ子で
家庭崩壊寸前(いや、とうの昔からすでに崩壊していたのかも知れない)の両親。
”という存在がなくなれば、きっともっと状況は悪化する。
”という子供の存在が、なんとか“表向きの一般家庭”を保ち(演じ)続けていた。


入浴中、外から聞こえる 両親の言い争う声や物音
父が母に手を上げようものなら、すぐにでも飛び出して止めなければならない
私はそっと、シャワーを止めて 静かに耳を澄ます。

将来、私がこの家を出るとどうなってしまうのか

想像すると怖くて
若干16歳の子供ながらに 無責任に逃げ出すことは出来ない 
酷く息苦しさを感じていた。


ある日、いつものように言い争う両親に
私の中の何かが、ぷつん と音を立てて切れた。
気付けば部屋を飛び出し 一回りも二回りも体格差のある父の、胸倉を掴んでいた。


その出来事から、両親の言い争いは少なくなった。
言い争いがヒートアップしそうになると、父が数時間家を出る。

冷静な判断だ。
父にも母にも どちらにも原因はある。

私からすると、両親のどちらとも
決して他人に自慢出来るような人間ではなかった。

幼い頃からずっと恥ずかしくて
家庭の話は誰にも出来なかった。

悲しかった。
苦しくて、誰にも相談出来なくて。

この歳まで ずっと自分の内に秘めてきた。

今の夫にすら、全ては話せていない。





今、新しく始めたパートで辛いことが多くある。
落ち込んだり悲しんだり、憂鬱な日ばかりだが
日常生活でイライラすることは全くない。
夫と結婚し家を出て、前職を退職して
心にほんの少しだけ 余裕が出来たのか
夫とはより仲良くなれた気がする。
時間的な余裕が一番大きいのかも知れない。

今は辛いパートも、赤ちゃんができるまで と割り切れば
なんとか頑張れる。
ギリギリの精神状態だけれど
不妊治療に対する辛さも、少し紛れている気がする。

これまでは、街ですれ違う子連れのファミリーやママさんを見る度
哀しくて涙が溢れそうになっていた。

どうして私だけ…」「私がもっと若ければ…」と

マタニティマークを見るだけでも、いちいち心がザワついていた。

今は「いいな…」とは思うけれど、「早く私も」「今月こそは」と
焦りとはまた別の思いが胸に溢れる。
そしてそれは「早くこんなパート辞めてやる!」と日々の辛さを乗り越える力に変化する。

決して綺麗な生き方ではない。
けれども悪い現状を利用して、少しでも前に進めるならそれも良い。
辛さ”を別の“辛さ”で誤魔化して、その先の幸せを信じよう。



私は“”を必死に生きる



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