行方しれず 第六話 佐々木光子のこと その2
最近、知らない人に挨拶される。
どうやらそっくりさんがいるらしい。
最初は無視してしまったが、そのご当人に迷惑が及ぶのは失礼である。
「おはようございます」「暑いですね」「こんにちは」くらいの挨拶なので、きっと希薄な関係なんだろう。それだったら、その人になり変わって挨拶くらいしてもいいと思って、もう一年が経とうとしている。
「高橋さん、そういえば、今度の土曜の出席されます?」
こんなことを聞かれたのは初めてである。アドリブに弱い私は「ああ、あれですね、まだ考え中で」となんとかはぐらかした。それから、なんだかんだと話しかけてくるようになった。ご当人は高橋さんというらしい。そして、土曜のあれに出席しなかったらしい。
今更、人違いですよというのも言いにくい。
こういうところがお人好しと呼ばれる所以である。
まあ、もうすぐ幼稚園も卒園し、この道を通らなくなるだろう。
ある日、彼女は私を見て、明らかに怯えていた。
挨拶もいつも彼女の方からするのに、その日はこちらから声をかけた。私の顔をまじまじと見て、おずおずと「おはようございます」というのがやっとといった様子だった。明らかにあの日を境に彼女は変わった。
あの日というのは、「今度の土曜日」の翌週のことだ。
高橋さんに何かあったんだろうか。
私はおずおずとした彼女に挨拶するのが妙に楽しくなっていた。我ながら意地悪だと思ったが、立派な家に住んで、見せびらかすようなあけっぴろげの広い庭のガーデニングをして、優雅に過ごしている彼女をどこか疎ましく思っていたのかもしれない。
昨日、声高らかに挨拶したのを最後に彼女の姿を見なくなった。
一週間もすると
花々は下を向き、茶色く枯れ、散り始めた。庭の前面に咲き誇っていた紫陽花は未練たらしく枯れた花びらをいつまでもつけていた。
私が卒園する前には解体工事の予定が張り出された。
たまたま通りがかりの近所の住民の立ち話が耳に入った。
「佐々木さん(彼女のことだ)、かわいそうね」
「急でびっくりしたわ」
「神奈川県の山奥の精神病院に入院したそうよ」
「去年、ご主人が亡くなったのがこたえたのかもしれないわね」
「弟夫婦がここに家を建てるんですって」
「あの立派な家壊すことないじゃない」
「弟とはうまくいってなかったみたいよ」
彼女は入院し、住む人のいなくなった家は解体されることになったらしい。
仲の悪い兄弟夫婦に土地と家、そして自慢の庭まで奪われるとは流石にかわいそうに思えてきた。
だが、所詮は赤の他人だ。
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